106話 喧嘩再び?
「っ!そんなの屁理屈だよ!私はそんなこと言ってないのに……どうしてそんなにひどいこと言うの?ただみんなで仲良くしたいだけなのに……。」
リズは足の力が抜けたかのようにへなへなと崩れ落ち、椅子に座ることもできないまま床の上で手を顔に当てる。
はたから見れば、リズは泣いているかのように見えるかもしれないし実際少しは泣いているが、正直なところ、リズは別に今この場で泣いてチェスを困らせる、もしくはチェスに妥協してもらうために泣いただなんてことをしたわけじゃあない。
ただこんなことで泣きたくなかったから、歯を食いしばって一生懸命に涙を抑えようとしていたのだ。
負けるな自分。こんなことで涙を流しちゃダメだ!と。
しかし結局、リズが心の底でどう思おうが目視できる情報しかないため、チェスやオーディエンスにはリズが床に足をついて静かに泣いているようにしか見えないのだ。
一部の人はリズを心配し、また一部の人は鼻を鳴らして愉悦にでも浸っていそうな笑いを顔に浮かべている。
リズをこの状態にした当事者のチェスはと言うと、歯をギリギリと鳴らしながら何かに耐えるように拳をぎゅっと握っていた。
だが顔を伏せているリズにそんなことがわかるわけもなく、彼女はただ自分の感情に整理をつけようと自分以外のことはまるっきり見ていない。
「屁理屈?確かに、俺が言っていることはリズが言葉に出したわけでもなければあらかじめ言われることを想定し、否定した言葉ですらない。
これを論点のすり替えだなんだと言うなら仕方ないさ。」
チェスはいつまでたっても進展しない場に耐えかねたのか、先ほどまでとは違い勢いをなくした小さく震えた声色で話し始める。
リズはようやく顔を上げ、チェスを見上げる。
「だが夢みたいなことを延々と言い続けているお前に比べたらマシだ。俺はちゃんと現実を見てる。大団円だなんて……そこに行き着くまでにどれほどの人が悲しみ傷つけられたと思ってんだ?」
チェスの言葉を聞くや否や、リズはまた顔を下に向け両手で覆ってしまった。
鼻をすするような音がした気がした。その音を聞くと、彼はなんだか胸の内にある黒い靄が増長した気がした。
彼の名誉のためにも言っておくが、彼は今気が参っているのだ。
ただでさえ戦争などと言う、大人ですら傷つくような出来事が今まさに勃発している時代に生まれただけにとどまらず、自分の親が国のために戦えと言ってきてろくに褒めもしない家庭に生まれてきたのだ。
実の親と縁を切ったはいいものの、長年彼を育てた親に歯向かうのは相当な勇気がいるのだ。
本当に良かったのか、謝らなければあとあともっとひどいことにでもなるんじゃないかと焦りや不安がはびこっていた。
彼の境遇が悲惨なものだったとはいえ、今この場で鼻をすすっている人物はいない。
音の原因だと思われていたリズは、ただ何もいえずに、まるで子供が何か気にくわないことがあった時のように顔を伏せてぶすっくれているだけなのだ。
場はさらに困惑した。
苛立つ少年と顔を伏せている少女。
今後どうなってしまうのか、それは誰にもわからない。




