003 英雄の弟子たち
ドンドン!
「う~さい……」
「リーベ! 今日はヴァールらが来るんだ! さっさと起きろ!」
「は~い」
リーベは眠い目を擦って起き上がると傍らにいたトイプードルのぬいぐるみダンクにおはようを告げる。こうしてリーベの一日が始まった。
今日は定休日だ。しかし、店の仕事はちゃんとある。定休日とは言い換えれば、次の営業日を迎えるための準備期間にすぎないのだ。しかし今日は来客がある。それまでに終わらせなければならないということで、一家は慌ただしく仕事に取りかかる。
エルガーは上階の掃除を、シェーンは食材の状態確認や設備の点検など厨房回りを担当している。そしてリーベはホールの掃除を任され、半日が経とうとしている現在は窓を拭いていた。
「う~ん!」
背伸びをするも、高い所に手が届かない。
(仕方ない、椅子を使おう)
そう思って視線を下ろすと、窓ガラスに大きな顔が張り付いていた。
「……き、きゃああああっ!」
ビックリして尻餅をつくと、窓の向こうから重低音の笑い声が響いてくる。
「だはは! 驚いてやんの!」
それを聞きつけて両親がホールにやって来る。
リーベが立ち上がると同時にカウベルが鳴り、入り口に例の顔が現れる。
「よっこいしょっと」
身を屈めながらに入ってきたのは身長が210センチもある巨漢だ。
ヒグマのように隆々とした体付きをしていて、それにライオンのように大きく彫りの深い頭が載っている。厳めしい出で立ちであるがしかし、陽気な笑みを浮かべているから恐ろしいという印象はなかった。
彼は大きな手を掲げると分厚い唇を割り開く。
「うっす」
「ようヴァール。元気そうでなによりだ」
「ああ。師匠の方こそ。シェーンもリーベも元気そうだな!」
「もお~っ! おじさんったら、びっくりさせないでよ!」
「はは! あんな脅かし甲斐のある格好でいるお前が悪いんだよ!」
彼は悪怯れる事なくそう言い切った。するとその背後から呆れた声が響く。
「いけませんよヴァール。それでリーベさんがケガをしたらどう責任を取るつもりですか?」
ヴァールの陰から線の細い青年が現われる。
月光を編んだような金髪は儚く、朝霧のように白い顔面には澄んだ瞳が煌めく。
「すみませんね。ヴァールは相変わらずで」
「いいえ。お久しぶりです。フェアさん」
彼は穏やかに目を細める。
「ご無沙汰しております」
「お二人ともご無事の用で安心しました」
シェーンの言葉に夫が続く。
「本当にな。それで? 例の弟子は何処にいる?」
その言葉にリーベは、今日彼らが初めての弟子を連れてくることを思い出し注目する。
ヴァールとフェアが両脇に退くと、そこには小柄な――リーベと同じくらい小さな男の子がいた。
東洋人を想起させる黄色い肌に真っ黒でさらさらの短髪。それにあどけない丸い輪郭の顔。首には赤いスカーフを巻いていて、まるで黒猫のようだ。彼はくりくりと愛らしい瞳でエルガーを見つめていたが、シェーンに「初めまして」と声を掛けられ、目線を移す。
するとその美貌に見蕩れてしまい、瞳が恍惚と潤む。
「ふふ、お名前は?」
「っ……!」
彼女に微笑み掛けられると照れくさくなり、前髪とスカーフを掴んだ。
その仕草にエルガーは呆れとも驚愕ともつかない感情に囚われ、間の抜けた声を漏らす。
「……弟子って、コイツがか?」
「ああ……フロイデっつうんだが、人見知りが激しいんだ。まったく、ガキっぽくて仕方ねえ」
「ガキじゃない……!」
フロイデが控えめに反論する。その言葉に説得力は微塵もない。
だから彼の師匠であるヴァールは肩を竦め、やれやれと笑った。
「……そうか。俺はエルガー。それに嫁のシェーンと、娘のリーベだ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
改めて挨拶をすると、フロイデは伏し目がちに「……よろしく」と返す。
そうして一段落ついたところでヴァールが切り出す。
「それよか、ギルドで聞いたんだが――」
「それはひとまず、お茶を飲みながらにしましょう」
シェーンが言うと、ヴァールは「うっす」と目礼し、フェアは「お構いなく」と社交辞令を口にした。
フロイデは小柄でありながら食欲旺盛で、体格で圧倒的に勝るヴァールと同じだけお菓子を食べた。
「けぷっ」と彼が満足げにげっぷをする中、リーベはヴァールにねだる。
「ねえ、また冒険の話を聞かせてよ」
リーベは冒険の話を聞くのが好きだった。それは単純に楽しいからであったが、今回に限っては違った。エルガーの引退以来、彼女の冒険者業への関心は深まっていたのだ。
彼女がいても立ってもいられない気持ちで話を待つ中、机の下でエルガーがヴァールの脚を蹴った。
「……それよかリーベ。暇ならコイツにテルドルを案内をしてやってくんないか?」
そう言って弟子の頭に手を置く。するとフロイデは動揺して、あたふたと視線を彷徨わせる。
「……え? なんで?」
「なんでも何も、これからしばらくテルドルにいるんだ。それなのに不案内じゃいられねえだろ?」
「それは……」
フロイデは救いを求めるようにフェアを見やるも、彼も事情を察して同調した。
「街を知り、地域の人と交流を図るのも大事な事ですよ?」
そう言われては返す言葉もなく、彼は俯いた。
一方でリーベは嫌がっているのに連れ回すのはどうかと思ったが、フェアに一言「お願い出来ますか?」と言われると、つい了承してしまった。
「それじゃ、行きましょうか」
「……うん」
彼はぎこちない動作で立ち上がると、何かにおびえるように帯を締めた。
「馬車には気を付けて、お昼には帰ってくるのよ?」
「うん。行ってきます!」




