始まりの地下墓地
第7章 始まりの地下墓地
王都での一件を終えた翌朝。
俺は再び、《死者の森》にいた。
「……ねえ」
背後から声がする。
「なんで私まで来ることになってるの?」
「お前がついてくるって言ったんだろ」
「言ったけど!」
リリアが声を上げる。
「まさか朝からこんな不気味な森に連れてこられるなんて思わないじゃん!」
「説明したぞ。死者の森に行くって」
「名前だけでここまでヤバい場所だと思わないでしょ!」
それはまあ。
分からなくもない。
昼だというのに、森の中は薄暗い。
黒ずんだ木々。
湿った空気。
どこからともなく聞こえてくる獣の唸り声。
初めて来た人間なら、帰りたくなるのも当然だ。
もっとも。
「昨日のゴブリンキングよりは弱いぞ」
「比較対象がおかしいからね!?」
騒がしい。
だが。
前回来た時とは違い、俺には余裕があった。
レベル二十。
そして。
俺はステータス画面を開く。
――――――――――
名前:レオン・アルヴェイン
LEVEL:20
職業:ノービス
未使用ステータスポイント:60
――――――――――
六十。
一ポイントも振っていない。
ここまで来るのに何度誘惑されたことか。
ゴブリンキング戦なんて特にそうだ。
あと少し力があれば。
もう少し速ければ。
そう思った場面は何度もある。
だが。
耐えた。
すべては。
今日のために。
「レオン?」
「ん?」
「なんか笑ってる」
「気のせいだ」
「絶対笑ってた」
無視して森を進む。
グレイウルフが一体、茂みから飛び出してきた。
俺は半歩だけ身体をずらす。
爪が鼻先を通過。
そのまま首元へ剣を滑らせる。
一撃。
グレイウルフが地面に転がった。
「……相変わらず変な戦い方するね」
「変か?」
「普通、もっとこう……構えるとか、魔物を警戒するとか」
「攻撃が分かってるなら必要ない」
「それが変だって言ってるの」
まあいい。
雑魚に時間を使う気はない。
目的地はもう近い。
少し進むと。
木々の隙間から。
古びた墓石が見えた。
そして。
その前に。
以前とまったく同じ姿で、老人が立っていた。
墓守。
俺を見る。
次に。
リリアを見る。
そしてまた俺に視線を戻した。
「……来たか」
「約束通りな」
老人の目が細くなる。
「二十まで耐えたようだな」
「ああ」
俺はステータス画面を開いたまま見せる。
墓守には見えているらしい。
しばらく。
老人は何も言わなかった。
やがて。
「六十」
ぽつりと呟いた。
「一つとして使っておらぬ」
「疑ってたのか?」
「当然だ」
老人が鼻を鳴らす。
「力を持ちながら使わぬ者など、滅多におらん」
「必要だったからな」
「……必要、か」
また。
あの目だ。
俺ではない何かを見ているような。
魂の奥を覗き込むような視線。
「ねえ、レオン」
リリアが小声で言う。
「この人、知り合い?」
「二回目だ」
「それ知り合いっていう?」
知らん。
墓守が杖を持ち上げた。
「条件は満たされた」
瞬間。
地面が。
震えた。
ゴゴゴゴゴ――。
「えっ」
リリアが一歩下がる。
墓石の奥。
巨大な岩壁に亀裂が走った。
土。
苔。
絡みついた木の根。
それらが崩れ落ち。
ゆっくりと。
石造りの階段が姿を現す。
地下へ続く。
暗い階段。
その入り口の上には。
古代文字が刻まれていた。
《始まりの地下墓地》
来た。
俺は思わず口元が緩む。
このダンジョンは。
俺が前世で何度も攻略した場所だ。
本来。
正式サービス開始後。
いくつもの特殊条件を満たしたプレイヤーだけが挑戦できる隠しダンジョン。
推奨レベル四十。
そして。
最深部には。
《アビスウォーカー》へ至るための黒い祭壇がある。
俺がこの世界で生き残るための。
最初の切り札。
「入る」
俺が言うと。
墓守は答えなかった。
代わりに。
リリアが階段を覗き込む。
「……暗い」
「地下だからな」
「絶対なんかいるよね?」
「いる」
「即答しないでよ」
「スケルトン、レイス、グール。あとは――」
「待って待って待って! 聞きたくない!」
耳を塞ぐリリア。
なんで来たんだこいつ。
俺が階段へ足を掛ける。
その時。
「レオン・アルヴェイン」
墓守が呼び止めた。
振り返る。
「一つだけ覚えておけ」
老人の表情から。
さっきまでの僅かな笑みが消えていた。
「地下で何を見ても」
低い声。
「己が知っているものだと決めつけるな」
俺は眉を寄せた。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ」
「……」
ゲームの知識を。
こいつが知っているはずはない。
なのに。
まるで。
俺がこの場所を知っていることまで分かっているような言い方だった。
「行くぞ、リリア」
「え、無視するの!?」
「考えても答えは出ない」
「もうちょっと警戒しようよ!」
俺たちは階段を下りた。
◆
地下墓地内部。
最初に広がるのは。
幅三メートルほどの石造りの通路。
壁には一定間隔で青白い火が灯っている。
ゲームと同じ。
十メートル先。
右側の壁。
「リリア、止まれ」
「え?」
カチッ。
床板が沈む。
俺はリリアの腕を掴んで後ろへ引いた。
次の瞬間。
ヒュンッ!
壁から三本の矢が飛び出した。
目の前を通過する。
「……」
「……」
リリアが。
ゆっくり俺を見る。
「知ってた?」
「ああ」
「なんで?」
「勘」
「またそれ!?」
適当に誤魔化しながら進む。
第一層。
罠の位置。
敵の出現場所。
宝箱。
全部覚えている。
角を曲がる。
スケルトンが三体。
予想通り。
「左二体頼む」
「分かった!」
リリアの手に。
青い火が灯る。
「《蒼炎》!」
炎が走る。
スケルトン二体を包み込み。
骨ごと青白く燃やした。
残る一体。
俺は振り下ろされた剣を受け流す。
懐へ。
斬る。
首が飛ぶ。
《スケルトンを討伐しました》
《経験値を獲得しました》
「よし」
まだ問題ない。
次。
左。
右。
階段。
隠し通路。
全部。
記憶通り。
「……ねえ」
「なんだ」
「本当に初めて?」
「初めてだ」
「嘘でしょ」
リリアが半目になる。
「罠全部分かってるし、道も一回も迷わないし」
「勘だ」
「便利すぎない? その勘」
仕方ないだろ。
前世で百回近く通ったんだから。
さらに進む。
第二層。
ここから敵のレベルが上がる。
スケルトンナイト。
ポイズングール。
低級レイス。
推奨レベル四十だけあって。
レベル二十の俺たちには本来かなり厳しい。
だが。
攻撃パターンは分かっている。
「グールは右腕を上げたら毒液吐く。横に避けろ」
「なんで分かるの!?」
「勘」
「もう絶対それで押し切る気でしょ!」
「来るぞ」
「え?」
グールの右腕が上がる。
「っ!」
リリアが横へ飛ぶ。
直後。
紫色の液体が床に飛び散った。
ジュッ。
石が溶ける。
「うわっ……」
「当たるなよ。麻痺と継続ダメージが入る」
「だからなんで知ってるの!?」
「今見て分かった」
「そんなわけある!?」
本当に騒がしい。
ただ。
悪くない。
一人で攻略していたゲーム時代とは違う。
誰かが横にいる。
それだけで。
奇妙な感覚があった。
第二層を抜ける。
そして。
第三層への階段。
ここまでは。
完璧に。
記憶通りだった。
だから。
俺は油断していた。
階段を下りる。
一歩。
二歩。
三歩。
「……ん?」
足が止まった。
「どうしたの?」
リリアが横から覗き込む。
俺は答えなかった。
第三層。
そこにあるはずなのは。
巨大な石棺が並ぶ広間。
中央に。
中ボス。
《墓所の騎士》がいる。
倒せば。
その奥に第四層への扉が現れる。
そういう構造だ。
なのに。
ない。
石棺も。
中ボスも。
扉も。
何も。
目の前にあるのは。
一本の通路。
ただ真っ直ぐ。
闇の中へ続いている。
「……違う」
口から声が漏れた。
「え?」
「こんな場所……なかった」
言ってから。
しまったと思った。
リリアがこちらを見る。
「なかった?」
「……」
「初めてじゃなかったの?」
「今はそこどうでもいい」
「よくないけど!?」
無視する。
壁。
床。
天井。
全部調べる。
隠し通路じゃない。
ランダム生成でもない。
そもそもこのゲームに。
ダンジョン構造が変わるシステムなんて存在しなかった。
――墓守の言葉。
『己が知っているものだと決めつけるな』
まさか。
あいつ。
知ってたのか?
「レオン」
リリアの声が少し低くなる。
「奥から……なんか感じる」
俺もだ。
空気が違う。
冷たい。
いや。
冷たいだけじゃない。
重い。
まるで。
暗闇そのものがこちらを見ているような。
そんな感覚。
俺は剣を握り直した。
「帰る?」
リリアが聞く。
正常な判断なら。
一度戻るべきだ。
情報を整理して。
装備を整えて。
レベルを上げる。
ゲームなら。
そうしていた。
だが。
ここはゲームじゃない。
世界はすでに。
俺の知るシナリオからズレ始めている。
ゴブリンキング。
リリアの早すぎる覚醒。
そして。
《世界補正》。
知らない何かが動き始めている。
なら。
確認しなきゃならない。
俺が。
何に巻き込まれているのか。
「行く」
「……やっぱりそう言うと思った」
リリアがため息をつく。
「嫌なら戻っていいぞ」
「戻るわけないでしょ」
即答だった。
「一人で行かせた方が危なそうだし」
「俺をなんだと思ってる」
「無茶する人」
否定できない。
俺たちは。
通路を進む。
一分。
二分。
敵は出ない。
罠もない。
分岐もない。
ただ。
延々と続く一本道。
やがて。
前方に。
黒いものが見えた。
扉。
高さ五メートルはある。
巨大な石扉。
ゲームにはない。
俺は慎重に近づく。
表面に。
何か彫られている。
「文字?」
リリアが呟く。
俺は手で埃を払った。
古代文字。
いや。
違う。
「……日本語?」
思わず。
声が出た。
「ニホンゴ?」
リリアが首を傾げる。
嘘だろ。
この世界に。
あるはずがない。
俺が。
前世で使っていた文字。
石扉に。
はっきりと。
刻まれていた。
『観測対象――正常』
心臓が。
大きく鳴る。
その下。
もう一行。
『第七世界』
そして。
最後に。
『観測継続』
「……なんだよ、これ」
ゲームには。
こんなもの。
なかった。
設定資料集にも。
攻略サイトにも。
没データにも。
俺の知る限り。
存在しない。
その時。
ピコン。
音がした。
目の前に。
半透明のウィンドウが現れる。
《特殊条件を確認しました》
「……は?」
《対象の到達を確認》
表示が切り替わる。
《観測段階を更新します》
俺は動けなかった。
ゲームのシステムメッセージ。
なのに。
俺の知らない文章。
そして。
最後。
赤い文字が表示された。
《深淵接続率――1%》
ゴゴゴゴゴゴ――!
「レオン!」
巨大な石扉が。
ひとりでに開き始める。
その向こう。
真っ暗な空間。
何も見えない。
ただ。
一つだけ。
分かる。
いる。
何かが。
こちらを。
待っている。
そして。
暗闇の奥から。
鎖を引きずるような音がした。
ジャラ……。
ジャラ……。
俺は剣を構える。
隣で。
リリアの蒼炎が灯った。
「……レオン」
「ああ」
ゲームにはいなかった。
知らない敵。
知らない部屋。
知らないシステム。
それでも。
やることだけは変わらない。
俺は暗闇を睨み。
小さく笑った。
「攻略開始だ」




