炎が赤いと誰が決めた
第5章 炎が赤いと誰が決めた
《緊急クエストが発生しました》
《??????》
《推奨Lv:測定不能》
「……は?」
思わず声が漏れた。
測定不能?
そんな表示。
ゲームで一度も見たことがない。
いや。
そもそも。
目の前にいるこいつは――
《ゴブリンキング Lv35》
ちゃんとレベルが表示されている。
強い。
今の俺からすれば、死ぬほど強い。
だが。
測定不能なんて言われるほどじゃない。
なのに。
クエストの推奨レベルだけが出ない。
「――見つけた」
ゴブリンキングが。
もう一度。
人間の言葉を発した。
ぞわり。
背中に寒気が走る。
ゲームのゴブリンキングは喋らない。
せいぜい咆哮。
イベント個体でも、片言の命令を出す程度だった。
こいつは違う。
明確に。
何かを探していた。
「……何をだよ」
剣を構えながら呟く。
ゴブリンキングの口元が歪んだ。
そして。
俺を見て――
いない。
「え?」
その視線は。
俺の肩越し。
さらに後ろ。
半壊した家屋の陰へ向けられていた。
振り返る。
崩れた壁。
散らばった木材。
その隙間に。
一人の少女がいた。
歳は十五、六くらい。
煤で汚れた顔。
肩口まで伸びた赤い髪。
震える手で。
小さな男の子を庇っている。
――待て。
その顔。
その髪。
俺は。
知っている。
「……嘘だろ」
少女がこちらを見る。
怯えた瞳。
けれど。
どこか。
強い意志の宿った目。
間違いない。
リリア。
五年後。
大陸北部を焼き尽くしかけ。
たった一人で王国軍三千を足止めし。
プレイヤーたちから。
こう呼ばれる女。
《炎帝リリア》。
ゲーム後半に登場する。
最高クラスの炎属性魔術師。
ボスとして戦うルートもあれば。
条件次第で仲間にすることもできる。
人気投票では毎回上位。
俺も使っていた。
火力がおかしいんだよ、こいつ。
特に覚醒後。
範囲攻撃で雑魚が消える。
ボスの体力も消える。
味方の視界も消える。
エフェクト重すぎて処理落ちまでした。
――じゃなくて。
「なんでここにいる?」
時期が違う。
早すぎる。
リリアが本編に登場するのは。
まだずっと先だ。
しかも。
エルム村じゃない。
俺の記憶では。
彼女の故郷が魔物に襲われる事件は――
五年後。
炎帝リリア誕生のきっかけとなる。
最悪のイベント。
そこで彼女は。
すべてを失う。
家族も。
村も。
居場所も。
そして。
初めて。
自分の本当の力に目覚める。
「……冗談だろ」
早まった?
五年も?
そんなレベルじゃない。
完全に。
シナリオが壊れてる。
「レオン様!」
アルバートの声。
右を見る。
ゴブリンジェネラル二体が。
村の中央へ向かって走っていた。
まずい。
あっちには村人がいる。
「アルバート!」
「はい!」
「でかい二匹を頼む!」
一瞬。
アルバートの眉が動いた。
「ですが、レオン様は――」
「こっちは俺がやる!」
「しかし!」
「村人を守れ!」
「……!」
アルバートが歯を食いしばる。
そして。
「必ず、ご無事で!」
駆けた。
速い。
ゴブリンジェネラルの一体が。
巨大な斧を振り下ろす。
アルバートは横へ抜け。
斧の柄を蹴り。
そのまま剣を首元へ滑らせた。
うん。
あっちは任せていい。
問題は。
こっちだ。
「グオオオオオッ!」
ゴブリンキングが突っ込んでくる。
速い。
デカいくせに。
速すぎる。
「っ!」
横へ飛ぶ。
直後。
ズドンッ!
さっきまで俺がいた場所に。
巨大な棍棒が突き刺さった。
地面が。
割れた。
「いや無理だろこれ!」
まともに受けたら終わる。
レベル差二十二。
ステータス差は。
技術だけでどうにかできる領域を超えている。
なら。
受けなきゃいい。
ゴブリンキングが棍棒を引く。
次は。
右薙ぎ。
――来る。
俺は。
振られる前に動いた。
しゃがむ。
ブオンッ!
頭上を。
風圧が抜ける。
一歩。
踏み込む。
膝。
《スラッシュ》
ザンッ!
「グッ……!」
入った。
だが。
浅い。
硬っ。
なんだこの防御力。
ゴブリンキングが腕を振る。
「うおっ!」
剣を間に入れる。
ガァンッ!
「ぐっ!」
身体が浮いた。
そのまま地面を転がる。
右腕が痺れる。
握っていた剣を見る。
刃が。
欠けている。
「……マジかよ」
雑に腕を振っただけだぞ。
これが。
レベル差か。
ステータスポイント。
使えば。
多少はマシになる。
三十九ポイント。
全部振れば。
今より遥かに強くなる。
けど。
駄目だ。
墓守との約束。
レベル二十になるまで。
能力値を。
一切。
上げない。
「こんなところで使ってたまるか」
立ち上がる。
残り七レベル。
たった七。
そのために。
ここまで我慢したんだ。
ゴブリンキングが。
俺を無視した。
「……おい」
リリアへ向かって歩き出す。
「待てよ」
反応しない。
狙いは。
最初から。
俺じゃない。
「女……」
ゴブリンキングが言った。
「魔力……」
リリアの顔が青ざめる。
「来ないで……」
男の子を背に隠し。
手を前に出す。
「来ないで!」
魔力が集まる。
微弱。
だけど。
確かに。
リリアの手へ。
「ファイアボール!」
何も。
起きない。
「……っ」
もう一度。
「ファイアボール!」
何も出ない。
俺は。
その光景を知っていた。
炎帝リリア。
世界最強クラスの炎魔術師。
だが。
彼女は。
十六歳まで。
《炎属性適性なし》
そう判定されていた。
理由は簡単。
この世界で一般的に使われる。
炎属性魔術。
彼女には。
一切使えない。
「お願い……!」
リリアが。
泣きそうな顔で手を伸ばす。
「ファイアボール!」
何も。
出ない。
当然だ。
だって。
お前の炎は。
それじゃない。
ゴブリンキングが棍棒を振り上げる。
まずい。
間に合わない。
俺は走った。
「リリア!」
少女が。
びくりとする。
「え……?」
「火を出そうとするな!」
「は!?」
そりゃそうなる。
俺でもそうなる。
炎の魔法を使おうとしている人間に。
火を出すな。
意味不明だ。
でも。
時間がない。
「目を閉じろ!」
「む、無理よ!」
「いいから!」
棍棒が上がる。
あと数秒。
「赤い炎を想像するな!」
「え……」
「青だ!」
リリアの目が。
見開かれる。
「炎は赤じゃない!」
俺は叫ぶ。
「お前の炎は――青い!」
瞬間。
世界から。
音が消えた。
ような気がした。
リリアの指先。
小さな。
光。
青。
「……え?」
リリア自身が。
一番驚いていた。
火が。
灯っている。
小さい。
蝋燭の火より。
さらに小さい。
だけど。
俺は知っている。
それが。
どれだけ馬鹿げた炎なのか。
《蒼炎》。
通常の炎より。
遥かに高い火力。
高い魔力浸透性。
そして。
魔力そのものを燃やす。
炎帝リリアの。
固有属性。
「そのまま!」
「でも……!」
「消すな!」
ゴブリンキングの顔から。
初めて。
笑みが消えた。
「――それ」
足が止まる。
「それだ」
……こいつ。
知ってる?
「リリア!」
考えてる暇はない。
「そいつに向けろ!」
「無理よ!」
「できる!」
「私、魔法なんて一度も!」
「もう出てるだろ!」
「……!」
リリアが。
自分の手を見る。
確かに。
燃えている。
青い炎。
「撃つんじゃない!」
俺は叫ぶ。
「燃やせ!」
「燃やす……?」
「そうだ!」
ゲームの覚醒イベント。
リリアの台詞。
俺は覚えている。
――炎を飛ばそうとするから、駄目だった。
――私の炎は。
――最初から、そこにあった。
「目の前の敵が!」
俺は。
ゴブリンキングを指差した。
「もう燃えてるところを想像しろ!」
「――!」
青い火が。
揺れる。
次の瞬間。
ボッ。
ゴブリンキングの右腕に。
炎が灯った。
「グ……?」
一瞬。
奴自身も。
何が起きたのか分からなかった。
そして。
「グオオオオオオオオオッ!?」
絶叫。
青い炎が。
一気に腕を包む。
肉だけじゃない。
奴の身体を覆っていた。
薄い魔力の膜まで。
燃えている。
やっぱり。
強すぎる。
レベル差。
関係ないのかよ。
「な、なに……これ……」
リリアが呆然としている。
「今は止めるな!」
炎が広がる。
肩。
胸。
首。
ゴブリンキングが。
地面を転げ回る。
だが。
消えない。
蒼炎は。
普通の水じゃ消えない。
「グォォ……!」
立ち上がった。
まだ動けるのかよ!
ゴブリンキングが。
リリアを睨む。
「殺……す……!」
「あ」
リリアの炎が。
揺らいだ。
恐怖。
集中が切れる。
蒼炎が弱まる。
まずい。
奴が走る。
「リリア!」
俺は。
正面から突っ込んだ。
無理なのは分かってる。
勝てないのも。
分かってる。
だけど。
今は。
防御力を覆っていた魔力が。
蒼炎に焼かれている。
つまり。
通る。
ゴブリンキングが。
棍棒を振り上げる。
縦。
一歩左。
振り下ろし。
避ける。
地面が砕ける。
腕が伸び切る。
ここ。
剣を。
逆手に持つ。
狙う。
首じゃない。
胸でもない。
ゴブリンキング系統。
共通弱点。
顎の下。
喉奥へ繋がる。
防御補正の薄い。
唯一の場所。
「悪いな」
踏み込む。
「そこ――知ってるんだよ!」
突き上げる。
ズブッ。
刃が。
入った。
「ガ……」
止まらない。
柄を。
両手で押し込む。
「おおおおおおおっ!」
剣が。
喉を貫く。
ゴブリンキングの身体が。
大きく震えた。
棍棒が。
手から落ちる。
そして。
ゆっくり。
巨体が傾いた。
ズゥン――。
地面が揺れる。
静寂。
俺は。
しばらく動けなかった。
「……死んだ?」
リリアの声。
俺も。
確認する。
《ゴブリンキング Lv35》
表示が。
薄くなる。
そして。
消えた。
同時に。
視界を。
大量の文字が埋め尽くした。
《ゴブリンキングを討伐しました》
《格上撃破補正が適用されます》
《戦闘貢献度を算出……》
《特殊属性攻撃による共同討伐を確認》
《経験値を獲得しました》
《Lv14になりました》
《Lv15になりました》
《Lv16になりました》
「お」
まだ出る。
《Lv17になりました》
「おお……」
《Lv18になりました》
マジか。
《Lv19になりました》
あと。
一つ。
《緊急クエスト条件を達成しました》
《重要人物の生存を確認》
《シナリオ変動率を再計算します》
……なんだそれ。
嫌な表示が。
一瞬混じった。
そして。
《クエスト報酬を獲得しました》
《経験値を獲得しました》
《Lv20になりました》
「――っしゃ」
思わず。
小さく拳を握った。
来た。
レベル二十。
墓守が指定した。
最低条件。
しかも。
ステータスポイントは。
一つも使っていない。
条件達成。
その瞬間。
さらに。
見覚えのない表示が現れた。
《特殊条件の達成を確認》
《????への適性が発生しました》
《詳細情報は解放されていません》
「……またそれかよ」
今日は。
知らない表示が多すぎる。
ゲーム時代なら。
新イベントだ。
隠し要素だ。
って。
喜んでいたかもしれない。
でも。
今は。
自分の命が乗っている。
笑えない。
「レオン様!」
声。
振り返る。
アルバートが走ってくる。
鎧に血が付いている。
でも。
怪我は。
ほぼない。
後ろには。
倒れたゴブリンジェネラルが二体。
……強いな。
やっぱり。
「ご無事ですか!」
「ああ」
「お怪我は!?」
「腕が痺れてるくらい」
「それは怪我です!」
怒られた。
アルバートが。
俺の腕を確認する。
その間。
俺は。
リリアを見る。
少女は。
まだ。
自分の右手を見つめていた。
青い炎は。
もうない。
だけど。
そこに。
確かに存在した。
「私……」
声が震えている。
「魔法……使えた」
「ああ」
「でも……炎は……赤いって……」
「普通はな」
「じゃあ……あれは……?」
俺は。
少し迷った。
ゲーム知識を。
そのまま話すわけにはいかない。
だから。
答えだけを言った。
「蒼炎」
「そう……えん?」
「お前だけの炎だ」
リリアが。
俺を見る。
「なんで……知ってるの?」
ですよね。
「それは――」
詰まる。
まずい。
完全に。
墓守の時と同じ流れだ。
最近。
正体を疑われすぎじゃない?
すると。
リリアが。
一歩。
近づいた。
「あの」
「ん?」
「さっき……」
少女は。
少し迷ってから。
「私の名前……呼んだよね」
…………。
あ。
「リリアって」
やった。
完全にやった。
この世界で。
初対面の人間の名前を。
普通に叫んだ。
アルバートが。
ゆっくり。
俺を見る。
リリアも。
俺を見る。
逃げ場がない。
「あー……」
どうする。
考えろ。
レオン。
こういう時こそ。
ゲーム知識ではなく。
現代人の。
圧倒的コミュニケーション能力を――
……。
無いわ。
そんなもん。
「勘?」
「勘で名前当てる人いる!?」
ですよね。
リリアが。
初めて。
少しだけ怒った顔をした。
その顔を見て。
俺は。
思わず笑ってしまった。
ゲームの中では。
ほとんど見られなかった。
普通の少女の顔。
炎帝でも。
ボスでもない。
まだ。
何も失っていない。
リリア。
その後ろで。
助けられた男の子が。
彼女の服を掴んでいる。
生きている。
村人も。
まだ。
生きている。
――そうか。
変わったんだ。
ゲームと違う。
本来より早く事件が起きた。
存在しないゴブリンキングが現れた。
知らないクエストが発生した。
全部。
悪いことだと思っていた。
でも。
違う。
シナリオが変わるなら。
救えるものも。
ある。
五年後。
リリアが。
すべてを失う未来。
それだって。
決まった未来じゃない。
俺は。
倒れたゴブリンキングを見る。
その死体から。
薄い黒煙のようなものが。
一瞬だけ。
立ち上った。
「……?」
目を凝らす。
だが。
もう。
何もない。
気のせいか?
その時。
視界の隅に。
文字が浮かんだ。
《緊急クエストが完了しました》
一拍。
そして。
《メインシナリオに存在しない変動を確認しました》
《世界補正を開始します》
「……は?」
背筋が。
冷たくなる。
世界補正?
そんなシステム。
俺は。
知らない。
《補正対象を選定中――》
そこで。
表示は消えた。
俺は。
しばらく。
何もない空間を見つめる。
「レオン様?」
アルバートが呼ぶ。
「……いや」
俺は。
ゆっくり首を振った。
たぶん。
考えても。
今は答えなんて出ない。
ただ。
一つだけ。
はっきりした。
ここは。
もう。
俺の知っているゲームそのものじゃない。
そして。
物語は。
俺が思っていたよりずっと早く。
動き始めている。




