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『序盤で死ぬ最弱悪役に転生したけど、このゲームを一万時間やり込んだ俺には関係ない』  作者: くんくん


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第47章 クエストのない明日


《PLAYER AUTHORITYを完全に放棄しますか?》


《YES》


《NO》


二つの選択肢が、俺の視界の中央に浮かんでいた。


ステータスも、スキルも、クエストも、収納も、リスポーンも。そして最後に残っていたログアウトさえも失う。


一度選べば、もう戻せない。


この世界で目を覚ましてから、俺は何度も選択してきたつもりだった。


死者の森に入るか。格上の魔物と戦うか。誰を助けるか。どこへ向かうか。


けれど、今思えばそのほとんどには“正解”があった。


ゲームの知識があったからだ。


この敵にはこの攻撃が効く。このイベントではこの選択肢を選べばいい。この先で何が起こるのか知っているから、最善だと思う道を進めた。


それは俺自身が考えていたようで、実際には攻略情報をなぞっていただけなのかもしれない。


だが――今は違う。


攻略サイトなんてない。


セーブもない。


やり直しもない。


「レオン?」


リリアの声がした。


振り返れば、三人とも俺を見ている。


リリア。


カイル。


エリシア。


こいつらの頭の上に名前なんて表示されていない。好感度も、レベルも、残りHPも見えない。


それでも、誰なのか分かる。


当然だ。


俺はこいつらを、数字で覚えているわけじゃない。


「……悪い。少し考えてた」


「何をだ?」


カイルが問いかける。


俺は答えようとして、やめた。


たぶん説明しても、全部は伝わらない。


ここで《YES》を選ぶということは、日本へ帰る道を自分で消すということだ。


家族。


街。


コンビニ。


スマホ。


夜中までゲームをして、次の日に後悔するような、どうしようもなく普通だった生活。


思い出せば、胸の奥が少し痛んだ。


嫌いだったわけじゃない。


むしろ――帰れるなら帰りたいと思ったことだって、何度もある。


『なのに、捨てるのか?』


声が聞こえた。


俺と同じ声。


少し前まで目の前にいた、“元の俺”。


『ここはゲームだぞ』


「違う」


俺は小さく答えた。


誰にも聞こえないほどの声で。


『お前がそう思い込んでるだけだ』


「かもしれないな」


『だったら帰れよ』


「それもできる」


《NO》を選べばいい。


PLAYER権限は残る。


この世界は完全には独立できないとしても、少なくとも俺にはまだ“外側”へ戻る可能性が残る。


その方が正しいのかもしれない。


ここで生きる必要なんて、本当はない。


それでも――。


俺はリリアを見た。


不安そうな顔でこちらを見ている。


カイルは何も言わない。ただ、俺が話すまで待っている。


エリシアだけは、たぶん分かっている。


俺が何を選ぼうとしているのか。


彼女は止めなかった。


「……エリシア」


「うん」


「俺がこれを消したら、本当に終わるんだよな」


エリシアは少しだけ目を伏せ、それから頷いた。


「PLAYERとしてのレオンはね」


「そうか」


「怖い?」


その質問に、俺はすぐには答えられなかった。


格上の魔物と戦うより怖い。


死ぬかもしれない戦闘より、ずっと。


なぜなら今から捨てるのは命じゃない。


逃げ道だからだ。


俺は一度、大きく息を吐いた。


「怖いよ」


正直に答えた。


「めちゃくちゃ怖い」


エリシアが少し笑った。


「そっか」


「笑うところか?」


「だって、安心したから」


「何がだよ」


「レオンも、ちゃんと怖いんだなって」


「……お前、俺を何だと思ってるんだ」


「無茶ばっかりする人」


横からカイルが口を挟む。


「それについては俺も同意する」


「私も」


リリアまで頷いた。


「おい」


三人の顔を見ているうちに、肩の力が抜けた。


なんだ。


最後の選択だっていうのに。


こんなものか。


ゲームなら、もっと大げさなBGMが流れていたかもしれない。


最終確認の専用演出が入って、重要な選択肢だと嫌でも分かるようになっていただろう。


けれど今、聞こえるのは風の音と、遠くの騒ぎと、目の前にいる三人の声だけだった。


それで十分だった。


俺は《YES》へ指を伸ばした。


『待て』


声が強くなる。


『本当に戻れなくなるぞ』


「分かってる」


『日本にも』


「ああ」


『お前が持っていた全部を失う』


「それは違う」


指を止めずに答えた。


「知識も、記憶も、ここまで生きた時間も消えない」


剣の握り方をシステムが教えてくれなくても、俺の手はもう知っている。


攻撃予測が表示されなくても、相手の肩や足を見れば動きは読める。


危険地帯の推奨レベルが分からなくても、自分で考えればいい。


失うものは確かに多い。


でも。


「俺まで消えるわけじゃない」


『――』


「ゲームを捨てても、俺は俺だ」


《YES》


指先が触れた。


確認音は鳴らなかった。


代わりに、目の前の表示が静かに切り替わる。


《PLAYER AUTHORITY――100%》


《権限分離を開始します》


《STATUS SYSTEM――切断》


《SKILL SYSTEM――切断》


《QUEST SYSTEM――切断》


《SYSTEM ASSIST――切断》


《PLAYER STORAGE――切断》


《RESPAWN――切断》


一つずつ。


俺とこの世界をつないでいた“ゲーム”が消えていく。


そして。


《LOGOUT――》


ほんの一瞬だけ、処理が止まった。


視界の端に、見慣れた文字が浮かぶ。


《接続先:EARTH》


心臓が跳ねた。


これを失えば終わる。


本当に。


もう二度と。


「……じゃあな」


誰に言ったのか、自分でも分からなかった。


前の世界か。


昔の俺か。


それとも、ずっと頼り続けてきたゲームそのものか。


《LOGOUT――切断》


表示が消えた。


同時に、頭の中にずっとあった微かな違和感がなくなった。


何かが聞こえなくなったわけじゃない。


むしろ逆だ。


今まで気づかなかった音が、急にはっきりした。


風。


人の足音。


リリアが息を呑む音。


カイルの装備がわずかに擦れる音。


全部、ただそこにある。


視界の中央に、最後の文字列が現れた。


《第八世界 独立率――100%》


《外部PLAYER接続権限をすべて破棄》


《新規接続受付――停止》


《世界所有者――該当なし》


そして。


《WORLD SYSTEM――終了します》


文字が薄くなる。


俺は無意識に続きを待った。


いつものように。


新しいクエストが表示されるのを。


《――――》


何も出ない。


「……え?」


思わず声が漏れた。


「どうした?」


カイルが聞く。


「いや……」


もう一度待つ。


十秒。


二十秒。


何も出ない。


クエスト更新もない。


目的地もない。


報酬もない。


次に何をすればいいのか、誰も教えてくれない。


俺はそこでようやく気づいた。


「終わったんだ」


エリシアがこちらを見る。


「うん」


「いや、そうじゃなくて」


俺は笑った。


「本当に、何も出ない」


「……?」


リリアには意味が分からないらしい。


当然だ。


今までずっと俺だけに見えていたものだから。


「次の目的がないんだよ」


カイルが眉を寄せた。


「目的なら自分で決めればいいだろう」


「……そうだな」


あまりにも当然の返事だった。


思わず笑いがこみ上げる。


「はは……」


「何がおかしい」


「いや。お前、たまにはいいこと言うなと思って」


「たまには、は余計だ」


リリアが吹き出し、エリシアも笑う。


その時だった。


少し離れた場所から、誰かの声が聞こえた。


「レオン様!」


学院の生徒たちだ。


避難していた連中が、恐る恐る戻ってきている。


教師。


騎士。


街の人間。


みんな生きている。


誰の頭にも名前は浮かばない。


敵味方を示す色もない。


この先、誰かが俺を裏切るかもしれない。


知らない場所に行けば、本当に何があるのか分からない。


強敵と出会ってもレベル差なんて教えてもらえないし、戦って勝っても経験値は入らない。


それでも。


なぜか、不安より先に笑いが出た。


これまで俺は、この世界の未来を知っていた。


だから変えようとしてきた。


けれど今から先は違う。


俺も知らない。


誰も知らない。


それはきっと、怖いことだ。


同時に――悪くない。


「レオン」


エリシアが呼ぶ。


「これからどうするの?」


その問いに、俺は空中を見た。


当然、何も表示されない。


目的地なし。


メインクエストなし。


推奨レベルなし。


完全な自由。


だったら。


「とりあえず――」


俺は三人を見る。


「飯にしよう」


数秒の沈黙。


「……は?」


カイルが呆れた声を出した。


「腹減ったんだよ。昨日からまともに食ってないだろ」


「今、この状況で最初にそれ?」


リリアが笑う。


「重要だろ」


「世界を救った直後だぞ」


「だからだよ」


俺は歩き出した。


誰にも示されていない方向へ。


「クエストがないなら、今日は好きなことする」


誰も答えをくれない。


次に何が起こるのかも分からない。


でも、それでいい。


ここから先は攻略じゃない。


俺が生きて、選んで、その結果を受け取っていく。


それだけだ。


背後から三人の足音が続いてくる。


俺は振り返らなかった。


行き先なんて、まだ決まっていない。


――だから初めて。


明日が少し、楽しみだった。

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