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『序盤で死ぬ最弱悪役に転生したけど、このゲームを一万時間やり込んだ俺には関係ない』  作者: くんくん


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第43章 最後のプレイヤーは俺だった


空に開いた黒い亀裂は、消えていなかった。


むしろ、さっきまでよりも静かになったぶん、不気味さだけが増している。


学院の中庭に立つ俺たちの頭上で、その亀裂はまるで瞳のようにこちらを見下ろしていた。


ノアが言う。


「時間がない」


いつもの軽い調子は完全に消えていた。


視界の端では、赤い数字が減り続けている。


《外部プレイヤー接続承認まで》


《00:11:24》


十一分。


ついさっきまで一時間近くあったはずなのに、途中から減少速度そのものが変わった。


第八世界が外部から認識されたせいだ。


新しく作られた世界。


管理者による強制補正を捨て、決められた物語を捨て、この世界に生きている人間自身が未来を選べるようにした世界。


それを――外にいる誰かが見つけた。


「ノア」


俺は視線を空から外さずに訊いた。


「さっき言ったよな。俺を切断すれば、接続を止められるって」


「ああ」


「だったらやれ」


後ろでリリアが息を呑んだ。


「レオン!」


「待て」


カイルもすぐに口を挟む。


だが俺は二人を見なかった。


十一分後、この世界に外部プレイヤーが入ってくる。


そいつが何者なのかは分からない。


けれど、ここまで散々俺たちを振り回してきた《観測者》も、《WORLD SYSTEM》も、その外側に何かがいる。


だったら選択肢なんて多くない。


俺一人を切れば済むなら――。


「簡単な話だろ」


「簡単じゃない」


ノアは即答した。


「君を切断するというのは、ここから追い出すという意味じゃない」


「……何?」


「レオン・ヴァルハルトという存在から、外部情報だけを切り離す」


外部情報。


嫌な言葉だった。


ノアが俺を見る。


「前世の記憶。ゲームの知識。そして――君がこの世界に来た理由。それらが全部、外部情報として分類されている」


胸の奥が冷えた。


ゲーム知識が消えるだけなら、まだいい。


もうこの世界は、俺の知っていた《エターナル・クロニクル》とは違う。


けれど。


前世の記憶まで消える?


「じゃあ……」


エリシアが小さな声を出した。


「お兄ちゃんは、お兄ちゃんじゃなくなるの?」


ノアは答えなかった。


その沈黙が答えだった。


俺は思わずエリシアを見る。


その顔を見た瞬間、何も言えなくなった。


最初は知らない妹だった。


ゲームには存在しなかった少女。


それなのに今では、俺にとって間違いなく妹だった。


リリアもそうだ。


カイルもそうだ。


この世界で出会った人間も、この世界で起こった出来事も、もう単なるゲームデータなんかじゃない。


それでも――。


「だったらなおさらだ」


俺は言った。


「記憶一つで世界が残るなら、安い」


「レオン」


今度はカイルの声が低かった。


「お前は本気で言っているのか?」


「本気だよ」


「なら俺は反対する」


即答だった。


俺が振り返ると、カイルはまっすぐ俺を睨んでいた。


「俺たちは何のために第八世界を作った?」


「それは――」


「誰か一人が犠牲になるルールを消すためじゃなかったのか?」


言葉が止まった。


世界基幹領域。


あそこで俺たちは一つの法則を壊した。


――管理者は世界に残らなければならない。


誰か一人が世界のために閉じ込められる。


そんな仕組みを、俺たちは否定した。


なのに今。


世界を守るために俺一人が消えればいいと、俺自身が言っている。


カイルは続ける。


「世界のルールを壊しておいて、自分だけそのルールに従うつもりか?」


「……うるせえな」


「正論だ」


「だからうるせえ」


俺は顔を背けた。


リリアが小さく笑った。


「レオンって、本当に自分のことになると馬鹿になるわよね」


「お前まで言う?」


「言うわよ」


リリアは俺の前に立った。


「私たちは、あなたに守ってもらうためだけにここまで来たわけじゃない」


その言葉が妙に胸に刺さった。


俺はずっと、ゲーム知識を使って先回りしてきた。


死ぬはずだった人間を助けて。


起こるはずだった事件を潰して。


自分が知っている未来を変えてきた。


でもいつの間にか、俺一人で攻略しているんじゃなくなっていた。


「……じゃあどうすんだよ」


「探すんだ」


カイルが答えた。


「別の方法を」


「残り十一分だぞ」


「十人で一時間考えるより、四人で十分考えた方が早いかもしれないだろ」


「計算おかしいだろ」


「雰囲気で言った」


「お前そういうキャラだったか?」


ほんの一瞬だけ空気が緩んだ。


だが――。


《警告》


視界いっぱいに赤い文字が走った。


《外部接続処理が開始されました》


《対象世界――第八世界》


空の亀裂が広がる。


びり、と。


世界そのものが震えた。


「来る!」


リリアの周囲に魔力が集まり、カイルも剣を抜く。


エリシアの瞳に淡い光が灯った。


俺も反射的に武器を構えた。


だがノアだけが、亀裂ではなく俺を見ていた。


「……やっぱり」


「何だよ」


ノアは答えない。


代わりに指を動かす。


すると俺の目の前に、今まで見たことのないウィンドウが現れた。


《個体情報を再解析しています》


《レオン・ヴァルハルト》


《肉体情報――現地生成》


《魂情報――外部由来》


《接続形式――不明》


《再解析》


一つずつ表示が変わっていく。


そして。


《最上位権限を検出》


俺は眉をひそめた。


「最上位権限?」


ノアの顔色が変わった。


「そんな……」


「何が見えた?」


「あり得ない」


「だから何だよ!」


ノアがこちらを見る。


その顔には、初めて明確な恐怖が浮かんでいた。


「君は転生者じゃない」


「は?」


一瞬、意味が分からなかった。


カイルも、リリアも、エリシアも黙っている。


ノアは震える声で続けた。


「少なくとも、この世界のシステム上では違う」


「何言ってんだ。俺には前世の記憶がある」


「それは分かってる。だからおかしいんだ」


ノアがウィンドウを操作する。


さらに深い情報が展開された。


《権限情報》


《一般個体権限》


《観測権限》


《管理領域侵入権限》


《世界法則干渉権限》


そして最後。


俺の名前の下に、見覚えのない文字が浮かんだ。


《PLAYER AUTHORITY》


――プレイヤー権限。


俺は数秒、それを理解できなかった。


「……プレイヤー?」


俺の声がやけに遠く聞こえる。


ノアが言う。


「外にいるプレイヤーが君を狙っていたんじゃない」


空の亀裂。


外部接続。


ずっと俺たちは、そこから誰かが入ってくるのだと思っていた。


違う。


ノアはゆっくり首を振った。


「外側のシステムが、君の権限を使ってこの世界に接続しようとしている」


「俺の……権限?」


「そうだ」


頭の中で、今までの出来事が繋がり始める。


なぜ俺だけがゲームの知識を持っていた。


なぜ存在しないはずのイベントを引き起こせた。


なぜ世界のシナリオから外れても、俺は排除されなかった。


なぜ《WORLD SYSTEM》に干渉できた。


なぜ世界基幹領域が俺を受け入れた。


そして。


なぜ最初から、世界は俺を《異物》ではなく――。


侵入者。


そう呼んでいたのか。


「待てよ」


カイルが口を開く。


「だったら、外にいる奴は何なんだ?」


ノアは空を見上げた。


「観測者を作った存在だ」


「……観測者を?」


「世界を繰り返し、データを集め、結果を見続けた存在」


第七世界。


六度の失敗。


八周目。


俺たちはずっと、観測者こそが世界を弄んでいたと思っていた。


だが、観測する存在を作った奴がいる。


その上。


さらに外側。


「本当の――プレイヤー」


ノアが呟いた。


空の亀裂の向こう側で、何かが動いた。


人影ではない。


輪郭もない。


ただ、視線だけがあった。


ぞっとするほど巨大な何かが、この世界を画面越しに覗き込んでいるような感覚。


俺の背中に冷たい汗が流れた。


《外部接続率》


《71%》


「七十……」


早すぎる。


さっきまで十一分あった。


もう時間で計れる段階じゃない。


その瞬間、エリシアが叫んだ。


「見つけた!」


「何を!?」


「第八世界側の権限設定!」


エリシアの前に大量の文字列が広がる。


彼女は必死にそれを追いながら言った。


「第八世界はもう、前の世界と違う! 管理者だけじゃなくて、世界側から権限を決められる!」


「世界側?」


俺が訊き返す。


カイルが気づいた。


「第八世界を作った時に変更した部分か」


エリシアが頷く。


「うん! この世界は、一人の管理者が全部決めない。だから――」


彼女の手が止まった。


その顔から血の気が引く。


「どうした?」


「一つだけ、前の世界から残ってる」


嫌な予感がした。


「何が」


エリシアが表示を拡大する。


俺たち全員の前に、一つの項目が現れた。


《最上位権限》


《LOGOUT》


ログアウト。


その文字を見た瞬間。


脳の奥で、何かが弾けた。


白い部屋。


モニター。


ヘッドセット。


ログイン画面。


見覚えのないはずなのに、知っている景色。


――ゲームを終了しますか?


誰かの声。


いや。


俺自身の声だ。


『まだだ』


『あと一回だけ』


『次で終わる』


映像は一瞬で消えた。


俺は頭を押さえる。


「レオン!」


リリアが肩を支えた。


「……大丈夫だ」


大丈夫じゃない。


今のは前世の記憶じゃない。


もっと近い。


この世界に来る――直前。


「ノア」


俺はゆっくり顔を上げた。


「ログアウト権限って、誰が持ってる?」


ノアは答えなかった。


答える必要もなかった。


俺の前に。


最後の表示が浮かんだからだ。


《所有者を確認》


《PLAYER ID――LEON》


《権限保有者――レオン・ヴァルハルト》


沈黙。


俺は笑うしかなかった。


「……マジかよ」


ずっと探していた。


この世界を繰り返した奴。


観測者の向こう側にいる奴。


ゲームとしてこの世界を見ていた存在。


その痕跡が。


俺自身の中に残っている。


《外部接続率》


《89%》


空の亀裂がさらに広がる。


そのとき。


第八世界全体に、鐘のような音が響いた。


《第八世界――仮確立状態》


《未処理の旧世界権限を検出》


《最上位権限――LOGOUT》


《所有者――PLAYER ID:LEON》


そして。


新たな文字が現れる。


《最終クエストが発生しました》


俺は、その内容を見上げた。


《第八世界を完成させよ》


《完了条件》


《旧世界権限をすべて消去してください》


《最終対象》


《PLAYER AUTHORITY》


《対象個体》


《レオン・ヴァルハルト》


誰も言葉を発しなかった。


世界を完成させるために。


最後に消さなければならないもの。


それは敵でも。


管理者でも。


システムでもなかった。


――俺の中に残っている、“プレイヤー”だった。

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