第35章 3人で作る第八世界
三つの光が、世界基幹領域を照らしていた。
俺の右手に宿る、黒。
カイルの周囲を漂う、青白い光。
そして。
エリシアの胸元から広がる、淡い金色。
それぞれの前に、文字が浮かぶ。
《侵入者権限――認証》
《観測者権限――認証》
《管理者権限――認証》
続けて。
三つの表示が、一つに重なった。
《第八世界確立条件》
《三権限の同時認証を確認》
《確立処理を再開します》
停止していた数字が動き始める。
3.8%。
4.1%。
4.7%。
ゆっくり。
だが確実に。
「……動いた」
エリシアが呟く。
「ああ」
俺は頷いた。
ここまで長かった。
死者の森。
地下墓地。
もう一人の俺。
カイル。
七度繰り返された世界。
ゲームには存在しなかった妹。
そして。
世界を作り直し続けた、観測者。
全部が繋がって。
ようやくここまで来た。
なのに。
正面に立つ銀髪の女は、笑わなかった。
「無駄よ」
静かな声だった。
「権限を三つ揃えたところで、それだけでは第八世界は成立しない」
カイルが眉をひそめる。
「まだ何かあんのかよ」
「あるわ」
女が答える。
「世界を作るというのは、空の箱を用意することではない」
その瞬間。
俺たちの前に巨大な光の板が現れた。
《第八世界――未定義項目を検出》
《世界法則が設定されていません》
《既存世界から継承しますか?》
その下に。
見覚えのある七つの法則が並んでいく。
死者は蘇生できない。
時間は逆行できない。
同一の魂は、一つしか存在できない。
世界外の記憶を保持してはならない。
管理者は直接世界へ干渉できない。
物語中核個体は世界補正に従属する。
そして。
最後。
《世界が存続するためには、管理者が一人、世界に残らなければならない》
俺はその文字を睨んだ。
これだ。
最初から引っかかっていた。
第八世界を作れば。
新しい管理者になったエリシアは、世界基幹領域から戻れない。
だから。
「消す」
俺は即答した。
エリシアが顔を上げる。
「お兄ちゃん?」
「七番目だ」
《選択確認》
《世界法則7を破棄しますか?》
《この変更は、第八世界確立後に撤回できません》
俺は迷わない。
「破棄する」
カイルが笑った。
「だと思った」
「悪いな」
「いや。俺でもそれ選ぶ」
エリシアだけが、少し困ったような顔をしていた。
「でも……私が残れば、確実なんだよね?」
俺はエリシアを見る。
「何が?」
「世界が」
「知らん」
「え?」
「そんな世界ならいらない」
エリシアが目を丸くした。
俺は表示を指さす。
「誰か一人を犠牲にしないと続かない世界なんて、最初から失敗作だ」
銀髪の女の瞳が、わずかに揺れた。
「あなたは……」
「七回も繰り返したんだろ」
俺は女を見る。
「だったら八回目くらい、違うやり方してもいいだろ」
沈黙。
女は答えなかった。
代わりに。
システムが反応した。
《世界法則7》
《破棄》
バキン――。
空間のどこかで、何かが砕けた。
目の前の文字が崩れ。
光の粒になって消える。
直後。
世界基幹領域全体が大きく震えた。
「うおっ!?」
カイルが踏ん張る。
エリシアの身体が傾き、俺は腕を掴んだ。
「大丈夫か」
「う、うん!」
警告音。
赤い文字。
《既存世界法則の破棄を確認》
《世界構造に重大な変更が発生》
《第八世界確立処理――再計算》
《進行率:12.4%》
速い。
一気に跳ね上がった。
だが。
その直後。
《警告》
《第七世界管理システムから干渉》
《第八世界の確立を拒否》
空間が歪む。
銀髪の女の背後。
真っ白だった世界に。
巨大な黒い裂け目が開いた。
その奥から伸びてきたのは。
鎖だった。
一本。
二本。
十本。
百本。
数え切れないほどの黒い鎖が、女の身体へ突き刺さる。
「……っ!」
初めて。
女の表情が苦痛に歪んだ。
「おい!」
俺が走り出そうとした瞬間。
女が手を上げた。
「来ないで!」
足が止まる。
「それは……私に繋がっている」
カイルが目を凝らす。
「何だよ、あれ」
俺は《解析》を発動する。
《対象解析――開始》
《管理権限保有個体》
《権限構造――異常》
《外部接続を検出》
《接続先――》
文字が乱れる。
だが。
最後の一行だけ。
読めた。
《完全初期化権限》
「……まさか」
女が小さく笑った。
「そう」
鎖が軋む。
「完全初期化権限は、最初から私に接続されていた」
エリシアが息を呑む。
「じゃあ……」
「私自身が、初期化装置の一部なの」
七回。
世界を巻き戻した女。
ずっと。
こいつが世界を壊していたと思っていた。
違う。
壊していたんじゃない。
壊させられていた。
「待て」
カイルが言う。
「じゃあ、あんたが七回巻き戻したのも――」
「最初の数回は、私の意思だった」
女は答えた。
「あなたたちを探すために」
俺を見る。
「でも途中から、違った」
鎖がさらに締まる。
「世界は学習した」
ぞくり。
嫌な言葉だった。
「管理者が迷うなら、管理者の意思を必要としない仕組みを作ればいい」
女の足元に。
赤い魔法陣のような紋様が広がっていく。
《完全初期化処理》
《強制起動》
残り時間。
23:41:08。
それが。
一瞬で。
00:10:00。
「は?」
カイルの声が裏返る。
《第八世界確立を重大な脅威と判定》
《完全初期化処理を最優先します》
《実行まで》
《00:09:59》
《00:09:58》
冗談じゃない。
二十四時間あったはずだ。
それが。
十分?
「お兄ちゃん!」
「分かってる!」
俺は頭を回す。
第八世界確立率。
14.1%。
このままじゃ間に合わない。
なら。
普通に進めるのをやめるしかない。
ゲームでも同じだった。
制限時間に対して攻略速度が足りないなら。
正規ルートを捨てる。
仕様を探す。
抜け道を探す。
バグでも何でも使う。
俺は表示を睨む。
侵入者権限。
観測者権限。
管理者権限。
……待て。
侵入者。
そもそも。
俺の役割は。
世界に認めてもらうことじゃない。
「カイル」
「なんだ!」
「第八世界を観測できるか?」
「は?」
「まだ完成してなくていい。存在してるって認識できるか」
カイルが一瞬だけ固まる。
だがすぐ。
俺の言いたいことを理解した。
「……やってみる」
青白い光が広がる。
《観測者権限――行使》
カイルの目が青く染まる。
「くっ……!」
「カイル!」
「黙ってろ! 見える……!」
空間が揺れる。
「まだ何もない。でも……ある!」
「それでいい!」
俺はエリシアを見る。
「エリシア!」
「うん!」
説明していない。
それでも。
エリシアは俺の手を握った。
《管理者権限――接続》
金色の光。
「お兄ちゃん、何をするの?」
俺は笑った。
「ズルする」
「……え?」
「完成するまで待ってたら間に合わない」
第八世界。
確立率14.8%。
普通なら。
未完成だ。
入れない。
存在できない。
だから。
侵入者がいる。
俺は黒い光を右手へ集める。
《侵入者権限》
《対象を指定してください》
「第八世界」
《警告》
《対象世界は未完成です》
「知ってる」
《侵入不可》
「だから侵入者なんだろうが」
俺は手を伸ばす。
見えない何かを。
掴む。
《境界簒奪》
《侵入者権限と統合》
《未完成世界への強制接続を試行》
銀髪の女が目を見開いた。
「まさか……!」
「完成させるんじゃない」
俺は言った。
「先に入る」
黒い亀裂が。
空間に走った。
その向こう。
何もない。
空も。
大地も。
街も。
人も。
存在しない。
ただ真っ白な空間。
それでも。
カイルが観測している。
エリシアが管理者として認めている。
そして。
俺が侵入する。
三つが揃えば。
《矛盾を検出》
《矛盾を検出》
《矛盾を検出》
警告が連続する。
構うか。
「レオン!」
カイルが叫ぶ。
《第八世界確立率:15.0%》
俺は亀裂の向こうへ足を踏み出した。
その瞬間。
世界が。
止まった。
音も。
光も。
警告表示さえ。
すべてが停止する。
そして。
一行。
《第八世界に、生存個体を確認》
次。
《世界が存在しない状態で、生存個体が存在しています》
さらに。
《因果関係に矛盾》
そうだ。
世界がないのに。
俺がいる。
だったら。
答えは一つしかない。
俺が存在するために。
世界の方が必要になる。
《自動補正開始》
銀髪の女が。
信じられないものを見るように、俺を見ていた。
《第八世界確立処理――強制加速》
15%。
23%。
38%。
「は……?」
カイルが呆然とする。
51%。
67%。
エリシアの金色の光が、一気に広がる。
83%。
《完全初期化まで》
《00:08:41》
間に合う。
いや。
間に合わせる。
96%。
97%。
98%。
そして。
99%。
止まった。
「……おい」
嫌な予感。
《第八世界確立率:99.0%》
《最終項目が未定義です》
目の前に。
新しい表示が現れる。
《この世界の目的を定義してください》
目的?
英雄が魔王を倒すため?
ゲームのシナリオを続けるため?
管理者が世界を維持するため?
違う。
そんなものじゃない。
俺は後ろを見る。
カイル。
エリシア。
さらに遠く。
この領域の向こう側。
第七世界で俺たちの帰りを待つリリア。
アルバート。
学院の連中。
街の人間。
名前すら知らない人たち。
ゲームなら。
NPC。
だった。
でも今は違う。
こいつらは生きている。
なら。
世界の目的なんて。
最初から一つでいい。
「生きるためだ」
《入力を確認》
俺は続ける。
「誰かに決められた物語を進めるためじゃない」
文字が光る。
「管理者のためでも、プレイヤーのためでもない」
銀髪の女が俺を見る。
「ここにいる奴らが、自分で生きるための世界だ」
一瞬。
静寂。
そして。
《世界目的――確定》
《第八世界》
《定義》
《自由世界》
《シナリオ強制補正――解除》
《物語中核個体指定――解除》
《管理者強制残留――解除済》
《世界外記憶保持制限――再審査》
《確立率》
《100%》
光が。
爆発した。
俺は反射的に目を閉じる。
世界基幹領域を埋め尽くすほどの白。
その中で。
確かに聞こえた。
《第八世界の確立に成功しました》
――勝った。
そう思った。
だが。
次の表示を見て。
俺は言葉を失った。
《警告》
《完全初期化処理は停止していません》
《第八世界を初期化対象として再指定》
「……は?」
銀髪の女の身体に繋がった黒い鎖が。
一斉に。
引き絞られる。
彼女が苦痛に顔を歪めた。
《完全初期化まで》
《00:07:59》
女が俺を見る。
その顔には。
初めて。
はっきりとした恐怖が浮かんでいた。
「レオン」
「なんだ」
「第八世界を作っただけでは、終わらない」
黒い鎖の先。
世界のさらに奥。
そこに。
巨大な何かが浮かび上がる。
人ではない。
魔物でもない。
輪郭すら存在しない。
ただ。
無数の文字と。
数字と。
命令文だけで構成された存在。
俺の《解析》が自動で起動する。
《解析不能》
《再試行》
《解析不能》
《権限階層が不足しています》
そして。
名前だけが表示された。
《WORLD SYSTEM》
女が呟く。
「最後の敵は、私じゃない」
俺は剣を握る。
なるほど。
そういうことか。
魔王でも。
神でも。
管理者でもない。
ゲームそのもの。
いや。
世界そのものが。
俺たちを消そうとしている。
だったら。
やることは変わらない。
俺は剣を肩に担いだ。
「攻略するぞ」
カイルが隣に並ぶ。
「世界を?」
「そうだ」
エリシアも。
俺の反対側へ立った。
「お兄ちゃん」
「ああ」
目の前に。
最後のクエストが現れる。
《最終クエスト更新》
《WORLD SYSTEMを停止せよ》
《成功条件:完全初期化機構の消滅》
《制限時間》
《00:07:42》
俺は笑った。
「七分もあるじゃねえか」
第八世界。
最初の攻略が。
始まった。




