中にいる貴様は、誰だ?
第3章 中にいる貴様は、誰だ?
「――中にいる貴様は、誰だ?」
頭が。
真っ白になった。
何を言ってる?
いや。
分かってる。
分かってるけど。
なんで。
「…………」
俺は答えられなかった。
老人は。
ただ。
じっとこちらを見ている。
右目。
たった一つの目。
なのに。
全部。
見透かされている気がした。
「どうした」
「いや……」
喉が乾く。
なんて答える?
レオン・アルヴェインです。
ダメだ。
多分。
通じない。
むしろ。
こいつは。
それが違うと言っている。
「俺は……レオンだ」
とりあえず。
そう答えた。
老人の表情は変わらない。
「身体はな」
「…………」
やっぱり。
誤魔化せねえ。
「魂が違う」
老人は言った。
「アルヴェインの血は濃い。その血が宿す魂の色も、私は知っている」
魂の色?
そんな設定。
知らない。
ゲームには。
なかった。
「だが貴様の魂は、この身体のものではない」
老人が。
杖を地面につく。
コツン。
その音だけが。
静かな墓地に響いた。
「答えろ」
老人の声が。
一段低くなる。
「レオン・アルヴェインをどうした」
「待て待て待て!」
俺は両手を上げる。
「殺してない!」
「では」
「俺も分からない!」
老人の眉が。
わずかに動いた。
「分からない?」
「気づいたらこうなってたんだ」
これは。
嘘じゃない。
本当に。
気づいたら。
レオンになっていた。
その前。
俺は。
確か。
ゲームをしていた。
いつものように。
《エクリプス・オンライン》。
サービス終了。
最後の日。
何年も使ったキャラクターで。
最後のログイン。
そして。
午前零時。
画面が暗くなって。
そのあと。
目を覚ましたら。
俺は。
レオン・アルヴェインだった。
「元のレオンがどうなったのかも知らない」
老人は。
黙って聞いている。
「俺だって知りたいくらいだ」
本音だった。
最初は。
あまり考えなかった。
ゲーム世界に来た。
しかも。
知ってるキャラクター。
その衝撃が。
大きすぎた。
でも。
考えてみれば。
俺がここにいるなら。
元々この身体にいたレオンは。
どこへ行った?
消えた?
死んだ?
それとも。
どこかにいる?
「…………」
妙な罪悪感が。
胸に残る。
俺は。
こいつの人生を。
奪ったんじゃないのか?
「なるほど」
老人が呟いた。
「……信じるのか?」
「信じるとは言っていない」
ですよね。
「だが」
老人が。
俺を見る。
「嘘をついているようにも見えぬ」
「分かるのか?」
「長く生きているのでな」
便利だな。
長生き。
老人は。
ゆっくり立ち上がった。
思ったより。
背が高い。
腰も曲がっていない。
さっきまで。
ただの墓守に見えていた。
でも。
今。
こうして正面から見ると。
違和感がある。
隙が。
ない。
「一つ聞く」
「ん?」
「なぜここへ来た」
来た。
これは。
想定していた質問。
ゲーム時代。
墓守NPCが実装されていたとして。
イベント開始条件があるなら。
必ず。
何かを問われる。
そう考えていた。
だから。
答えも決めていた。
「強くなるため」
老人の眉が動く。
「力が欲しいと?」
「ああ」
「何のために」
「死にたくない」
即答した。
老人が。
少し驚いたように見えた。
「ずいぶん率直だな」
「世界を救いたいとか言った方がよかった?」
「いや」
老人は。
小さく笑った。
初めて。
表情が変わった。
「そのようなことを言えば、今すぐ追い返していた」
危ねえ。
勇者っぽいこと言わなくてよかった。
「俺は半年後」
言いかけて。
止まる。
半年後。
俺は死ぬ。
本来のストーリーなら。
主人公に殺される。
でも。
それを。
どう説明する?
未来を知っている。
なんて。
魂の件以上に。
面倒なことになる。
「……死ぬかもしれない」
言い換えた。
「だから、その前に強くなりたい」
「誰かに狙われているのか」
「今はまだ」
「今は?」
「そのうち」
老人は。
俺を見つめた。
深くは聞いてこなかった。
助かる。
「なるほどな」
老人は。
ゆっくり歩き出す。
墓地の奥。
俺もついていく。
「名前は?」
俺が聞いた。
老人が止まる。
「墓守でよい」
「いやいや。名前くらいあるだろ」
「捨てた」
「捨てた?」
「ずっと昔にな」
それだけ言って。
また歩き出す。
名前なし。
ゲームデータと。
同じ。
やっぱり。
こいつだ。
間違いない。
俺は。
後ろから老人を見る。
墓守。
レベル不明。
所属不明。
未使用NPC。
そして。
レオンと同じ識別コード。
ゲーム時代。
散々。
考察された。
でも。
誰も。
答えには辿り着けなかった。
まさか。
本人から聞けるとは。
「なあ」
「何だ」
「《始まりの地下墓地》って知ってるか?」
ピタッ。
老人が止まった。
反応した。
やっぱり。
ある。
「……どこでその名を知った」
「まあ」
言えない。
データ解析です。
とか。
絶対通じない。
「ちょっと」
「ちょっとで知る名ではない」
老人が振り返る。
さっきより。
明らかに警戒している。
「それを知る者は、もうほとんど残っていない」
「じゃあ」
「ある」
心臓が。
跳ねた。
老人は。
墓地の奥を見る。
「この下にな」
来た。
「入りたい」
「断る」
即答。
「早くない?」
「貴様では死ぬ」
「そこをなんとか」
「ならん」
「入口だけでも」
「ならん」
「見学」
「帰れ」
頑固!
でも。
ここまで来て。
帰れるか。
「俺は入る」
「死ぬと言っている」
「知ってる」
「知らぬ」
老人が。
初めて。
少し苛立った声を出した。
「地下墓地に棲むものは、この森の魔物とは次元が違う」
知ってる。
「第一層ですら、熟練の冒険者が命を落とす」
知ってる。
「最奥に至っては――」
老人が。
言葉を止める。
「……いや」
「最奥?」
「貴様には関係ない」
ある。
めちゃくちゃある。
最奥。
そこに。
俺が欲しいものがある。
《アビスウォーカー》。
いや。
正確には。
その覚醒条件を満たす何か。
ゲームデータでは。
最後まで。
詳細が分からなかった。
分かっていた条件は。
四つ。
レオン・アルヴェインであること。
レベル二十まで。
ステータスポイント未使用。
墓守と接触。
そして。
《始まりの地下墓地》。
ここから先は。
未知。
だからこそ。
絶対に入る。
「俺」
老人を見る。
「レベル十三」
「……十三?」
少しだけ。
老人の顔が変わった。
「今日の朝は七だった」
今度こそ。
表情が変わった。
「何?」
「森に入ってから上げた」
「六つ?」
「ああ」
老人が。
俺の全身を見る。
「ステータスを見せろ」
「え」
「早くしろ」
なんだ。
急に。
ステータス画面。
他人に見せられるのか?
試しに。
表示。
共有。
みたいなことを意識してみる。
すると。
目の前に。
半透明の画面が現れた。
老人が。
それを見る。
――――――――――
NAME
レオン・アルヴェイン
LEVEL
13
HP
108
MP
34
STR
6
VIT
7
AGI
8
DEX
6
INT
9
MND
5
未使用ステータスポイント
39
――――――――――
老人が。
固まった。
「…………」
「どうした?」
返事がない。
じっと。
数字を見ている。
特に。
最後。
未使用ステータスポイント。
「貴様」
「ん?」
「なぜ一つも使っていない」
来た。
「使いたくないから」
「ふざけるな」
「いや、本当に」
「三十九だぞ」
「知ってる」
「今すぐ振れば、少なくともこの森の浅層ならば遥かに安全に――」
「振らない」
老人の目が。
細くなる。
「なぜだ」
ここ。
どうする?
条件を知っている。
なんて言ったら。
また。
情報源を追及される。
「勘」
「…………」
「痛っ!」
杖で。
頭を叩かれた。
「何すんだよ!」
「くだらぬ嘘をつくな」
バレた。
「事情がある」
「どんな」
「言えない」
老人は。
黙る。
俺も。
黙る。
しばらく。
無言。
先に折れたのは。
老人だった。
「……レベル二十」
「え?」
老人が。
呟いた。
「それまで。一点たりとも振るな」
ぞくっ。
鳥肌が立った。
知っている。
こいつ。
知っている。
「二十になった時」
老人は。
俺を見る。
「もう一度ここへ来い」
「……その時は?」
「地下墓地への道を開く」
やっぱり。
条件。
合ってる。
でも。
それだけじゃない。
墓守は。
続けた。
「ただし」
杖を上げる。
俺の胸元。
そこへ。
先端を向ける。
「レベル二十に達するまでに、一度でも能力を人為的に高めれば終わりだ」
「ステータスポイントを振るなってこと?」
「それだけではない」
「え?」
「強化薬」
「…………」
「能力上昇の魔法」
「…………」
「装備による恒常的な能力補正も避けろ」
待て。
知らない。
そこまでは。
ゲームデータに。
なかった。
「条件って……ステータスポイントだけじゃないのか?」
口から出た。
老人の目が。
鋭くなる。
しまった。
「やはり何か知っているな」
「…………」
「まあよい」
老人が。
杖を下ろした。
「貴様がどこまで知っているかは知らぬ」
そして。
墓地の中央。
巨大な墓石へ向かう。
「だが覚えておけ」
墓石に。
老人が手を触れた。
「資格とは」
ゴゴゴ……。
地面が。
震えた。
「数字だけで得られるものではない」
墓石が。
ゆっくり。
横へ動く。
その下。
黒い階段。
地下へ続いている。
冷たい空気が。
吹き上がる。
視界に。
文字。
《特殊エリアを発見しました》
《始まりの地下墓地》
《推奨LEVEL:40》
出た。
「マジであった……」
思わず。
声が漏れる。
老人が。
こちらを見る。
「レベル二十になれば、この先へ入ることを許す」
「許す?」
「入口を見せただけだ」
老人が。
杖を軽く振る。
ゴゴゴゴ……。
墓石が。
戻っていく。
「今日入れない?」
「死にたいのか」
「入口だけ」
「帰れ」
ですよね。
でも。
十分。
大きな収穫。
条件は。
ほぼ正しかった。
しかも。
ゲームでは分からなかった。
追加条件まで。
判明した。
ステータスポイント。
未使用。
レベル二十。
強化薬禁止。
能力上昇魔法禁止。
恒常能力補正装備も避ける。
つまり。
レベル二十までは。
ほぼ。
素の能力で戦え。
ってこと。
「……鬼かよ」
「何か言ったか」
「なんでもない」
残り。
七レベル。
簡単。
とは。
もう思わない。
レベル十三。
初期能力。
死者の森。
一発。
ミスれば。
死ぬ。
でも。
「やるしかないか」
老人を見る。
「明日来てもいい?」
「好きにしろ」
「アイアンボアってまた湧く?」
「……湧く?」
「いや。なんでもない」
危ない。
完全にゲーム感覚だった。
老人が。
呆れたように。
ため息をついた。
「一つだけ忠告しておく」
「ん?」
「今日のような戦い方を続ければ」
老人の目。
俺の剣。
革鎧。
そして。
身体。
順番に見る。
「レベル二十になる前に死ぬぞ」
「…………」
「知識があろうと」
老人が。
言った。
「身体がついてこなければ意味はない」
痛いところ。
突かれた。
まさに。
今日。
何度も思ったこと。
俺は。
ゲームのレオンを。
操作していた。
でも。
今は。
俺自身が。
レオンだ。
コントローラーじゃない。
身体を。
動かさなきゃいけない。
知識だけじゃ。
足りない。
「……分かった」
素直に答えた。
「じゃあ」
墓地を出る。
少し歩いて。
俺は振り返った。
「また来る」
老人は。
墓石の前。
立ったまま。
こちらを見ていた。
「勝手にしろ」
俺は。
森へ戻る。
夕方まで。
まだ時間はある。
現在。
レベル十三。
目標。
二十。
あと。
七。
ただし。
無理はしない。
「まずは」
剣を握る。
身体。
動き。
間合い。
全部。
この世界に。
慣れないと。
知識だけで。
勝てるほど。
甘くない。
俺は。
今日。
初めて。
それを理解した。
◇
レオンの姿が。
森の奥へ消えたあと。
老人は。
一人。
墓地に立っていた。
「…………」
長い沈黙。
やがて。
老人は。
自分の左目。
潰れた眼窩へ。
手を当てた。
「異界の魂……」
小さく。
呟く。
そして。
閉ざされた地下墓地を見る。
「まさか」
老人の顔から。
先ほどまでの。
穏やかな表情が消える。
「本当に現れるとはな」
風が吹いた。
黒い木々が。
ざわめく。
老人は。
空を見上げた。
「アルヴェイン」
その声は。
どこか。
懐かしむようで。
そして。
恐れているようでもあった。
「貴様の血は」
杖を。
強く握る。
「また――《深淵》を開くつもりか」




