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『序盤で死ぬ最弱悪役に転生したけど、このゲームを一万時間やり込んだ俺には関係ない』  作者: くんくん


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第29章 世界を救う方法が,まともだとは限らない


学院長室に、誰も言葉を発しない時間が流れていた。


目の前にいるのは、この王立アストレア学院の学院長。


そして――。


《原初管理者》。


七回も作り直されたこの世界で、唯一《完全初期化権限》を保持したまま生きている存在。


普通なら、とんでもない事実を知ったことになる。


けれど今の俺には、それ以上に気になることがあった。


「一つ聞いていいか」


俺が口を開くと、学院長は静かにこちらを見る。


「構わん」


「世界を完全初期化できるってことは……逆に言えば、あんたなら初期化を止められるんじゃないのか?」


カイルがわずかに眉を動かした。


リリアも、エリシアも学院長を見る。


当然の疑問だ。


犯人を見つけた。


しかもそいつが初期化を実行する権限を持っている。


だったら話は簡単じゃないか。


やめてもらえばいい。


だが。


学院長の返答は、俺の期待したものではなかった。


「止めることはできる」


「じゃあ――」


「ただし、今のまま止めれば第七世界は崩壊する」


……は?


俺の視界に、文字が浮かぶ。


《警告》


《第七世界の構造的不整合を確認》


《世界安定率:63.8%》


数字が。


ゆっくりと。


63.7%へ下がった。


「おい……」


カイルにも見えているらしい。


「減ったぞ」


学院長が頷く。


「この世界はすでに、正常な状態ではない」


「七回やり直したせいか?」


俺が聞くと、学院長は少しだけ目を細めた。


「それも理由の一つだ。しかし最大の原因ではない」


嫌な予感がした。


こういう時のゲームは、大抵ろくでもない答えを用意している。


学院長が俺たちを順番に見る。


まずカイル。


次にエリシア。


そして最後に。


俺。


「本来存在しないはずの個体が、存在しすぎた」


心臓が一度、大きく鳴った。


《シナリオ照合中》


《正規進行との差異を検出》


《カイル・アストレア――外部記憶保持》


《エリシア――管理者バックアップ個体/生存》


《リリア――生存ルート逸脱》


そして。


《レオン・――――》


俺の名前だけ。


一瞬、文字が乱れた。


《照合不能》


《外部魂情報を検出》


《世界登録情報との不一致率:87.4%》


「……やっぱり俺か」


思わず笑いそうになった。


笑える話じゃないのに。


地下墓地で見た。


魂情報と肉体情報の不一致。


《アビスウォーカー》への転職。


深淵への接続。


ずっと引っかかっていた。


俺はこの世界のレオンに転生した。


そう思っていた。


だけどシステムからすれば。


俺は。


この世界に、本来入ってくるはずのない異物だ。


「レオン……?」


エリシアが不安そうに俺を見る。


「大丈夫」


反射的にそう言った。


何が大丈夫なのかは俺にも分からない。


学院長が続ける。


「最初の七世界では、存在しなかった変数だ」


「俺が?」


「正確には、お前の中に存在する魂が、だ」


カイルが一歩前へ出る。


「待ってくれ。俺にも前の世界の記憶がある。だったら俺も同じじゃないのか?」


「違う」


即答だった。


「君は、この世界で生まれたカイル・アストレア本人だ。外部の記憶が混入してはいるが、魂そのものは世界に登録されている」


「じゃあレオンは……」


「肉体はこの世界のもの。しかし魂の起源が存在しない」


学院長の視線が俺を射抜く。


「どこから来た?」


答えられなかった。


いや。


答えは知っている。


日本。


ゲームの外。


《ECLIPSE ONLINE》をプレイしていた世界。


けれど、それを説明したところで信じられるのか?


……いや。


今さらか。


世界が七回ループして、管理者権限だの外部記憶だの言っている状況で、日本くらい大した話じゃない。


「別の世界だ」


俺は答えた。


「少なくとも俺にとって、ここはゲームだった」


リリアとエリシアが息を呑む。


カイルは驚かなかった。


こいつには、もう話している。


学院長も同じだった。


驚くどころか。


「やはりな」


そう呟いただけだった。


「知ってたのか?」


「推測していた。この世界の外部に、観測領域が存在することは確認されていたからな」


観測領域。


つまり。


プレイヤー側の世界……なのか?


「だったら話が早い」


俺は机に手をついた。


「初期化を止める方法を教えてくれ」


学院長はしばらく黙っていた。


そして。


「三つある」


三つ。


意外だった。


一つしかない、と言われると思っていた。


「第一案。完全初期化を行い、世界を第一状態へ戻す」


「却下」


「まだ説明の途中だ」


「聞く必要ない。全員消えるんだろ」


学院長は否定しなかった。


「第二案」


その視線が。


エリシアへ向く。


俺はその瞬間に察した。


「新たな管理者を確立し、崩壊しかけている世界構造を再固定する」


視界に表示が出る。


《管理者候補:エリシア》


「……私?」


エリシアが小さく呟く。


「お前にはその適性がある」


学院長は淡々と言った。


「完全管理者となれば、第七世界を維持できる可能性は高い」


「可能性?」


カイルが聞く。


「何%だ」


「現時点で92.6%」


高い。


かなり高い。


ゲームなら迷わず選びそうな数字だった。


だが。


「代償は?」


俺が聞く。


学院長が俺を見る。


「管理者個体は、世界構造と切り離せなくなる」


やっぱりか。


「分かりやすく言え」


「人間としてのエリシアは終わる」


空気が凍った。


リリアがエリシアの肩を抱く。


「そんなの……」


「肉体が即座に消えるわけではない。ただし、個人としての記憶、感情、人格は管理機構への統合過程で少しずつ薄れていく」


「どれくらいで?」


俺の声が、自分でも驚くほど低かった。


「早ければ数日。長くても数年」


「却下だ」


「お兄ちゃん」


「却下」


今度は、はっきり言った。


「それで世界が救えるとしても、選ばない」


「だが――」


「こいつを普通に生かすために、ここまで来たんだよ」


黒狼団から助けた。


本来なら死んでいた。


七つの世界では、一度も普通に生きられなかった。


それを。


やっと。


ここまで連れてきた。


なのに最後の最後で。


世界を救うため管理者になってください?


ふざけるな。


「第三案は」


俺は学院長を睨んだ。


「第三案を言え」


学院長は答えなかった。


沈黙だけが続く。


それだけで分かった。


一番まともじゃない方法だ。


やがて学院長が立ち上がり、窓の外へ視線を向けた。


「世界の不整合そのものを消す」


「……つまり?」


「世界のルールを書き換える」


カイルが息を呑んだ。


「そんなことができるのか?」


「通常は不可能だ」


やっぱりな。


「完全管理者ですら?」


「管理者は世界を管理できる。だが、世界を構成する根本法則そのものは変更できない」


「じゃあ無理じゃねえか」


「本来ならな」


学院長が振り返る。


その目は。


俺を見ていた。


「だが、お前は違う」


俺?


「外部魂情報を持つ個体は、この世界の法則に完全には拘束されていない」


突然。


視界が暗転した。


大量のウィンドウが開く。


《特殊条件を検出》


《原初管理者との接触を確認》


《管理者バックアップ個体の生存を確認》


《外部魂情報保持個体を確認》


《第八周回における規定外条件を達成》


おい。


待て。


この感じ。


知ってるぞ。


ゲームで。


誰も見つけていなかった条件を踏んだ時。


隠しイベントが発生する。


あの表示。


《特殊クエストが更新されます》


《緊急メインクエスト》


《世界の管理者を特定せよ》


文字が砕けた。


そして。


新しい文字へ変わる。


《最終メインクエスト》


《第八世界を確立せよ》


俺は息を止めた。


第八世界?


今いるのは。


第七世界の。


八周目。


そう聞いていた。


なのに。


《目的》


《第七世界の管理構造から離脱し、新規世界として独立せよ》


《成功条件》


《世界基幹領域への到達》


《世界法則の再定義》


《新規管理者の確立》


《失敗条件》


《第七世界の完全初期化》


《残り時間:29日23時間12分》


そして。


一番下。


赤い文字が現れた。


《警告》


《世界基幹領域への侵入時、対象個体の存在保証は行われません》


《推奨レベル:測定不能》


……出たよ。


測定不能。


俺は思わず額を押さえた。


「またそれかよ」


「何が見えている?」


学院長が聞く。


俺は答えずにステータス画面を開く。


職業。


《アビスウォーカー》。


深淵を歩く者。


世界の境界に干渉する職業。


ずっと変だと思っていた。


なんで俺だけ、こんな職業に就いたのか。


なんで《境界歩行》なんてスキルが存在するのか。


なんで地下墓地で。


俺だけ。


世界の裏側みたいなものに触れられたのか。


全部。


ここにつながってる。


「第三案」


俺は顔を上げた。


「俺ならできるんだな?」


学院長はすぐには答えなかった。


「できる、とは言っていない」


「可能性は?」


「計算不能だ」


「ゼロじゃない?」


「……ゼロではない」


なら。


十分だ。


俺は振り返った。


カイル。


リリア。


エリシア。


三人とも、こっちを見ている。


「レオン」


カイルが言う。


「まさか行くつもりか?」


「他にある?」


「死ぬかもしれないぞ」


「第二案選んでも、エリシアがエリシアじゃなくなる」


俺は肩をすくめた。


「だったら、こっちの方がマシだろ」


「マシの基準がおかしいのよ」


リリアが呆れたように言った。


「知ってる」


「お兄ちゃん……」


エリシアが俯く。


俺はその頭に手を置いた。


「心配すんな」


「でも……」


「お前は普通に生きろ」


七回。


それができなかったなら。


八回目くらい。


好きに生きたっていい。


「学校行って、友達作って、飯食って、笑ってろ。世界の管理なんて知らん」


「……雑すぎるよ」


「兄なんてこんなもんだ」


少しだけ。


エリシアが笑った。


それでいい。


学院長の机の奥。


今までただの壁だった場所に。


光の線が走る。


縦に一本。


横に一本。


巨大な扉の形を描いていく。


《原初管理者権限を確認》


《世界基幹領域への接続準備》


《侵入可能個体を検索》


一人目。


《レオン――適合》


二人目。


《カイル・アストレア――条件付き適合》


三人目。


《エリシア――管理者候補権限により適合》


そして。


《リリア――不適合》


「は?」


リリアの声が響いた。


俺は嫌な予感しかしなかった。


《世界基幹領域》


そこは。


ゲームにも存在しなかった場所。


攻略サイトにも。


設定資料にも。


解析データにすらなかった。


完全に未知の領域。


つまり。


ここから先は。


俺のゲーム知識が通用しない。


扉が。


ゆっくりと開き始める。


その向こうには。


光も。


闇も。


何もなかった。


ただ。


無数の文字列だけが。


空間そのものを埋め尽くしていた。


俺はそれを見て。


笑った。


「やっとか」


カイルが横目で俺を見る。


「何がだ?」


俺は剣を肩に担ぐ。


「俺も知らない場所」


ゲーム知識で無双するのは楽だった。


敵の弱点も。


イベントも。


隠しルートも。


俺は知っていた。


けれど。


世界を救う最後の攻略くらい。


攻略本なしでもいい。


《最終メインクエストを開始します》


《第八世界を確立せよ》


俺は。


世界の外へ。


一歩踏み出した。

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