第27章 妹の正体ぐらい、兄には教えてくれてもいいだろ
学院地下。
俺たちの目の前に現れた扉には、たった一行だけ文字が浮かんでいた。
《第零管理室》
ゲームでこの場所を見たことはない。
攻略Wikiにも、設定資料集にも、解析班がぶっこ抜いたマップデータにすら存在しなかった。
「……入るぞ」
俺が扉に手を伸ばす。
だが。
触れる直前。
《アクセス権限を確認しています》
視界に白い文字が浮かんだ。
《個体名:レオン・アルヴェイン》
《権限:未登録》
《アクセス拒否》
「だと思ったよ」
「なんでちょっと嬉しそうなんだ?」
横からカイルが呆れたように言う。
「隠しエリアの扉に拒否されるの、ゲームっぽいだろ」
「感覚がおかしいんだよ、お前は」
「お前にだけは言われたくない」
俺たちがそんなことを言っている横で、リリアが無言で扉を見る。
そして最後尾にいたエリシアが、ゆっくり一歩前へ出た。
その瞬間だった。
《上位権限を検出》
《新規管理者候補を確認》
《識別コード照合――》
《一致率:99.87%》
「……え?」
エリシアが小さく声を漏らす。
次の瞬間。
ゴウン――。
重い音を響かせ、扉が左右へ開いた。
誰も動かなかった。
いや。
動けなかった。
「……今の、見えたか?」
俺が聞く。
「ああ」
カイルの返事は短い。
リリアも険しい顔で頷いている。
つまり。
俺だけじゃない。
全員に表示された。
エリシア本人にも。
「お兄様」
「なんだ」
「私、何かしましたか?」
「何もしてない」
即答した。
本当に何もしていない。
ただ近づいただけだ。
それだけで、存在しないはずの管理室がエリシアを認証した。
嫌な予感しかしない。
俺は扉の向こうを見る。
部屋は想像していたより広くなかった。
円形の空間。
壁一面を覆う黒い石板。
中央には、腰ほどの高さの台座が一つだけ置かれている。
机もない。
椅子もない。
宝箱もない。
ゲーム的に言えば、完全にイベント専用マップだ。
「レオン」
「ああ」
カイルと視線を合わせる。
先に入るのは俺たちだ。
エリシアを最後に回し、俺とカイルが部屋へ足を踏み入れる。
何も起こらない。
続いてリリア。
反応なし。
そして。
エリシアが境界線を越えた瞬間。
部屋全体が青白く光った。
「うわっ……!」
リリアが腕で目を庇う。
壁一面の石板に、次々と文字が浮かび上がった。
《管理者候補の入室を確認》
《休眠状態を解除》
《世界記録の閲覧を許可します》
俺の背筋に冷たいものが走る。
世界記録。
その言葉を見た瞬間、中央の台座から光が伸びた。
空中に七つの球体が浮かぶ。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
五つ。
六つ。
七つ。
そのすべてが、この世界だった。
王都。
学院。
死者の森。
始まりの地下墓地。
見覚えのある地形が、小さな世界の中に再現されている。
だが。
一つ目の世界は、半分以上が黒く染まっていた。
二つ目は王都が消えている。
三つ目は大陸そのものが割れていた。
四つ目。
五つ目。
六つ目。
そして七つ目。
どれも。
壊れている。
「……これが」
カイルが呟く。
「過去の世界……なのか?」
《肯定》
突然、機械的な声が響いた。
俺たちは一斉に周囲を見る。
人影はない。
《第一周回》
《世界存続期間:十一年二百十四日》
《終了理由――魔王討伐失敗》
一つ目の球体が暗くなる。
《第二周回》
《世界存続期間:十三年四十一日》
《終了理由――勇者個体消失》
二つ目。
《第三周回》
《世界存続期間:九年百八十八日》
《終了理由――深淵侵食率九十八%》
三つ目。
《第四周回》
《終了理由――管理者権限暴走》
四つ目。
《第五周回》
《終了理由――世界境界崩壊》
五つ目。
《第六周回》
《終了理由――観測不能》
六つ目。
そして。
七つ目の球体が赤く光る。
《第七周回》
《終了理由――》
文字が止まった。
数秒後。
新しい表示が現れる。
《記録破損》
「……待て」
俺は眉をひそめる。
今まで見てきた表示では、俺たちのいる世界は《第七世界》。
だが銀髪の女は《八周目》と言った。
世界と周回は別物。
二十四章で気づいた違和感。
その答えが、ようやく見えてきた。
「七つの世界があるんじゃない」
俺は呟いた。
「同じ世界を、七回やり直してる」
カイルがこちらを見る。
「じゃあ今は?」
「八回目だ」
俺たちが今いるのは。
八回目。
そして表示上では《第七世界》。
つまり途中で何かが変わっている。
《補足》
機械音が響く。
《第一周回から第七周回までを旧世界群として記録》
《第八周回開始時、世界基盤を再構築》
《新世界識別名――第七世界》
「ややこしいな、おい」
思わず口から出た。
カイルも同じ顔をしている。
だが。
そんな俺たちとは対照的に、エリシアだけが七つの球体をじっと見つめていた。
「……悲しい」
ぽつりと。
エリシアが言った。
「なんだ?」
「分かりません」
彼女は胸元を押さえる。
「でも……これを見ていると、すごく悲しいんです」
その瞬間。
台座が反応した。
《感情波形を検出》
《照合開始》
嫌な予感がした。
《一致率:99.91%》
やめろ。
《記憶領域――破損》
やめろ。
《魂魄情報――再構成済》
「おい」
俺は台座へ近づく。
《基礎構成データを照合》
そして。
表示された。
《対象個体:エリシア・アルヴェイン》
《分類――管理者バックアップ個体》
静寂。
誰も。
一言も発さなかった。
「……は?」
最初に声を出したのは俺だった。
もう一度見る。
何度見ても同じだ。
管理者バックアップ個体。
意味が分からない。
いや。
意味は分かる。
分かるからこそ。
認めたくない。
「バックアップ……?」
リリアが呟く。
カイルの表情からも余裕が消えていた。
エリシア本人だけが、表示を見上げたまま固まっている。
俺は台座へ手を伸ばす。
《解析》
反応なし。
もう一度。
《解析》
《解析対象が上位権限領域に存在します》
《解析不能》
「だったら……」
俺は歯を食いしばる。
《簒奪解析》
視界が黒く染まった。
警告が一気に走る。
《警告》
《管理領域への不正接続を検出》
《アクセスを遮断――》
「知るか」
俺は押し込む。
ここまで来て。
妹の正体だけ「権限がありません」で済ませられるか。
《境界簒奪――起動》
黒いノイズが、白い文字を食い破る。
カイルが俺の肩を掴んだ。
「レオン、やめろ! 何が起きるか――」
「分かってる!」
分かっている。
だが。
ここで退く理由がない。
《上位情報領域へ侵入》
《閲覧可能時間――三秒》
十分だ。
情報が流れ込む。
原初管理者。
世界維持機構。
人格保存。
魂魄複製。
七度の巻き戻し。
観測者。
そして。
一人の少女。
銀白色の髪。
紫色の瞳。
俺たちが学院で見た、あの女。
違う。
あの女じゃない。
似ている。
だが。
別人だ。
その少女の隣には、もう一人いた。
金色の髪。
見慣れた顔。
「――エリシア?」
映像の中の少女が振り返る。
今より少し大人びている。
だが。
間違えるはずがない。
エリシアだ。
《記録日時――第一周回開始以前》
は?
第一周回以前?
「お兄様!」
エリシアの声が響く。
映像が崩れる直前。
最後の音声が聞こえた。
『次の世界では――あなたには、普通の女の子として生きてもらう』
銀髪の少女の声。
『管理者になんて、ならなくていい』
そして。
エリシアによく似た少女が笑った。
『それじゃあ、あなたは?』
数秒の沈黙。
銀髪の少女が答える。
『私は残るよ』
映像が途切れた。
《強制切断》
頭の中を殴られたような衝撃が走り、俺は膝をついた。
「レオン!」
「お兄様!」
二人の声が重なる。
「……大丈夫だ」
全然大丈夫じゃない。
頭が割れそうに痛い。
だが。
見えた。
少なくとも一つ。
はっきりした。
俺は顔を上げる。
エリシアを見る。
俺の妹。
小さい頃から知っている。
泣き虫だった。
俺の後ろをついてきた。
菓子を勝手に食べて怒られた。
熱を出した時、俺の部屋に勝手に潜り込んできた。
その全部が偽物だったなんて。
そんな話。
俺は認めない。
「お兄様……?」
「エリシア」
「はい」
「お前は俺の妹だ」
ぽかんとした顔をされた。
「……急に、どうしたんですか?」
「確認しただけだ」
「変なお兄様」
エリシアが少しだけ笑う。
それでいい。
バックアップだろうが。
管理者候補だろうが。
魂魄複製だろうが。
知ったことか。
こいつがエリシアとして生きてきた時間まで消えるわけじゃない。
「で」
俺は立ち上がる。
「問題はこっちだ」
空中にはまだ表示が残っている。
《緊急クエスト》
《世界の管理者を特定せよ》
《残り時間:29日23時間41分》
カイルが腕を組む。
「今の記録を見る限り、銀髪の女が管理者なんじゃないのか?」
「いや」
俺は首を振る。
違和感がある。
あの女自身が言った。
完全初期化の権限は持っていない。
そしてこの部屋は、あの女ではなくエリシアを《管理者候補》として認証した。
なら。
「管理者は一人じゃないのかもしれない」
「どういうこと?」
リリアが聞く。
俺は空中の情報を指す。
「管理者権限が分割されてる」
《検索》
今度は普通の検索機能が反応した。
《現行管理権限保有状況》
文字が並ぶ。
《世界観測権限――保有者あり》
《時間逆行権限――保有者あり》
《シナリオ補正権限――保有者あり》
《個体生成権限――保有者あり》
《完全初期化権限――保有者不明》
四人とも黙った。
「……これ」
カイルが言う。
「あの女だけじゃないな」
「ああ」
最低でも複数いる。
誰かが世界を観測し。
誰かが時間を戻し。
誰かがシナリオを修正し。
誰かが個体を作っている。
そして。
世界そのものを消せる権限だけが。
行方不明。
《追加情報を開示します》
突然。
部屋の声が響いた。
《管理者候補の認証により、最重要記録を解放》
中央の七つの球体が消える。
代わりに。
一人の人物の輪郭が浮かんだ。
顔は黒く塗り潰されている。
名前も見えない。
だが。
その人物の横に表示された文字だけは読めた。
《原初管理者》
《完全初期化権限保有者》
《現在状態――生存》
心臓が跳ねた。
生きている。
この世界のどこかに。
そいつがいる。
さらに。
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《現在位置を検索》
《検索中――》
《検索完了》
俺たちは息を呑んだ。
地図が開く。
王国。
王都。
中心部。
そして光点は。
俺たちが今いる場所から。
ほとんど動かなかった。
《対象との距離――218m》
「……は?」
俺は地図を見る。
二百十八メートル。
地上。
この真上。
そこにあるのは。
王立アストレア学院。
しかも。
この位置は。
見覚えがある。
「レオン」
カイルも気づいたらしい。
「ああ」
俺は頷いた。
学院中央棟。
その最上階。
学院長室。
《緊急クエスト更新》
《世界の管理者を特定せよ》
《第一目標――原初管理者との接触》
《対象現在地――王立アストレア学院・学院長室》
俺はしばらく表示を眺めたあと。
一つだけ。
大きく息を吐いた。
「学院生活ってさ」
「なんだよ」
「授業受ける場所じゃなかったっけ?」
誰も答えなかった。
まあ。
そうだよな。
俺だって。
そう思う。
――どうやら俺たちは。
入学して数日で。
この世界を作った奴に会いに行くらしい。




