第26章 世界が終わるまで、あと30日
鐘の音が鳴り響いた。
静止しているはずの世界で。
誰も動かない訓練場で。
なのに、その音だけは学院中を震わせるように何度も響いている。
俺の目の前には、消えない文字。
《緊急メインクエストが発生しました》
《世界の管理者を特定せよ》
《制限時間:30日》
《失敗条件:第七世界の完全初期化》
「……完全初期化って」
嫌な響きだ。
ゲームでなら簡単な話だった。
セーブデータを消す。
最初からやり直す。
ただ、それだけ。
けど。
ここはもうゲームじゃない。
この世界で生きている人間がいる。
アルバートがいる。
リリアがいる。
カイルがいる。
そして――エリシアがいる。
初期化されたら、こいつらはどうなる?
考えたくもない。
「おい」
俺は銀髪の女を見る。
「お前が七回やり直したんだろ。だったら止められないのか?」
女は答えなかった。
ただ、紫色の瞳で空中の文字を見つめている。
その顔から。
さっきまであった余裕が、完全に消えていた。
「……違う」
「何が?」
「これは私じゃない」
その一言に。
背中が冷えた。
「私が行ったのは、あくまで第七世界の巻き戻しロールバック。観測者権限を利用して、一定地点まで世界情報を戻していただけ」
女がゆっくりと顔を上げる。
「完全初期化なんて権限、私にはない」
「じゃあ誰がやってる」
「それを知るためのクエストでしょうね」
さらっと言いやがった。
「いや、お前も知らないのかよ」
「知らないから困っているの」
初めてだった。
こいつが本気で困っている顔を見るのは。
次の瞬間。
空間が揺れた。
銀髪の女の身体にノイズのようなものが走る。
「……時間切れね」
「待て」
俺は一歩踏み出す。
「まだ聞きたいことが――」
「レオン」
女が俺を見る。
「エリシアを守って」
「……は?」
「今までとは違う」
女の視線が、俺の隣にいる妹へ向く。
エリシアは動かない。
時間が止まったままだから当然だ。
けれど、その胸元には淡い紫色の光が残っている。
《新規管理者候補》
エリシア・アルヴェイン。
その表示を見ながら、女は小さく呟いた。
「七回とも存在しなかった子が、八周目で初めて生き残った」
「……」
「そして、管理者候補に選ばれた」
女の姿が薄れていく。
「偶然とは思わない方がいい」
「誰に選ばれた?」
答えはない。
「おい!」
「私も調べる」
「だから誰に選ばれたんだよ!」
銀髪の女は、一瞬だけ黙った。
そして。
「それが分かった時、この世界がなぜ七回終わったのかも分かるはずよ」
完全に姿が消える。
同時に。
――パチン。
何かが弾けた。
止まっていた風が吹く。
舞い上がっていた砂埃が落ちる。
観客席のざわめきが一気に戻った。
「――レオン!」
「兄様!」
「うおっ」
エリシアが俺の腕を掴んだ。
ほんの一瞬前まで静止していた世界が、何事もなかったように動き始めている。
どうやら周囲の人間には。
今の出来事は認識されていない。
「兄様?」
エリシアが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「どうされたのですか?」
「いや……」
俺は妹を見る。
銀色の髪。
淡い紫色の瞳。
いつものエリシアだ。
さっきまで世界の管理者候補なんて訳の分からないものになっていたようには見えない。
「エリシア」
「はい」
「なんか変な感じしないか?」
「変な感じ……ですか?」
エリシアが首を傾げる。
その瞬間だった。
「あ」
小さく声を漏らし。
胸を押さえた。
「エリシア?」
「なんでしょう……今……」
紫色の瞳が揺れる。
「知らない言葉が、頭の中に……」
「何て?」
エリシアは少し考えてから。
ゆっくり口を開いた。
「かんりしゃ……こうほ?」
やっぱり見えてるのか。
俺が頭を抱えそうになった、その時。
「試験を中断する!」
訓練場に教官の声が響いた。
見ると。
エリシアの魔力を測定していた水晶が。
真っ黒になっていた。
「……え」
周囲が静まる。
水晶の表面に数字が浮かぶ。
いや。
数字じゃない。
《ERROR》
一瞬。
文字が切り替わった。
《測定対象外》
さらに。
《上位権限を検出》
「……」
教官が固まった。
観客席も静まり返っている。
エリシアが俺の袖を引っ張った。
「兄様」
「ん?」
「私……何か壊しました?」
「たぶん壊したのはもっとでかいものだから安心しろ」
「安心できません!」
だよな。
⸻
実力試験は、一時中断となった。
正確には。
エリシアの測定だけが。
学院長預かりになった。
どうやら《上位権限》なんて表示は、学院の長い歴史でも前例がないらしい。
そりゃそうだ。
俺だって初めて見た。
試験場を出た後。
俺たちは使われていない準備室に集まっていた。
俺。
リリア。
エリシア。
そして。
「レオン」
扉を開けて入ってきたカイルが、開口一番に言った。
「三十日って出たか?」
やっぱりか。
「お前にも?」
「ああ」
カイルが扉を閉める。
「授業中にいきなり表示された。《世界の管理者を特定せよ》だ」
リリアが眉をひそめる。
「私は何も見ていません」
「私もです」
エリシアが言う。
俺とカイルだけ。
つまり。
外部記憶保持者。
いわゆるプレイヤーだった俺たちだけに表示された?
「また面倒なの始まったな」
カイルが壁にもたれる。
「三十日後に世界消滅とか、入学初日に出すクエストじゃねえだろ」
「俺なんか一限すらまともに受けてねえぞ」
「そこ気にするのか?」
大事だろ。
せっかく学院に来たんだぞ。
一回くらい普通に学生やらせろ。
「レオン」
リリアがこちらを見る。
「先ほどの銀髪の少女と関係があるのですね?」
さすがに鋭い。
俺は少し迷ったが。
全部話した。
七回の世界。
エリシアは、本来なら全ての世界で死亡していたこと。
そして。
八周目で初めて生存したこと。
話している間。
エリシアは黙っていた。
「……私」
やがて小さく呟く。
「七回とも死んでいたんですね」
「らしいな」
「兄様は?」
「死んでた」
「リリア様は?」
「知らん」
「カイル様は?」
「知らねえ」
カイルが即答した。
エリシアはしばらく考えて。
「では」
顔を上げる。
「今回は、誰も死ななければいいのでは?」
部屋が静かになった。
俺はエリシアを見る。
本人は。
本気でそう思っているらしい。
カイルが小さく笑った。
「簡単に言うなあ」
「だめですか?」
「いや」
カイルは首を振る。
「嫌いじゃない」
リリアも微笑んだ。
「私も賛成です」
……まったく。
世界が三十日後に消えるかもしれないって時に。
こいつらは。
「そうだな」
俺は息を吐いた。
七回失敗した。
だから何だ。
八回目まで同じ結果になるなんて、誰が決めた。
そもそも。
俺がこの世界に来てから。
シナリオなんて、とっくに壊れまくっている。
「まずは管理者を探す」
俺は言った。
「三十日以内に見つける。それで初期化を止める」
「手掛かりは?」
カイルに聞かれる。
「今のところ――」
ない。
そう答えようとした。
その時。
視界の端に。
小さな光が走った。
《管理者候補との接触を確認》
《条件を達成しました》
「……は?」
新しい文字が浮かぶ。
《管理者権限反応を検出》
《距離:412m》
近い。
俺は顔を上げる。
ここは学院の中央校舎。
距離四百メートルなら。
学院の敷地内だ。
続いて。
表示された方角を見て。
俺は眉をひそめた。
下。
真下を示している。
《反応座標を表示します》
王立アストレア学院。
中央校舎地下。
《第零管理室》
「……そんな場所」
リリアの顔色が変わった。
「学院の地図には存在しません」
カイルが俺を見る。
俺も見る。
二人同時に。
ため息が出た。
入学初日。
授業時間、ゼロ。
実力試験は途中中断。
世界消滅まで三十日。
そして。
学院の地下には。
存在しないはずの部屋。
「……なあ、カイル」
「なんだ」
「俺たち、普通に卒業できると思う?」
カイルは少し考え。
「まず一学期を生き残るところから考えようぜ」
それもそうだ。
視界の中で。
新しいクエストが開いた。
《緊急メインクエスト更新》
《第一目標》
《第零管理室へ到達せよ》
《推奨レベル:――》
一瞬。
表示が乱れる。
そして。
《推奨レベル:存在しません》
俺は黙って表示を閉じた。
「……放課後にしよう」
「賛成だ」
少しくらい。
授業を受けさせてくれ。




