↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『序盤で死ぬ最弱悪役に転生したけど、このゲームを一万時間やり込んだ俺には関係ない』  作者: くんくん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/48

俺が俺であることに、証明なんていらない

第20章 俺が俺であることに、証明なんていらない


音が消えた。


ついさっきまで王都を揺らしていた衝撃も、石畳を削っていた黒い風も、何もかもが嘘だったみたいに静まり返っている。


俺の目の前には、もう一人の俺――《正規個体》が立っていた。


いや。


立っている、という表現も少し違う。


身体の輪郭はところどころ透け、肩口から黒い粒子が風に溶けるように剥がれ落ちている。胸には俺がつけた傷が残り、その周囲から細い亀裂が全身へと広がっていた。


それでも、顔だけは俺と同じだった。


「……終わりか?」


問いかけると、正規個体はしばらく俺を見つめた。


感情らしいものはない。


少なくとも、最初はそう思った。


だが。


「否」


その声は、初めて少しだけ人間らしく聞こえた。


「排除処理は失敗した」


目の前に半透明の文字が浮かぶ。


《特殊クエスト――存在証明》


《判定処理中……》


《存在優先度を再計算》


《レオン・アルヴェイン》


《正規個体:50》


《異物個体:50》


「……まだ五分五分かよ」


思わず眉をひそめる。


あれだけやってこれか。


俺は片膝をついた。正直、もう指一本動かすのもきつい。身体中が痛いし、魔力もほとんど残っていない。


もう一回やれと言われたら、たぶん無理だ。


少し離れたところでは、カイルも剣を地面に突き立てながら荒い息を吐いている。


「おい、レオン」


「なんだよ」


「五割残ってるぞ」


「見りゃ分かる」


「第二ラウンドとか言うなよ」


「それ俺が一番聞きたくねえ」


そこで。


「ない」


正規個体が言った。


俺とカイルが同時に顔を上げる。


「戦闘継続の必要性は消失した」


「……どういう意味だ?」


正規個体は自分の手を見る。


指先が、消え始めていた。


「存在優先度とは、肉体の所有権ではない」


その言葉と同時に、表示が変わる。


《再定義を開始》


《正規性判定――破棄》


《世界内存在履歴を参照》


《対象:レオン・アルヴェイン》


次々と文字が流れていく。


《第七世界における生存時間》


《第七世界における人間関係》


《第七世界における行動履歴》


《第七世界における因果干渉》


《対象個体の自己認識》


そして。


《周辺存在による認識》


「周辺存在……?」


俺が呟いた瞬間だった。


「お兄様!」


屋敷の方から声が飛んできた。


振り返る。


アルバートが止めるより早く、エリシアがこちらへ走ってくる。


「エリシア! 来るな!」


怒鳴ったが遅い。


あいつは俺のところまで走ってくると、そのまま勢いよく抱きついてきた。


「ぐっ……!」


「お兄様!」


「い、痛い! 今それ結構痛い!」


「知りません!」


泣いていた。


思い切り。


服に顔を押しつけながら、子供みたいに泣いている。


少し遅れてアルバートがやって来て、俺の前で深く頭を下げた。


「……ご無事で、本当に何よりでございます」


その声も、わずかに震えていた。


さらに。


「レオン」


リリアが歩いてくる。


額から血を流し、服もところどころ破れている。それでも蒼い瞳は、まっすぐ俺だけを見ていた。


「勝ったんだよね?」


「……たぶん」


「じゃあ、それでいい」


リリアは一度だけ笑った。


その瞬間。


《周辺存在による認識――確認》


《エリシア・アルヴェイン:兄》


《アルバート:主人》


《リリア:レオン》


《カイル・アストレア:レオン》


「おい」


カイルが表示を見ながら微妙な顔をする。


「俺だけ雑じゃないか?」


「知らねえよ」


《存在情報を更新》


数字が動いた。


《正規個体:50 → 0》


《現存個体:50 → 100》


一瞬。


誰も声を出さなかった。


俺も、意味を理解するまで少し時間がかかった。


「……は?」


正規個体を見る。


身体の崩壊が、一気に進んでいた。


「待て」


俺は立ち上がろうとして、膝をつく。


「お前……消えるのか?」


「正規情報としての役割を終了する」


「いや、そうじゃなくて」


自分でも、何を言いたいのか分からなかった。


こいつは俺を殺しに来た。


俺の身体を奪おうとした。


何度も俺を殺しかけた。


なのに。


目の前から消えようとしている自分と同じ顔を見ていると、どうにも後味が悪かった。


正規個体はそんな俺を見て、ほんのわずかに首を傾げた。


「なぜ気にする」


「……知らねえよ」


「私はお前を排除しようとした」


「分かってる」


「第一世界から第六世界までの失敗記録を基礎として形成された、ただの残存情報だ」


「それも聞いた」


「ならば問題はない」


「だから、そういうことじゃねえんだよ」


俺は息を吐いた。


こいつはたぶん、分からない。


自分が消えることを死だと思っていない。


そもそも生きているという認識すら怪しい。


けれど。


第一世界。


第二世界。


第三世界。


第四世界。


第五世界。


第六世界。


そこで死んだ《レオン・アルヴェイン》。


その全部が、こいつの中にある。


だったら。


「お前もレオンなんだろ」


初めて。


正規個体の表情が動いた。


ほんの少しだけ。


目を見開いた。


「違う」


「いや、同じ顔してんじゃん」


「私は正規情報であり――」


「そういう話じゃねえって」


俺は笑った。


「俺も最初、自分が偽物なんじゃないかって思ったよ。でもさ」


エリシアが腕を掴んでいる。


リリアがそばにいる。


アルバートがいる。


カイルもいる。


そして俺は、この世界で自分の意思で戦った。


死ぬはずだった人間を助けた。


知らなかった人間と出会った。


ゲームになかったものを見た。


ゲーム通りにならないことに焦って、それでも前に進んできた。


「どっちが本物とか、もうどうでもいいんだよ」


《特殊クエスト――存在証明》


その文字を見上げる。


「俺が俺であることに、証明なんていらねえ」


直後。


パリン、と。


ガラスが割れるような音がした。


《特殊クエスト――存在証明》


《クエスト条件が消失しました》


《勝敗による存在判定を中止》


《対象個体の自己定義を優先》


《登録完了》


《レオン・アルヴェイン》


「……は?」


カイルが声を漏らす。


俺も同じだった。


そして。


正規個体が初めて笑った。


ほんの少しだけ。


間違いなく。


俺と同じ顔で。


「そうか」


身体のほとんどが光へ変わっていく。


「それが、第七世界の答えか」


「おい、待て」


俺が手を伸ばす。


その瞬間。


正規個体も手を伸ばした。


触れた。


――はずだった。


次の瞬間。


大量の情報が頭の中へ流れ込んできた。


「っ……!?」


第一世界。


俺が死ぬ。


第二世界。


俺が死ぬ。


第三世界。


リリアが死ぬ。


第四世界。


カイルが死ぬ。


第五世界。


王都が燃える。


第六世界。


何も残らない。


そして。


そのすべてを。


高い場所から見下ろしている何か。


人じゃない。


神でもない。


巨大な光の輪。


無数の文字列。


世界そのものを覗き込む、目。


《観測者》


「――っ!」


意識が戻る。


正規個体はもう、ほとんど消えていた。


「今のは……」


「記録」


声が遠くなる。


「第一世界から第六世界まで、共通して存在したもの」


「観測者か?」


「名称は不明」


正規個体の顔が崩れていく。


それでも最後に、はっきりと言った。


「だが一つだけ訂正する」


「……何を?」


「お前は、第七世界で初めて生き残ったレオンではない」


背筋が冷えた。


「は?」


「第七世界は――」


そこで。


声が途切れた。


正規個体の身体が、完全に光へ変わる。


「待て!」


手を伸ばした。


けれど、掴めない。


光は夜空へ昇り、そして消えた。


代わりに。


最後の文字が目の前へ表示される。


《正規情報の統合を確認》


《世界情報を更新》


《隠匿情報の一部が解放されました》


《第七世界》


《現在周回数:――》


文字が乱れる。


ノイズ。


そして。


ほんの一瞬だけ。


数字が見えた。


《第七世界》


《現在周回数:8》


「……八?」


俺の声に、カイルが振り返る。


「どうした?」


答えられなかった。


第七世界。


俺はずっと。


七番目の世界だと思っていた。


だけど。


もし。


第七世界という名前が。


世界の順番を意味していないとしたら。


《警告》


赤い文字が浮かぶ。


《閲覧権限を超過しました》


《観測者が対象個体を検知》


《優先観測対象を更新》


《レオン・アルヴェイン》


《危険度――再評価》


そして最後に。


今まで一度も見たことのない表示が現れた。


《観測者より通知》


《次は、学院で会いましょう》


「…………」


俺は黙った。


カイルが横から表示を覗き込む。


そして。


「レオン」


「なんだ」


「学院、行くのやめない?」


「奇遇だな」


俺は頭を抱えた。


「俺も今、めちゃくちゃ行きたくなくなった」


三日後。


俺たちは。


王立アストレア学院へ入学する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。