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『序盤で死ぬ最弱悪役に転生したけど、このゲームを一万時間やり込んだ俺には関係ない』  作者: くんくん


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俺が偽物なら、奪い返せばいい

第16章 俺が偽物なら、奪い返せばいい


空が、割れていた。


比喩ではない。


王都の遥か上空、本来なら青空が広がっているはずの場所に、巨大な黒い亀裂が走っている。その向こうには星空とも闇ともつかない空間が広がり、ときおり紫色の光が稲妻のように走っていた。


屋敷の中庭に出た俺は、その光景を見上げながら眉を寄せた。


ゲームで見たことはない。


イベントムービーにも、設定資料集にも、攻略サイトにもこんな現象は存在しなかった。


「……完全に壊れ始めてるな」


隣に立つカイルが、珍しく冗談抜きの声で呟いた。


俺たちの視界には、数分前から同じ表示が浮かび続けている。


《警告》


《第七世界への外部干渉を確認》


《侵入個体の特定に失敗》


《世界境界強度 82%》


《79%》


《76%》


数字は少しずつ下がっている。


リリアにも見えているらしく、彼女は不安そうに表示と空を交互に見つめていた。


「これ……ゼロになったら、どうなるの?」


「分からない」


俺が答えると、カイルが横から続けた。


「少なくとも、いいことは起きないだろうな」


「雑すぎない?」


「俺だって初見なんだよ」


その言葉に思わず苦笑しそうになったが、今はそんな余裕もなかった。


俺もカイルも、この世界について普通の人間より遥かに多くの情報を持っている。それでも、今起きていることについては完全に手探りだった。


ECLIPSE ONLINE。


俺たちが知っているゲームの世界。


そのはずだった。


けれど、この世界にはゲームに存在しなかったエリシアがいて、本来死ぬはずだった俺が生きていて、発生するはずのないイベントが次々と起きている。


そして何より――。


《同一肉体情報を持つ個体:2》


《正規個体:生存》


俺と同じ肉体情報を持つ、もう一人の存在。


そいつが今、この世界へ入ろうとしている。


「レオン」


背後から声をかけられ、振り返る。


アルバートが立っていた。その後ろにはエリシアもいる。


「王都北部で異変が起きています。住民には外出を控えるよう通達が出たようですが……」


「異変?」


「人が、消えているそうです」


俺は目を細めた。


「死んだんじゃなくて?」


「はい。目の前で突然消失したと」


アルバートの表情は硬かった。


詳しく聞けば、黒い霧のようなものに触れた人間が、悲鳴を上げる間もなく消えているらしい。死体も血痕も残らず、まるで最初からそこに存在していなかったかのように。


それを聞いた瞬間、嫌な予感が背中を走った。


「世界境界の侵食……?」


カイルが呟く。


俺も同じことを考えていた。


ゲームで空間系の異常が発生した場合、マップ同士の境界が崩れることがある。もちろん、それはあくまでゲーム上の処理でしかなく、プレイヤーが壁を抜けたり、別エリアへ飛ばされたりする程度のものだ。


だが、ここはゲームではない。


少なくとも俺たちにとっては、もう違う。


「行くの?」


リリアが尋ねた。


俺は迷わず頷く。


「放っておいたら王都全体に広がるかもしれない。それに、たぶん……あいつがいる」


正規個体。


そう口にしなくても、全員に伝わったらしい。


エリシアが不安そうに俺を見る。


「お兄様」


「大丈夫だ」


できるだけ普段通りの声で答えたものの、正直なところ大丈夫だと言い切れる根拠はなかった。


相手が何者なのかすら分からない。


本当に俺と同じレオン・アルヴェインなのか、それともこの世界がそう認識しているだけなのか。


もし、本当に“正規”なのだとしたら。


俺は何だ?


その疑問は、ずっと胸の奥に残っている。


けれど今は、それを考えて立ち止まっている場合じゃない。


「アルバート、エリシアを頼む」


「承知しました」


「リリアは――」


「行くよ」


最後まで言わせてもらえなかった。


「……まだ何も言ってないぞ」


「残れって言うつもりだったでしょ?」


図星だった。


リリアは腰に手を当て、呆れたように俺を見る。


「地下墓地も一緒に行ったし、ゴブリンキングとも戦った。今さら危ないから待ってろなんて言われても聞かないよ」


「いや、今回は危険度が分からないんだぞ」


「だから行くの」


即答だった。


俺が何か言おうとすると、隣でカイルが笑いを堪えている。


「何だよ」


「いや。苦労してるなと思って」


「お前も来るんだぞ」


「もちろん」


カイルは剣を肩に担ぎ、空の亀裂を見上げた。


「俺としても、この世界がどうなってるのか知りたい。それに――もう一人のお前ってのも、ちょっと気になる」


「見世物じゃないんだが」


「分かってるよ」


そう言いながらも、少し楽しそうなのが腹立つ。


俺たちは最低限の装備だけを整えると、すぐに王都北部へ向かった。


◇


異変が起きている場所は、想像以上に分かりやすかった。


王都北部へ近づくにつれ人通りが減り、やがて建物の壁や石畳に黒い染みのようなものが現れ始めたからだ。


それは液体でも汚れでもない。


空間そのものに穴が開き、その向こう側から黒が滲み出しているように見える。


《深淵解析》


意識を集中させた瞬間、視界に情報が展開された。


《世界境界欠損》


《原因:外部個体による世界接続》


《接続元:識別不能》


《接続対象――》


表示が一瞬乱れた。


そして。


《レオン・アルヴェイン》


「……やっぱり俺か」


思わず漏れた言葉に、リリアが振り返る。


「何か分かった?」


「ああ。これを起こしてる奴の接続対象が、レオン・アルヴェインになってる」


「つまり、もう一人のレオンがここに来ようとしてる?」


「たぶんな」


俺を探している。


地下墓地で聞いた声。


ゴブリンキングが発した「見つけた」という言葉。


そして、第七世界へ侵入しようとしている正規個体。


全部が同じ線で繋がっているのだとしたら、今回の異変の中心にいるのは間違いなく俺だ。


そのときだった。


「レオン」


カイルが足を止めた。


俺もすぐに気づく。


通りの奥。


黒い霧が集まっている。


最初は人型にすら見えなかったそれが、徐々に輪郭を形成していく。


頭。


肩。


腕。


胴体。


足。


やがて霧の中から、一人の男が姿を現した。


黒い髪。


同じ身長。


同じ体格。


そして――。


「……マジかよ」


自分の顔を真正面から見るというのは、想像以上に気持ちが悪かった。


鏡とは違う。


相手は瞬きをし、呼吸をし、自分の意思でこちらを見ている。


俺とまったく同じ顔で。


リリアが息を呑んだ。


「レオン……?」


「俺はこっちだ」


「分かってるけど!」


カイルはというと、二人を見比べながら思いきり顔をしかめている。


「想像してたより気持ち悪いな、これ」


「お前、本人の前でよく言えるな」


「二人いるからどっちに言ったか分からないだろ」


「分かるわ」


そんな会話をしている間も、もう一人の俺は何も言わなかった。


ただ、静かに俺だけを見ている。


《深淵解析》


反射的に発動する。


だが。


《解析不能》


《対象情報へのアクセスを拒否されました》


《警告》


《上位権限を検出》


俺の背中に冷たいものが走った。


今まで解析できなかった相手はいる。


だが、“上位権限”なんて表示は初めてだ。


やがて、もう一人の俺が口を開いた。


「ようやく見つけた」


声まで同じだった。


「ずいぶん探したよ」


「……俺を?」


「ああ」


そいつはゆっくりと歩き出す。


俺たちとの距離は二十メートルほど。


リリアが杖を構え、カイルも剣に手をかけたが、俺は二人を制した。


まだ敵だと決まったわけじゃない。


少なくとも話ができるなら、聞きたいことが山ほどある。


「お前は誰だ」


俺が尋ねると、男は少しだけ眉を動かした。


「その質問を、君がするのか?」


「……どういう意味だよ」


男は立ち止まる。


そして俺と同じ顔で、どこか悲しそうに笑った。


「僕がレオン・アルヴェインだ」


空気が重くなる。


予想していた答えなのに、実際に本人の口から聞くと胸に刺さるものがあった。


「アルヴェイン家の長男。エリシア・アルヴェインの兄。そしてこの世界で、本来生きるはずだった人間だ」


「……本来?」


「君だって、もう気づいてるだろう?」


男の目が俺を捉える。


「君はこの世界の人間じゃない」


心臓が跳ねた。


それ自体は知っている。


俺には前世の記憶がある。


ECLIPSE ONLINEを遊んでいたプレイヤーとしての記憶が。


だが男の言い方は、それとは少し違った。


「正確には、“この第七世界に存在していいレオン・アルヴェインではない”」


視界にノイズが走る。


《警告》


《世界情報への干渉を検出》


《秘匿情報が開示されています》


《観測者権限――》


表示が途中で消えた。


「何を知ってる」


俺が問う。


「全部、と言いたいところだけど、僕も全部は知らない。ただ一つだけ確かなことがある」


男は自分の胸に手を当てた。


「君の中にあるその身体は、本来僕のものだ」


リリアが息を呑む。


カイルの表情からも笑みが消えた。


俺だけは、なぜか妙に冷静だった。


いつか言われる気がしていたのかもしれない。


同一肉体情報。


正規個体。


そして地下墓地で告げられた“偽物”という言葉。


すべてが、この瞬間のために積み重なっていたように思える。


「じゃあ俺は何だ」


男は少し黙った。


「分からない」


「は?」


「本当に分からないんだ。君の魂がどこから来たのか、誰が君を僕の身体に入れたのか、それすら分からない」


「プレイヤーじゃないのか?」


今度はカイルが口を挟んだ。


男の視線が初めて俺以外へ向く。


「プレイヤー?」


「ECLIPSE ONLINE。それを知ってるか?」


沈黙。


男は数秒間考えたあと、首を横に振った。


「知らない」


「……マジか」


カイルが小さく呟く。


俺も予想外だった。


正規個体が俺と同じ転生者、あるいは別のプレイヤーだと思っていた。


だが違う。


少なくとも本人は、ゲームそのものを知らない。


「なら、お前はどうやってここへ?」


「戻ってきただけだ」


男の表情が変わる。


ほんの少しだけ、怒りが混ざった。


「僕はずっと閉じ込められていた。時間も場所もないところで、ただ自分の人生を見せられ続けていたんだ」


「人生?」


「君の人生だよ」


その言葉に、俺は息を止めた。


「君がエリシアと話すところも、アルバートと過ごすところも、リリアと出会ったことも……全部見ていた」


男の声が震える。


「僕の名前で、僕の家族と暮らして、僕の人生を歩いている君を、ずっと」


その瞬間。


初めて理解した。


こいつが何を感じていたのかを。


もし逆だったら。


自分の身体を奪われ、自分の名前を使われ、家族すら別人を自分だと思っている光景を、何もできない場所から見せられ続けたとしたら。


怒る。


当然だ。


俺だって怒る。


だからこそ、言葉が出なかった。


男はゆっくり手を伸ばした。


「返してくれ」


静かな声だった。


「僕の身体を」


リリアが俺の前へ出ようとした。


だが俺は腕を伸ばして止める。


「レオン?」


「大丈夫だ」


俺はもう一人の自分を見る。


「返したら、俺はどうなる?」


「分からない」


「消えるかもしれない?」


「……おそらく」


「そうか」


思ったより、すんなり受け入れられた。


怖くないわけじゃない。


むしろ死ぬのは嫌だ。


せっかく生き直して、エリシアやアルバートともう一度家族になって、リリアとも出会って、ゲームでは知ることのできなかった世界を少しずつ知り始めたところだ。


それを全部手放せと言われて、「はい、そうですか」と渡せるほど俺はできた人間じゃない。


だから。


「悪いけど、無理だ」


男の目が細くなる。


「君のものじゃない」


「そうかもしれない」


俺は剣の柄に手をかけた。


「お前が本物で、俺が偽物なのかもしれない。身体も名前も、本当は全部お前のものなのかもしれない」


ここだけは否定できない。


俺自身、そう思う。


それでも。


「だからって消えてやる理由にはならない」


風が吹く。


空の亀裂から黒い霧が流れ込み、俺たちの間を通り抜けた。


「俺は俺として二十年生きてきた。エリシアの兄として生きて、アルバートに育てられて、この世界でちゃんと飯を食って、笑って、死にかけて、それでも生きてる」


前世の記憶があろうと。


ゲームの知識があろうと。


今ここで生きている時間まで偽物になるわけじゃない。


「欲しいなら、自分で取り返せ」


男の顔から表情が消えた。


「……そう」


空間が軋む。


男の周囲から黒い粒子が吹き上がり、石畳が音を立ててひび割れ始める。


同時に俺の視界へ大量の警告が流れ込んだ。


《警告》


《世界境界強度 51%》


《正規個体との接触を確認》


《世界矛盾値が急上昇しています》


《同一存在の同時確立を検出》


《修正処理を開始――》


その表示を見て、カイルが声を上げる。


「レオン! 何か来るぞ!」


分かっている。


けれど俺も、もう退く気はなかった。


剣を抜く。


男も同じ動きをした。


俺とまったく同じ構え。


まるで鏡合わせだ。


ただ一つ違うのは、相手の剣を包む光が白く、俺の剣から滲み出しているものが深い黒だということだった。


そして。


《対象情報更新》


《名称:レオン・アルヴェイン》


《Lv:???》


《職業:勇者》


俺は表示を見て、思わず目を見開いた。


「……勇者?」


本来その職業に就くはずだったのは。


カイル・アストレア。


隣を見ると、カイルも同じ表示を見たらしく固まっている。


「おい……ちょっと待て」


しかし、もう一人のレオンは答えなかった。


白い光が爆発する。


地面が弾け、次の瞬間には奴の姿が目の前にあった。


速い。


反射的に剣を合わせる。


轟音。


衝撃で両腕が痺れ、靴底が石畳を削りながら数メートル後退した。


強い。


今まで戦ったどの敵とも違う。


ゴブリンキングとも、ガルムとも比べ物にならない。


なのに。


俺は笑っていた。


「なるほど」


剣を握り直す。


《深淵適応》


黒い光が全身を包む。


《境界歩行》


景色が一瞬だけ歪み、身体が世界の境界へ沈む。


相手が驚いたように目を見開いた。


それを見て、俺は確信した。


こいつも万能じゃない。


俺のことを見ていたと言った。


なら知っているはずだ。


俺がどう戦うのか。


何をしてきたのか。


それでも驚いた。


つまり。


俺はもう、こいつの知っている俺じゃない。


「本物か偽物かなんて、あとで決めればいい」


境界から飛び出し、剣を振り抜く。


白と黒。


二本の剣が真正面からぶつかった。


「まずは――どっちがここに残るか決めようぜ」


その瞬間。


世界が、再び大きく揺れた。


《特殊クエストが発生しました》


《クエスト名――存在証明》


《勝利条件:レオン・アルヴェインの生存》


《敗北条件:レオン・アルヴェインの消滅》


そして、その下に。


あり得ない一文が表示された。


《参加者:2名》


《勝者のみが、“レオン・アルヴェイン”として世界に登録されます》

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