俺に妹なんて、いたっけ?
第11章 俺に妹なんて、いたっけ?
「敵襲――ッ!」
屋敷の外から怒号が響いた。
次の瞬間。
ガシャァン!
一階の窓が派手に割れる。
「うおっ!?」
反射的に身を伏せる。
飛び散ったガラス片が、さっきまで俺の頭があった場所を通り過ぎていった。
危な。
いや。
危ないじゃねえよ。
本当に来やがった。
《黒狼団》。
ゲーム本編で。
半年後。
俺――レオン・アルヴェインを殺す盗賊団。
それがなぜか。
今。
屋敷を襲撃している。
「レオン様!」
アルバートが剣を抜いた。
「お下がりください!」
「いや、下がらない」
「しかし!」
「人数は?」
「確認できた限りでは二十……いえ、三十以上!」
三十。
多いな。
ゲームでは確か。
アルヴェイン家の護衛が少なくなる夜を狙って、二十人程度で襲撃してくるイベントだった。
結果。
屋敷は半壊。
使用人数名死亡。
アルバート重傷。
そして。
レオン・アルヴェイン死亡。
プレイヤー視点では。
「ああ、序盤の悪役死んだな」
くらいで終わるイベントだ。
俺もそうだった。
……いや。
自分がその悪役になるなんて思わねえだろ普通。
「アルバート」
「はい」
「使用人を中央棟に集めろ。戦えない者は地下倉庫へ」
「ですがレオン様を――」
「俺は死なない」
即答した。
アルバートが黙る。
「少なくとも、こんなところじゃ死なない」
「……承知しました」
一礼。
アルバートが走り出す。
その直後。
「レオン!」
廊下の奥からリリアが駆けてきた。
すでに杖を握っている。
「外、盗賊だらけなんだけど!」
「見れば分かる」
「何なのよあいつら!」
「俺を半年後に殺す予定だった連中」
「……は?」
「あ、いや。こっちの話」
最近こればっかり言ってる気がする。
ドォン!
正面玄関が揺れた。
一発。
二発。
三発。
そして。
バキィッ!
分厚い扉が内側へ吹き飛ぶ。
黒い革鎧。
狼を模した紋章。
覆面をした男たちが、一斉になだれ込んできた。
間違いない。
黒狼団。
「いたぞ!」
「坊ちゃんだ!」
「殺せ!」
うん。
知ってた。
知ってたけど。
実際に言われると結構ムカつくな。
「レオン!」
リリアの杖が光る。
「待て」
「え?」
俺は一歩前に出た。
せっかくだ。
試してみよう。
地下墓地で手に入れた。
新しい力を。
意識を集中させる。
敵を見る。
ただ見るんじゃない。
動き。
重心。
筋肉。
呼吸。
武器。
踏み込み。
そして――。
《解析開始》
視界に文字が浮かぶ。
――黒狼団・下級構成員。
――推定レベル17。
――剣術熟練度:低。
――右足への荷重過多。
――攻撃開始時、左肩が0.3秒先行。
「……見える」
先頭の男が剣を振り上げる。
遅い。
いや。
実際に遅くなったわけじゃない。
分かるんだ。
次に。
どう動くのか。
どこへ。
剣が来るのか。
右。
半歩ずれる。
ブンッ!
剣が鼻先を通過した。
懐へ入る。
「なっ――」
腹へ掌底。
ドンッ!
「ぐぼっ!?」
男が吹き飛んだ。
その身体が後ろの二人を巻き込み、三人まとめて床へ転がる。
……え?
俺。
今そんなに力入れたか?
《アビスウォーカー》
転職したばかりで。
まだ能力を完全に把握していない。
だが。
身体能力そのものも。
明らかに以前とは違う。
「……なるほど」
これ。
思ってた以上に。
ヤバい職業かもしれない。
「囲め!」
左右から二人。
短剣。
剣。
俺は踏み込む。
一人目の手首を掴む。
捻る。
剣が落ちる。
そのまま奪う。
二人目が突っ込んでくる。
《解析》
――刺突。
――軌道予測。
身体を傾ける。
剣先が服をかすめた。
そして。
俺は。
さっき見た男の構えを。
そのまま再現した。
《模倣》
身体が。
勝手に動く。
「は?」
俺自身が声を出した。
踏み込み。
腰の回転。
剣筋。
全部。
さっきの男より速い。
ガキィン!
敵の武器を弾き飛ばす。
続けて柄で顎を打つ。
「ぐっ……!」
男が崩れ落ちた。
《剣術・基礎動作を一部取得しました》
……マジか。
戦えば戦うほど覚える?
しかも。
見ただけじゃなく。
理解した技術を自分のものにする。
これ。
育ち切ったらどうなるんだ?
いや。
今は考えてる場合じゃない。
「レオン!」
後ろから声。
振り向く。
リリア。
その周囲に。
蒼い炎が浮かんでいた。
あ。
嫌な予感。
「ちょっと避けて!」
「お前それ屋内で使う気――」
「《蒼炎弾》!」
「使いやがった!」
ドドドドドッ!
青い炎が盗賊たちへ殺到する。
「うぎゃあああ!」
「熱っ!」
「なんだこの魔法!」
炎が床を這う。
壁際のカーテンへ――。
「燃える燃える燃える!」
慌てて引きちぎる。
「ちゃんと調整してるわよ!」
「じゃあ最初から言え!」
「聞かなかったじゃない!」
「この状況で!?」
戦場で夫婦漫才みたいなことをしながら。
俺たちは敵を押し返す。
強い。
リリアも。
地下墓地以前とは明らかに違う。
蒼炎に覚醒してから。
火力が一段上がっている。
そして俺も。
レベル二十。
隠し職。
黒狼団の下っ端程度なら。
正直。
相手にならない。
……おかしい。
そう。
だからこそ。
おかしいんだ。
「リリア」
「なに!」
「こいつら弱くないか?」
「弱いならいいじゃない!」
「そうじゃない」
ゲームでは。
この襲撃でレオンは死ぬ。
なら。
今の俺が強くなったから勝てる。
そこまでは分かる。
だが。
妙だ。
こいつら。
俺を狙っているように見えて。
違う。
侵入した奴らの半分近くが。
屋敷の奥へ向かっている。
「……まさか」
俺を殺すのが。
目的じゃない?
その時。
二階から。
悲鳴が聞こえた。
「きゃあっ!」
女の声。
俺の知らない声。
「誰だ?」
リリアを見る。
だが。
リリアの顔色が変わっていた。
「レオン!」
「どうした」
「エリシア!」
……。
誰?
「エリシアがいるの!」
「……誰?」
リリアが固まった。
「は?」
「いや」
聞き間違いか?
「誰だって?」
「あなた何言ってるの!?」
本気で怒られた。
「あなたの妹でしょう!」
…………。
妹。
俺の。
「……は?」
頭の中で。
ゲームの設定を高速で検索する。
レオン・アルヴェイン。
アルヴェイン伯爵家長男。
傲慢。
陰険。
リリアに執着。
序盤の小悪党。
黒狼団の襲撃によって死亡。
家族構成。
父。
母。
そして――。
そこで。
記憶が止まる。
妹?
いない。
少なくとも。
俺が知っているゲームには。
そんなキャラクター。
存在しない。
「レオン!」
「……後で説明する!」
俺は走り出した。
「ちょっと!」
階段を駆け上がる。
途中。
盗賊が二人。
《解析》
踏み込み。
一閃。
一人目の剣を弾く。
二人目の腹を蹴る。
止まらない。
廊下の突き当たり。
扉が開いている。
その奥から。
男の声。
「いたぞ!」
「確保しろ!」
確保?
殺せじゃない。
俺は部屋へ飛び込んだ。
「――離れろ!」
三人。
黒狼団。
そして。
部屋の隅。
一人の少女。
年齢は。
十五、六くらいか。
長い銀髪。
淡い紫色の瞳。
細い身体を震わせながら。
それでも。
必死に燭台を握って。
盗賊へ向けている。
俺を見た。
少女の目が。
大きく見開かれる。
「お兄……様……?」
その瞬間。
頭が。
ズキン。
と痛んだ。
「ぐっ……!」
なんだ?
今。
何か。
一瞬。
見えた。
小さな女の子。
庭。
俺の後ろを。
笑いながら追いかけている。
――お兄様!
「……なんだ、今の」
知らない。
俺の記憶じゃない。
ゲームの記憶でもない。
なら。
誰の――。
「邪魔だ!」
盗賊が襲いかかる。
考えるより先に身体が動いた。
剣を受ける。
弾く。
拳。
一人。
蹴り。
二人。
最後の男の首元へ。
剣を突きつける。
「動くな」
「……っ」
男の動きが止まった。
「聞きたいことがある」
「誰が答えるか!」
「そうか」
剣先を。
一センチ進める。
「答えろ」
「……っ!」
我ながら。
悪役っぽいな。
まあいい。
「お前らの目的は何だ?」
「……」
「俺を殺しに来たんじゃないのか?」
男の目が揺れた。
当たり。
「誰を狙ってる?」
「……」
俺は視線を動かした。
少女。
エリシア。
盗賊の目も。
一瞬だけ。
同じ方向へ動いた。
――確定。
「こいつか」
「……!」
「なんで俺の妹を狙う?」
沈黙。
だが。
男の額から汗が落ちた。
「言え」
「俺たちは……」
男が。
震える声で言った。
「依頼された……だけだ」
「誰に」
「知らねえ!」
「嘘だな」
「本当だ!」
男が叫ぶ。
「顔も名前も知らねえ! 依頼書が届いたんだ!」
「依頼書?」
「ああ……!」
男は。
信じられない言葉を続けた。
「アルヴェイン家を襲撃しろ」
「長男は邪魔なら殺して構わない」
そして。
「――娘だけは、必ず生きたまま連れてこいって」
……。
なるほど。
そういうことか。
ゲームでは。
レオン・アルヴェインが。
黒狼団に殺される。
だから。
俺はずっと。
この襲撃は。
レオンを殺すためのイベントだと思っていた。
でも。
違った。
レオンの死は。
目的じゃない。
ただの。
邪魔者の排除。
本当の目的は。
ゲームに存在しない。
この少女。
エリシア・アルヴェイン。
「……どうなってんだよ」
ますます。
俺の知ってるゲームから。
離れていく。
その時。
男が。
小さく笑った。
「……もう遅い」
「何?」
「俺たちは囮だ」
ゾクリ。
背筋に。
嫌な感覚が走った。
「本隊は――」
ドォォォンッ!!
屋敷の裏手から。
凄まじい爆発音。
窓ガラスが震える。
下から。
アルバートの叫び声が響いた。
「レオン様ッ!」
そして。
続けて。
聞いたことのない男の声。
低い。
獣みたいな声。
「見つけたぞ」
廊下の向こう。
暗闇の中から。
巨大な男が歩いてくる。
黒い鎧。
肩には。
狼の毛皮。
手には。
人間一人くらいなら簡単に両断できそうな。
巨大な斧。
その頭上に。
俺だけが見える表示。
――《黒狼団副団長 ガルム》
――Lv38。
「……は?」
レベル三十八。
ゲームの襲撃イベント。
こんな奴。
いたか?
ガルムは。
俺を見ていなかった。
その視線は。
まっすぐ。
俺の後ろ。
エリシアへ向いている。
そして。
笑った。
「やっと会えたな」
次の瞬間。
俺の視界に。
新しい文字が浮かんだ。
《特殊イベントを検知》
《対象個体:エリシア・アルヴェイン》
《データ照合中》
《該当キャラクターデータ――》
一瞬。
表示が乱れる。
そして。
赤い文字。
《存在しません》
「……おい」
さらに。
もう一行。
表示された。
《世界外データを検出》
俺は。
目を見開いた。
エリシアを見る。
ゲームにいない。
だけじゃない。
世界外。
そして。
少女は。
俺の服の裾を。
震える手で掴んだ。
「お兄様……」
その顔を見た瞬間。
また。
知らない記憶が。
頭の奥で。
弾けた。
――この子を。
――守って。
誰かの声。
そして。
視界が。
黒く染まった。




