第9話
夕方にやってきた夫妻も大喜びだった。
「なにこれ! すごい! お湯がこんなに!」
「ダンジョンのお風呂はいつでも温かいんだよ!」
驚くマーガレットさんに、本日3回目のお風呂になるノーラが得意そうに解説する。
「デレック! 聞こえてる? すごいわよ!」
銭湯仕様なので、マーガレットさんの大声は上部の隙間から男湯にも余裕で届く。
「もう浸かってるよお……。これはいいなあ……」
デレックさんがのんびりした声で答え、それきり黙った。
お風呂上りに、直売所の低温室で冷やしておいたミルクを飲みながら、軽く打合せする。
直売所の品揃えや陳列については、次の定例会議までにホプキンス家でアイデアをまとめてもらうことになった。
農場のことは農場の人に任せるのが一番だ。
私はダンジョンのエリア構成を頭の中で整理しながら自宅へ向かう。
お客さんを入れる前にやることはまだまだある。
最優先事項としてはセキュティーだな。今のコアルーム丸見え状態は危険すぎるからね。
地上は暗い夜だけどトンネルは快適である。
歩きやすいし明るいし、この世界で一番安全な道だと思う。
翌日は、久しぶりにギルドに顔を出した。
空いている窓口担当のカルロスが、少し驚いた顔で言った。
マリアの次に話すのがこいつだった。マリアが異動したので今は繰り上がり1位。
「お久しぶりです。ここんとこ全然来ないじゃないですか。何してたんですか?」
「趣味。自宅の改装だな。地下室掘ってる」
「地下室?」
「そう。でけえ風呂でも作ろかと思ってな」
喋ってて思いついた。王都側を戦争まで封鎖するのももったいないから、安宿暮らしの職人用の銭湯を置くのはありかもしれない。
トンネルへの入り口を別に作ればいいだけだし。
「はあ……。
貴族じゃないんだから、趣味はほどほどにしてください。働かないと金は入ってこないんですよ?
まあ仕事やるやらないはエリーさんの勝手ですけど、そろそろ働いたらどうです?」
「とか言って、めんどうな依頼押し付けるつもりだろ」
「そうとも言えます」
愛想はないけど正直。他のやつらもおねーちゃん窓口じゃなくてこっちを使えばいいのに。
「隣町でけっこうめんどくせえのを受けたばっかだからな。単発の軽いのだったらいいぜ」
「ちょうどエリーさん向きのがあるんですよ。モース商店の地下に貯蔵庫用の地下室を掘るやつなんですけど」
「パス」
もう掘るのは当分勘弁してください。
結局、石畳補修の常設依頼を受けた。クリエイトストーンで補修用の平石を指定サイズで作るやつだ。
これは得意。昔よくやったから慣れてる。
常設の中では依頼料も高い方だし、頭を使わなくていいのがありがたい。
現場に行って、いつもの平石をサクサク作って積み上げてゆく。
ハンスのじいさんが横に来た。この現場のヌシみたいなやつだ。
「小モグよお、親方とかやってねえで、毎日ここで石作んねえか? そっちのが気楽だろ?
お前の石はサイズが揃ってて工事やりやすいんだよ」
「やなこった。たまに来てやるだけでありがてえと思え」
「うーい。まいいや」
指定枚数を作り終えて立ち上がる。
「ほい。終わり。帰る」
「早えな。もっと作れよ」
「いいからさっさとサインしろや」
「うーい」
ギルドで報酬を受け取って帰宅する。
久しぶりに普通の仕事をした気がする。地上仕事はいい気分転換になった。
夕方、ソフィーが来た。
例の高いお茶を飲みながらお風呂の話をしたら、案の定うらやましがられた。
「じゃあ今から行く?」
「遠いよ」
まあ確かに。農場まで6キロ歩きは貴族の娘にはきついか。
私は体力があるので気にならないが、ダンジョン訪問者の移動手段は今のところ徒歩しかないのだ。
「だよねえ……。あ、転移トラップを流用すれば関係者専用の瞬間移動部屋とか作れるかも」
「それいい!」
「よし、今からノーラに頼みに行こう!」
「だから遠いって」
ソフィーが呆れたようにため息をつく。
しょうがないのでオープンに向けての相談をする。テーマは空き店舗をどうするかだ。
ソフィーが手帳を開く。ソフィー手帳は強力な武器なので期待してしまう。
「まず立地から考えてみた。
農場はちょうど王都の北側だから、お客さんは北の街道を行き来する人になるよね?
じゃあその人たちってどんな人たちなのか、北門のところでしばらく観察してみた」
「そんなことしてくれてたの? ありがとう、愛してる!」
「う、うるさい! 私が顔を出したらエリーはトンネル掘るのサボるでしょ? 暇だったの!」
ツンデレかわいい。
「なにニヤニヤしてるのよ!
続きね!」
ソフィーが早口で実地調査の分析を話しはじめる。
王都の北側はしばらく農家が点在する農業地帯で、そこから先も小さな村があるだけだ。
次の補給ができる街まで馬車で3日かかる。
さらにその先は山がちになって、魔物も増えその周辺が冒険者たちの狩場になっている。
ちなみにその先も大きな平地は少なく、山と盆地を抱えた少領が続き、その突き当りが大きな街のある侯爵領。北部の中心地となるのだそうだ。
王都から侯爵領までは直線距離で500キロもある。すっごい遠い。
「つまり北に向かうのは冒険者や商人で、割と体力はある。路銀も持っているけど、新たに買うものは特にないって人たちね。
逆に北から来る人は旅で疲れていて、お風呂は使いたいけどお金はあまりない、という感じになると思う」
「うーん。つまり北からの人は臭いってことだね。
銭湯、やめようかな」
「却下します。お風呂を作るって提案したのは誰か覚えてますか?」
「冗談です!」
まあ女性は少ないだろうから、男湯との間の壁を塞いじゃえばいいか。
自宅地下の銭湯は保留。
「でね、もうひとつのお店だけど、買い取りもできる雑貨屋さんにするのはどうかな?」
「雑貨屋?」
「うん。小物や扱いやすい魔物素材をちょっと安く買い取って、その支払ったお金を銭湯と飲食で回収するの」
「鬼か!」
「商売はそういうものだって死んだお母さんが言ってた。違う?」
「違いません……」
「それでね、直売所では格安で保存食も売るの。帰りに見たお客さんが次に北に行くときに買ってくれると思う」
もうね、さっさとソフィー商会を設立した方がいいと思う。
「なるほどね。旅に出る人が立ち寄ってくれるなら、冒険者向けの品物も売れるかもね」
「あ、そうだよね。今度、冒険者がつい買い忘れるものが何か調べておく」
「さすがです」
まとまってきた。
次の定例会議で提案することにする。
「それにしても」
とソフィーが手帳を閉じながら言う。
「転移部屋、本当にできるといいよね」
「だよね。そっちが先かもしれない」
「うん。私も早くお風呂に入ってみたい」
「私はこれから行くけど」
「ずるい! おんぶして連れてってよ」
いくら商会長のお願いでも、6キロおんぶはさすがに無理です。




