第10話
準備が整うまで2週間かかった。
ダンマスのノーラを除き、準備に動けるメンバーはホプキンス夫妻とソフィーと私の4人だけ。
そのうちどうとでも動けるのは私くらいで、残りの3人は仕事なり学園なりがある。
オープニングスタッフを探したり、セキュリティーを考えてダンジョンの構造を見直したり、内装したり、ほんと忙しかった。
3週間でここまでこぎつけたのは、ほんと全員頑張ったおかげだ。
一番の準備といえば、商会を設立したことだ。
運営責任者はソフィーが適任だという話になって、ソフィーが学生が責任者ではダメだと言い、デレックさんがそれなら商会を作ってソフィーを雇う形ならどうだと打診したのだ。
ソフィーは、デレックさんが父親に許可をもらうことを受諾の条件とした。
ちょっと厳しいかな思っていたら、ターナー男爵家の許可はあっさり下りた。
ふたりは農業技官と農場主として昔から顔見知りだったのだ。
お互いに信用できる人物として評価していたそうだ。
言われてみればどちらも王都では数少ない農業関係者。知らない方がおかしいくらいだ。
ソフィーの父、ターナー男爵への説明は「農場の直売所を作るため」とした。
市場で仲良くなったソフィーが提案したという形だ。
ダンジョンとはもちろん言っていない。
「娘の提案なら私も出資しよう」
と男爵はあっさり言った。
それならばと私もお金を出して、3者出資で「ホプキンス商会」が正式に設立された。
商会長はデレックさん。私も役員に入った。
とはいえ実質的に仕切るのはソフィーである。誰もがそれを知っている。デレックさんも知っている。
商号は「ホプキンス農場直売所」。看板もそれだけ。
今のところそれで十分だ。
オープン予定日の2日前、ダンジョン入り口用に作った地上の小屋前に、農場のスタッフが集まった。
内輪への「農場の新しい施設」のお披露目である。
説明役はマーガレットさんだ。
私とソフィーも紹介される。
長い階段を下りた瞬間に数人が固まった。
基本の内装は石張り。色は壁は落ち着いたグレーで、床は黒だ。
「かっこいい……」
「明るい」
「すっげえピカピカ」
口々に言いながら、きょろきょろしている。
「床、黒いっすね」
「お貴族の家みたいだろ?」
「天井が光ってる」
「異国の魔道具さね。詳しいことはわかんないけど明るいだろ?」
それは本当のこと。私にもダンジョンの仕組みはよくわかっていない。
できるんだからいいじゃん。
一同を引き連れて、施設を順番に案内する。
まず直売所。階段を降りたところにある小ホールの先の右側にある。
床と壁は白だ。
入口を入るとまず平台が並び、果物や野菜が陳列されている。
今日は販売はないが、シミュレーションということで農場の経理担当のホランドさんが中央の店番スぺースに陣取っている。
「全部うちの農場のものだね。こうやって並べると高く見えるだろ?」
とマーガレットさんが言った。
みんな頷く。
隣の保存食コーナーには干し肉や干し野菜。
壁際にはイートインコーナー、その奥の小さなカウンターでパンとスープの試食セットがサービスされた。
トレイを渡すのはノーラ。働きたくない宣言が嘘のように楽しそうにしている。
保存食には全てPOPがついている。もちろん私の発案。作ったのはソフィー。
文字が読めないお客さんのために、絵も添えてある。こっちはノーラが描いた。
私の野菜と牛の絵は不採用だった。ソフィーはあんなに笑わなくてもいいと思う。
直売所奥の会議室をチラッと見た後、向かい側の雑貨店に移動する。
こちらは古びた煉瓦作り。街の老舗をイメージした。
棚には低級ポーション類と魔道具用の低級魔石、小鍋や食器が並んでいる。
会計場は簡易買い取りカウンターも兼ねることになるが、トラブルを避けるため、買い取るのは相場が決まっている素材のみとした。
ギルド価格を張り出しておき、その9割で買い取ると明示しておく形だ。
カウンターの向こうにいるのはセオドールさん。デレックさんの遠縁の元冒険者である。
素材の目利きもできるぴったりの人材だ。
顔に大きな傷がある巨漢で、60過ぎとは思えない迫力である。
実直な人で照れ屋らしい。顔は怖いけど。
「よろしくお願いします」
「……おう」
土建ギルドで慣れている私は怖くないけど、農場の面々はちょっとビビっている。
むしろちょうどいい。この顔で買い取りカウンターにいてくれてるだけで、変なお客さんへの抑止力になる。
トリはもちろんお風呂である。
直売所と雑貨店の間を進んだ突き当りに立派な入り口がある。その真ん中が受付。
扉を開けた瞬間、見学者一同が黙った。
タイル張りの脱衣所。壁は青、床は白。
奥の扉の向こうには、湯気の立つ浴槽が広がっている。
「……これは、お風呂ですか?」
「すごいだろ? 入っていいよ?」
全員の目が輝いた。
私がしゃしゃり出て使い方の説明をする。
脱衣所で服を脱ぐこと。浴槽に入る前に体を流すこと。石鹸の使い方。浴槽に手ぬぐいを入れるの禁止。その他、ほぼ日本の銭湯のルールまんまである。
「この手ぬぐい、売るんですか?」
日に焼けたお姉さんが尋ねる。
「入口で売ります。石鹸と一緒に。
みなさんはお仲間なのでひとつずつ持っていってください」
「ありがとう、エリーちゃん!」
男女に分かれて、スタッフ全員が入浴した。
長風呂組を浴槽から引っぱり出し、再び全員が揃う。
なんとも言えない幸せそうな顔を見ながら、マーガレットさんがダメを押す。
「みんな温まったね? なら、風呂上がりにはこれだ!」
ノーラが低温室で冷やしておいたミルクを配る。
一口飲んでまた全員が黙った。
数人がそのまま一気飲みする。
「……なんすか、これ?」
「うちのミルクだね」
「こんなに美味かったんすね……」
こうして、見学ツアーはつつがなく終了した。
入り口の小ホールで、ソフィーが感想を聞く。
ほぼ絶賛なのでメモを取るまでもなかった。
最後にマーガレットさんが全員に告げる。
「これがうちの新しい売りもんになる。
作った作物を知ってもらうだけじゃなくて、場所そのものでお金を稼ごうってことさね。
あんたらは普段通り農場の仕事をすればいいんだけど、仕事終わりにさっきの風呂に入りたくないかい?」
「女将さん、使っていいんすか?」
「いいよ」
「やった!」
喜ぶ兄ちゃんを見てマーガレットさんがニヤリと笑う。
「街道で客の呼び込みをやってくれるなら、タダでいいよ。
そんでその客を連れて、一緒に風呂に入って、使い方を説明してやりな。
風呂上がりにはさっきの冷えたミルクも付けてやるよ」
「やるっす!」
オペレーションが安定してきたら、スタッフは閉店後に入り放題にするつもりなんだけどね。
せっかくやる気になっているので、今は黙っておくことにする。




