第11話
9月中旬。ついにオープンの日を迎えた。
一挙にオープンするのは避けて、午前中は店舗部分だけ営業する。
銭湯は夕方からだ。王都の北門が閉まる21時半に合わせて、閉店は20時にした。
街道に「新規開店」の板看板を出した。学習したのでもちろん文字だけ。
ソフィーが「目立つように」と言ったので、大きめに作った。
私は直売所の奥でお茶を飲みながら待つ。
事前の宣伝もしていないので、多分はお客さんは少ないはず。練習日だと思っていればいい。
案の定、午前中来たのは2人だけだった。
一人目は北へ帰る商人だ。自前の幌馬車で乗り付けて、昼食用にとパンだけ買った。
銭湯を案内したら目を丸くして、「入れないのか」と悔しがった。
「夕方からです」
「そうか。次に来た時は必ず寄るよ」
そう言って去っていった。次につながった。上々だ。
2人目は近所の農家のおじさんだった。デレックさんの友達だそうだ。
物珍しそうに入ってきて、しばらくキョロキョロして、それから心配そうな顔になった。
「こんな場所にたいそうなもん作って、人なんか来ねえだろ。大丈夫か?」
「ありがとうございます。まあ、ぼちぼちやっていきます」
「そっか、頑張れよ」
おじさんは何も買わずに帰った。
地上の小屋に急遽作った売店ではポーションが2本とパンが3個売れたそうだ。
先を急ぐ冒険者は地下には来ない。
午前中はそれで終わった。
さっさと閉めて、銭湯の準備に入る。
夕方、先日銭湯の魅力を体で覚えたスタッフたちが呼び込みに出た。
客を連れてきたら一緒に入れる。おまけに風呂上がりの冷えたミルクと売れ残りのパンまでもらえる。
気合が入らないわけがない。
私は受付に陣取る。親方ではなく、新キャラの番台のお姉さんモードだ。
返事は「おう!」じゃなくて「はい」。
笑顔でお金を受け取り、石鹸と布を渡し、丁寧な言葉で使い方を説明するのだ。
最初の客は3人組の冒険者だ。
呼び込みのスタッフに半信半疑でついてきたって顔をしている。
うん、相当風呂に入ってないな。
「本当に風呂があるんだろうな?」
「嘘じゃねえって。早く金払えよ」
リーダーの言葉に連れてきた兄ちゃんが言い返すので慌てて口を出す。
「お客さんに失礼なこと言わない!
うちの若いのがすみません。でも本当にいいお風呂ですよ?」
「そっか。なら入ってみるか」
武器を預かり、料金を受け取る。石鹸と手ぬぐいも買ってくれた。3人でひとつだけど。
案内役がいるので説明はなしだ。
しばらくして出てきた顔は、この前の農場スタッフと同じだった。
疑う気持ちも汗も汚れも、すっきり洗い落されたようだ。
ちなみに案内役は先に出てミルクを飲み、また呼び込みに行った。もう一杯飲みたいそうだ。
別にいいけど腹壊すなよ?
お客さんはその後もぼちぼち入った。
メインは冒険者。ほぼ農場スタッフの案内付きだ。
自分から来たのは4人の冒険者パーティーがひとつだけ。
呼び込みがなかったらヤバかった。
マーガレットさんのスタッフコントロールの腕に感謝である。
1人分の持ち合わせしかなかった3人パーティーの冒険者は、買取所で魔石を売ったそうだ。
セオドールさんは汚れ方を見て、石鹸の代金分も魔石を売れと脅し、いやお勧めしてくれたらしい。 文句を言うので「買取所に言いますか?」って返したら黙って石鹸を買った。
でも、中に入るとき、捨て台詞のように「安く買い叩かれたんだからちゃんとした風呂じゃなかったらぶん殴る」とかすごんだので、思わず「風呂上がりに同じセリフ言ってみろ小僧!」と親方モードで言ってしまった。
てへ。他に誰もいなくてよかった。
3人組は結局「姐さん、また寄らせてもらいます!」とご機嫌で帰っていった。
お客さんがいなくなったので20時前に閉店した。
夕方からの客数は9組25人だった。
金欠パーティー以外のクレームもなし。
商人はソロの行商の人だけで、残りは全部冒険者。
女性は女3人のパーティがひとつと、2つの男女混成パーティーメンバーが合わせて4人の計7名。
「初日としては上出来だと思うよ」
閉店直後に王都から転移してきたソフィーが片付けを手伝いながら言った。
「まあなんとか」
銭湯を出る前にのお客さんに可能な限り感想を聞いたんだけど、それによればダンジョンのお風呂は街のテルマエと比べ物にならないくらい快適らしい。
それから、風呂上がりの冷えた牛乳が最高とのこと。
その他にはサービスのお茶も濃くていい、スープを出してくれた子供がかわいい。
ネガティブな感想では「雑貨店のじいさんが怖くて入れなかった」というのがあった。
でもそれは、セキュリティー面を考えれば望んでいた反応だ。
ダンジョンとダンマスを生かしているのはコア。
お客さんを入れるに当たって、ホプキンス家へ繋がるルートは徹底的に隠した。
農場スタッフも含めた非関係者は、新設した小屋からしか出入りできない。
母屋への入り口は、階段裏にある魔力登録鍵付きの隠し扉の向こうだ。
ノーラの部屋とコアルームは母屋への道の途中にある。
そのガチガチのセキュリティーに、ダンジョンの入り口付近で目を光らせる怖い顔の男性が加わる。
まだ1層しかないダンジョンで、セオドールさんがいてくれることは本当に心強い。
マーガレットさんによれば、どうやらノーラが実の孫よりかわいいようなので、このままダンマスの守護者になってほしいと思う。
「ここからどんどん人を呼ばなくちゃね」
そう言ってソフィーが私を見る。
「うん。のんびりしてらんない」
隣国の侵攻まであと1年半くらいしかない。
マンガの主要キャラクターや差別主義者の貴族たちは自業自得だと思うけど、漫画家と編集者の不毛な喧嘩のとばっちりで、なんの関係もない人たちが死ぬのはひどすぎる。
どれだけ助けられるかわからないけど、結末を知る者としてできるだけのことはしたいと思う。
それだけじゃない。
王都が壊滅した後、侵略者が何をするか私は全く知らないのだ。
だって、『選べよ』はそこで打ち切りになったから。
王都には当分住めなくなるかもしれない。
他の街も侵略されるかもしれない。
それを考えると、ダンジョンをどれだけ成長させられるかがポイントになってくる。
そのためには、人をたくさん集めなければならない。
しかも、王子たちにバレないように。
けっこうなハードルだ。
とりあえずは地下街を最速で流行らせることだ。
今日で、お風呂が武器になることはわかった。
そこを突破口とする。
「まずは銭湯周りを充実させることだよね。
一度テルマエにも行ってみなきゃ」
「うん。あとは宣伝だね。
お母さんの親戚にお店やっている人がいるから聞いてみる。
任せて」
ホプキンス商会の知恵袋は、そう言ってグッと拳を握った。




