第12話
オープンから1ヶ月で地下街はかなり知られるようになった。
とはいっても冒険者界隈限定の話ではあるが。
新設した受付で武器を預け、今日も冒険者たちががやがやと地下街に入ってゆく。
直売所では干し肉を手に取った男が値引きを求め、あっさり断られた。
雑貨店のカウンターではセオドールさんが無言で魔石の状態を確認していて、持ち込んだ若い冒険者が緊張した顔で結果を待っている。
セオさんがちいさく頷いた。合格したみたいだ。
お店にも人は入っているが、来場者の目的はもちろん奥の銭湯。
テルマエとは違う透明なお湯が評判である。
テルマエ……。
一回偵察に行ったけど、あの色のお湯に浸かる勇気は出なかった。
入浴ルールは先輩利用者が指導役となって、すっかり定着した。
汚れたまま浴槽に入ろうとすると、誰かが自分の石鹸を渡してきれいになるまで目を光らせるのだそうだ。
お客さんが扉を開けると、脱衣所から笑い声と湯気が漏れ、風呂場への廊下を広げて作った休憩室に流れてゆく。
休憩室では、風呂上がりの客が牛乳片手に見知らぬ同士で話し込んでいる。
この頃行動範囲を広げ、いつの間にかみんなのペットと化したスカイブルーとモスグリーンのスライムのコンビが、休憩室の隅でくっいている。名前はまんま「スカ」と「モス」。なぜか知らないけど仲良いんだよね。
女性2人組がその傍に陣取って、時々指でつついてはプルプル揺れるのを見てもだえている。
いい場所になってきたなあ。
現在の一日の来場者は150人前後。街のテルマエの利用者が一日100人くらいらしいから、それを越えたことになる。
急に客が増え始めたのは2週間目あたりからだ。
最初の客の口コミ、リピーターの出現、そしてソフィーの宣伝が効いた。
ソフィーが考えた宣伝方法はシンプルだけど画期的だった。
北向きの乗合馬車の中にポスターを掲示してもらったのだ。多分この世界初の交通広告。
「地下大浴場あります」の一文に場所と料金だけ手書きしたものだけど、十分に目立つ。
冒険者ギルドと冒険者御用達の酒場にも告知を出した。
掲示場所は意図的に選んだので、稀にやってくる貴族の目には触れない。
さらに、農場前に乗合馬車の乗降所ができた。
ターナー男爵の強い要請を受けて渋々銭湯を体験した乗合馬車の副商会長が、「これはいい!」と乗り気になったのだ。
それによって王都から銭湯目当てで来る客も現れ、その要望で朝から夜までの通し営業になった。
銭湯はすぐに手狭になった。
ここは、元々は私のトンネル掘りのご褒美のプライベート大浴場。それを銭湯化して男女別に分割しただけだから、そりゃ手狭にもなるって。
速攻で拡張した。
「拡張します」と言った翌日に出来上がっていたので驚かれたが、「土魔法士が死ぬ気で頑張りました」でごり押しした。実際ヘロヘロになるまでコアに魔力を補充したので、間違いではない。
お客さんはまだ増えそう。
王都の人口20万人を商圏と考えれば、最大でその0.1%、200人くらいと見ている。
今はちょっとオーバースペックだけど、二度手間にならないよう、その想定で拡張した。
男女それぞれ詰めれば100人は入れる広さ。洗い場も50人が同時に使える。
休憩室には軽食販売のカウンターを移動させたので、売り上げが伸びた。
足りなくなったスタッフは、農場からの配置換えでしのいでる。
収穫が終わった時期だったのでなんとかなったけど、足りなくなるのは目に見えているので、現在農場とあわせて募集中である。
すごく順調だとは思う。
順調なんだけど。
「エリー、お疲れ様」
閉店後にお風呂に入り、休憩室でお茶を飲んでいると、同じくお風呂上がりのデレックさんが隣に座った。
「デレックさんもお疲れ様。いやあ今日も忙しかった」
「客が急に増えたもんなあ」
「うん」
「まあ儲かるのはありがたいけど、大丈夫なのか?」
「何が?」
「こっちはいいとして、避難所の方だよ。すごい人数受け入れるんだろう?
準備しとかないとまずいんじゃないか?」
ああ、そっちはね……。
「うーん、正直ちょっと煮詰まってる」
「煮詰まってるのか?」
「うん。けっこう人が来てるのに、ダンジョンが成長する気配がないんだよね。
そもそも階層をどうやって増やすのかさえわかってないの」
人をたくさん集めればダンジョンは成長する。
階層が増え、環境も多様になる。
それは確かなことのようだ。
でもその条件は誰も知らない。
ダンマスになった昔の冒険者も、そのあたりの情報は何も残していなかった。
ダンジョンはある日勝手に成長するもの。それがこの世界の常識だ。
ダンジョンは世界中に分布しており、昔から研究対象となっている。
学園にも研究結果をまとめた本があって、それを何度も読み返した。
でもそれはダンジョンを攻略する側からの研究で、ダンジョンを運営するダンマスの視点によるものではなかった。
地下街はデフォルトの洞窟型を変形させたものだ。
コアに魔力を注げば洞窟は自由に延ばせるし部屋も作れるけど、それはあくまで洞窟。
大人数を長期間受け入れるのは難しい。
ノーラに頼んで試してみたけど、ひとつの階層に複数の環境を持ち込むことはできなかった。
とりあえずどんどん人を集めるしかない。
銭湯はきっかけにはなったけど、頭打ちになるのは目に見えているから、地下街そのものを発展させる以外にないのだ。
前世の記憶があるので完成形は目に見えている。梅田とか八重洲とか名古屋とか。
でもどうやってそこまで持っていく?
また自力で掘るの?
いや無理。ただでさえこんなに忙しいのに。
デレックさんに説明していたら、思ったよりヤバい気がしてきた。
「ほんとどうしたらいいんだろ……」
「俺は学がないからよくわかんないけど、とりあえず客がまた来たくなるようなミルクを作るよ」
「うん。ありがとね。そう言ってくれるだけで安心するよ」
「お姉ちゃん!やった!」
ちょっとしんみりした空気をぶち壊して出現したのはノーラだった。
「ノーラ、急用の時以外は転移は使っちゃダメって言ったよね?」
「急用なの! ほら!」
「パープルスライム?」
「違う! レベッカパープル! これで全部の色が揃ったの! やったあああ !長かったあああ!」
そうか。ついにコンプしたのか。
ノーラがスライムを抱えてぴょんぴょん飛び跳ねる。病弱だったことが信じられない。
「おめでとう。まあノーラにとっては急用だったね」
「あ、それでね、なんか変なお知らせ出てるんだけど」
ノーラが中空を指さす。
「変な?」
「うん。読むね。えと、『ダンジョン進化条件を満たしました。ダンジョンレベルを上げますか?はい/いいえ』だって」
私はその内容をゆっくりと反芻し、おもむろに感想を述べた。
「は?」




