第66話
スタンリーさんの要請で、グミーによる南エリアの封鎖はもう1日続き、ようやくやってきた侯爵領軍に引き継いでお役御免となった。
侯爵が「よくやった、ご苦労」とか上から目線で言うので、ブチ切れてグーでぶん殴った。
遅い! 丸投げが過ぎるんだよてめーは!
お咎めがなかったところを見ると、少しは反省したようだ。
右手首を痛めた意味はあったと思いたい。
ともかく、グミーにひとりの犠牲者も出なかったのは嬉しかった。
少し情は移ったけど、「戻りたくない人は手を上げてくださーい」って聞いても誰も万歳しなかったので全員コアに戻した。
でも、最大の功労者はグミーだと思う。
周りはまだバタついているけど、とりあえず私は休む。
あれだけ働いたんだから、事後処理は任せてもいいと思うんだよね。
リリアはスタンリーさんに大人しく挨拶だけして、ファガードに避難したご両親の所に向かった。
みんなへの紹介はもうちょっと待ってと言うので、先に処理することがあるんだろうと思っていたら、昨日家に来てソフィーとの再会をサプライズにしたいとか言ってきた。
そっちかーいって笑った。
楽しそうなので承諾して段取りを整えた。
スタンリーさんはまだ忙しくしていて、ソフィーはそのお手伝いをしているのだが、「次の安息日に慰労会をしよう」って言って、家に来てもらうことにした。
リリアは朝からやってきて、色々料理を作った。
前世では全然料理なんかしない人だったらしいが、王子に作りたくないお弁当を作っているうちに覚えてしまったのだそうだ。
「王子に作るんじゃなきゃなかなか楽しいものだね」
って高速で人参を千切りにしている。ラぺにするのだそうだ。
私は人の作ってくれるものはなんでも美味しいのでニコニコしながら見ている。
能力の問題で料理は手伝えないけど、後でお皿を並べるくらいはしようと思う。
準備が整い、お茶を飲みながらソフィーの到着を待つ。
「なんかさ、目の前にリリアがいるのって不思議な感じがする」
「まあね。これを目指していたとはいっても、実際よく生き残ったものだと思うよ。
でも、ボクは拘束されて動けないようなものだったから、エリーがいなきゃここまでたどり着けなかった。
だからホントに感謝している」
「いや、それはこっちのセリフ。リリアがちゃんと計画を立ててくれるから、私はそれをやるだけでよかった。
まあ、いい役割分担だったんじゃない?
まとめるとラッキーだったってことで」
「ラッキーか。確かにそうだね。
君が最初に『選べる公爵令嬢』って言わなきゃ、お互い転生者だって気付かなかったかもしれないんだからね」
「ああ、そもそもはアレかあ……」
子供の頃、公爵令嬢が誘拐される事件があって、下町でも大きな話題になった。
誰かが「生まれは選べないけど、私は公爵令嬢に生まれなくて良かった」って言ったのを聞いて、私が思わず「選べる公爵令嬢」って口走ってしまったのだ。
その瞬間エヴァが「今何て言った?」って肩をガッて掴んできて、「いや前世のSNSネタで」ってアワアワ答えたら、「それ、ボクなんだけど」って彼女の家に拉致られたのだった。
まさかあの「色々ですわ!」の人本人が『選べよ』の異世界に転生しているとは!って驚いて、その後『選べよ』の悪口で大盛り上がりしたのだ。
エヴァは自分の容姿と魔法特性から、自分が『選べよ』のリリアであることを確信しており、何度も運命から逃れようとして失敗し、強制力の存在にも気付いていた。
そして、「諦めていたけど、カタリナと協力すればふたりとも生き残れるかもしれない」って言い出したのがすべてのはじまりだ。
計画はリリアが主導した。土魔法を鍛えたのも彼女のアドバイスだ。
「エリー」の名付け親でもある。
「それなら急に呼ばれても反応できるでしょ?」って。
リリアはヒロイン。身動きが取れないので、実行役は出番の少ない私が中心になった。
幸い学園では、突き飛ばし・スープぶちまけ・教科書廃棄など接触シーンには事欠かなかったので、そのたびに紙片のやり取りをして、漫画に描かれていない放課後や早朝に直接会って細々打合せを繰り返していたわけだ。
カタリナが退場した後も手紙で連絡を取り合った。
規模が大きくなった私の手に負えなくなった避難計画も、リリアがなんとか基本形を作ってくれた。
ただ、手紙は出し過ぎで、ご両親に外に彼氏でもいるのかと怪しまれたそうだ。
私はリリアとの関わりを徹底的に隠した。それが最重要事項だった言ってもいい。
私たちが生き残るためには、絶対にマンガ通りにストーリーを進めなければならなかった。
強制力が違う形で働きだす可能性は常にあった。
そんな中でリリアの名前を出して、元登場人物の私がまた物語に引っ張り込まれでもしたら目も当てられない。
別のストーリーへの対処法など、私たちは知らないのだ。
だから私はリリアの状況を聞くときにも、その名前を一度も口にしなかった。
一番危なかったのは、侯爵に「避難計画はどうなっている」と詰め寄られて、「それはリリアが」と言いそうになった時だが、それもなんとかごまかした。
「あははは、そうだったんだね。
ボクが侯爵なら『リンキ・オーフェン?魔術士か?』って言っただろうね。あ思い出したんだけどあの黒い衣装ってさ連邦の白いヤツへのオマージュだって知ってたかい?ボクは後から知ったんだけどさそう思って改めて読み返すとさ」
「ストップ!」
その早口は危険。絶対終わらないやつ。
「……なんの話だっけ?
ああ、そうだったね。
そう言えば、ボクも一回大失敗してるんだよ」
「え? 何?」
「君もいたんだけど気付かなかった?
断罪シーンでカタリナが近衛兵に連れられて行くとき、思わず君に笑いかけちゃったんだよ。
頑張れってね」
……思い出した。なんか悪役令嬢ものの敵役ヒロインみたいって思ったんだった。
「あれさ、ボクは悲しそうな顔をしなきゃならない場面だったんだよ。
だってボクは心の清らかなビッチ、いや博愛キャラだよ? 誰かに見られたら疑われるよね?」
「まあ、そう言われれば確かに。
てか、そんなことまで考えてたの? 誰も気付かないよそんなの」
「だってヒロインだからね。『選べよ』に描かれているキャラとズレたらマズいでしょ。
しょっちゅう『みんな仲良く』って口走るような人物なんだから」
「そうかもだけどさ……。なんていうか、ほんとにお疲れさまでした」
「ほんとにね……」
遠い目をしながら冷めたお茶で乾杯したところで、ソフィーがやってきた。
目の下にちょっとクマ。お疲れのところ申し訳ない。
ソフィーはなぜか私の家にいるリリアの顔を見て固まった。
「やあ、ソフィー。お久しぶり」
リリアが爽やかに微笑んで握手の手を差し出した。
「え? リリア、さん。どうして……」
それでもためらいがちに握手をして、ソフィーは助けを求めるように私の顔を見た。
「今日はさ、慰労会なんだけど、幼馴染会でもあるんだよね。
ここにいる3人は幼馴染。
だよね、リリア」
「いや、幼馴染ならリリアじゃないだろ?
さてソフィー、ボクは誰でしょう?」
楽しそうな笑顔をしばらく見つめて、ソフィーはおずおずと口を開いた。
「ボク……。……エヴァちゃん?」
「正解!
ソフィーちゃん、改めて久しぶり!」
ソフィーは再び差し出された手をじっと見つめ、一歩踏み込むとその腕を取り、見事な一本背負いを決めた。
ものすごく怒られた。
「慎重すぎたかもしれないけど、ほんとにソフィーを巻き込むわけにはいかなかったんだよ」
って言ったら、丸眼鏡をギランって光らせて、
「前にも言いましたが、子供の時から巻き込まれています!」
ってさらにキレた。
リリアも私も返す言葉がなかった。
10年間隠していた罰は、今後10年間年一回ソフィーの言うことを何でも聞く日を設けることに決まった。
幼馴染会は朝まで続いた。




