第67話
そう言えば、あの騒動の最中にダンジョンレベルが上がった。
条件は「同時滞留者数約10万人」だった。
やっと普通のやつ。
そうそう、こういうのでいいんだよ。
レベルアップメッセージが出たのでとりあえずレベル5にはした。
で、ホプキンス夫妻をサブマスにした。
これでホプキンス家はみんなダンジョンの人になった。ホッとした。
デレックさんはそれを機に商会長を辞任し、農場部門の責任者になった。
新商会長になったのは学園を卒業したばかりのソフィーだ。
まあ元から農場地下街を仕切っていたのは彼女だったから、実質は何も変わらないんだけど。
ただ、毎日顔を見れるのは嬉しい。
他にはダンジョンの変更点はなし。
新しい階層は作っていないし、サブマスマーガレットさんのお達しでノーラも魔物を増やしていない。
私もマリアもまだほとんど取説を読んでいない。
帝国軍が来る前だったら何か役に立つこともあったかもしれないけど、今は特に困っていることはないのよ。
まあ、困っているのかどうか微妙なことならあるけど、ダンジョンのレベルでどうにかできることじゃないし。
「あのー、そろそろここを離れた方がいいと思うんですが」
「え? 置いていただけるのではないのですか?」
アンジェリカ・カルメイロ元公爵令嬢は、悲しそうに美しい眉根を寄せた。
そんな顔されたら強く言えないじゃないですか。
アンジェリカさん。やっと名前がわかった。
元帝国公爵令嬢、元ファルトナージェ王国第二王子婚約者、元侵略軍中隊長、元当ダンジョン最下層監禁対象者である。
全部元。
現の方は、平民、菜食主義者、水耕農業従事者、ダンジョン第2層居住者、石猫教信者となる。
砂漠の帝国軍はなかなか頑張った。
必死に階段を探して砂漠を彷徨った。ピラミッドを破壊しようとする者もいた。岩山に挑んで落下する者もいた。
だがそれらは全て徒労に終わり、ひとりひとりと心が折れていった。
ただ命をつなぐために地下牢定食を食べ、ダンジョンの魔力を含んだ水を飲む。
気がつけば、彼らの表情は、何かが抜け落ちたように穏やかなものに変わり、やがて目に新たな光が灯りはじめた。
誰かがはじめたピラミッドの周りでの瞑想とスフィンクスへの祈りは、いつの間にか全員に感染していた。
全員でスフィンクスにひれ伏すのを目撃して、ヤバいものを感じて急いで回収したのだ。
これは一応「全滅させた」と言ってもいいのではないだろうか、ということで。
ただ、少し手遅れだった。
「今思えば、なぜそのようなことを思ったのかもはっきりしないのですが、わたくしは国の王になるのが夢でした。
そのためにこの国を奪うつもりでした。
でもあの聖地で深く考える機会を得て気付いたのです。
あれは夢ではなく、ただの欲だったのだと」
本当に申し訳ございませんでした。と彼女は深々と頭を下げた。
話から推察するに、強制力さんの匂いがプンプンする。
調べてみたら、彼女は戦場でほとんど何もしていなかった。
戦う両軍から距離を取り、戦いたくない兵士を率いて逃げ回っていたところ、宿敵であるリリアの煽りを受けて頭に血が上って釣り出されたのだ。
確かに指揮官ではあったが、取ったのは逃げ隠れの指揮だけ。
戦いたい人々は南エリアに残って略奪中のところ、大将以下全員がツィードベリー侯爵軍に討伐された。
それならそうと早く言ってくれればいいのにと思ったけど、話を聞かなかったのは私の方だった。
反省した。
すぐに帝国に帰ってもらおうと思ったのだが、帝国は受け入れを拒否。戻れば死刑と通告してきた。
今回の侵略軍関係者は元の身分を問わず粛清対象らしい。
仕方がないので行き先が決まるまでダンジョンに滞在するのを許可した。
それから2ヶ月。
行き先が決まらないどころか、彼女を筆頭に帝国軍の約500人はダンジョンに定着してしまった。
結局使われなかった草原階層の避難小屋に住み、デレックさんの水耕栽培を手伝い、自ら買った食材で1日2回の粗食を食べ、朝と夜には「聖地」こと砂漠に転移してスフィンクスに祈りを捧げる。
石猫教の石猫とは、あのスフィンクスのことだ。作者としてはすっごいビミョー。
東西商店ギルドから水耕栽培野菜の増産要請が入っているので、人手が増えるのはありがたいし、小屋が無駄にならなかったのも嬉しい。もう仙人みたいな感じなので全く邪魔にもならない。
あと1回は意思確認してみるけど、本人たちがそれでいいならもう永住でいいかなっていう気持ちになっている。
貴族街と南エリアはかなり荒らされたけど、平民街はグミーのおかげで無傷だったので、避難していた人はすぐに戻ってきた。
ただ、侯爵領のダンジョンハウスが気に入って、そのまま家賃を払って住み続ける人も一定数いる。
そのせいで空いた物件には、逆にファガードの住民が引っ越してきた。
王都とファガードは双方が双方のベッドタウンみたいな奇妙な関係になったわけだ。
転移陣通勤者は合わせて4千人くらいいて、ダンジョンには結構な使用料が入りはじめている。
交渉は全部マリアが行った。運営を今回のことをきっかけに発足したギルド連合会に委託したので、私たちは何もしなくていい。さすがである。
ちなみに連合会会長は全ジジババの推薦でダンジョン魔法士ギルド長のノーラ。副会長の席にはシレッとジジイが座った。
平民たちはそんなだけど、国の上の方はまだまだ落ち着いていないらしい。
まあ王族がいなくなったんだし、私の実家を含め、王都の高位貴族にもかなり犠牲者が出たようだから、そんなに簡単に収拾がつくはずはないよね。
でもそれは貴族案件。
ツィードベリー侯爵を中心に地方の実力ある貴族たちが話し合っているようだ。
ソフィー情報では、地方貴族たちに地元を離れる気はないらしく、王様選びが難航しているらしい。
「先祖に王家と似たような髪色の者がいたということは、王家の血が混じっている可能性がある」とか侯爵が言い出して、一時はスタンリーさんを王にする動きまであったようだ。
温厚なスタンリーさんがブチ切れてなかったことになったらしいが、一歩間違えばソフィーは王女様だったわけだ。
「残念だったね」って言ったら、ものすごく嫌そうな顔をされたのですぐに謝った。
あれ以来ほんとに怖いのよ。
まあ何にせよ前向きな混乱なので、国が荒廃するようなことにはならないだろう。
リリアは「信徒」の学園生たちと南エリアの復興を引っ張っている。
信じさせるために聖魔法「伝道」を使って帝国のことを話しているうちに、想定外に信仰を集めてしまったが、便利なのでスタッフ使いしていたのだそうだ。いわゆる「二軍」の子たちだね。
今は魔法は使っていないので信仰心は薄れているようだが、逆にリーダーとしての信頼を強くしているので、見た目には信者感はあまり変わっていない。
もちろん私たちも協力している。
相変わらず3人でちょくちょく集まっているので、リリアの話を聞いてできることがあったらその都度手を貸す感じだ。
ソフィー商会長は農場と屋台村の協力で炊き出し隊を送り込んだし、私も土魔法で瓦礫撤去のボランティアをした。
――とまあ、実は私はまだ長期休暇中なんだけど、なんだかんだで結構忙しかったわけだ。
で、明日から本格的に仕事に復帰する。
昨日発覚したのだが、休んでいる間に、マリアに復帰後の予定をガチガチに詰められていた。
まず復帰初日の明日から3日間は、西商店ギルドのパメラさんからの依頼で、西の地下街用のトンネル掘り。
西の地下街にはクーちゃんたちのお店『pinkUnicorn』が王都初出店予定だ。
それが終わると、その『ピンクニ』本店のあるポトラ王国辺境公領に向けて、侯爵領から280キロのトンネルを掘ることになっている。
噂のミゲル師匠を地元に呼びたい気持ちはわかるけど、オットマーさんマジでマリアの口車に乗りやがった。
これはさすがに私とジジイだけじゃ無理なので、久しぶりにトンネルチームを招集することにした。
――まあつまり、結局当分穴掘りですよ。
でもここしばらく掘ってなかったので、ダンジョン土建屋的には楽しみっちゃ楽しみ。
最後までお読みいただきありがとうございました。




