第64話
リリア・アヴァントン男爵令嬢。『選べよ』のヒロインである。
他の呼び方をすれば、転生者であり、避難計画の元祖発案者であり、私の行動のネタ元である。
貴族になる前の名前はエヴァといった。
直接会うのは2年ぶりなので積もる話はあるのだが、とりあえずやるべきことをやってしまわなければならない。
私は橋を破壊し、グミーたちと東に向かう。
東と南のエリアを分ける森を封鎖するためだ。
橋を壊したので、壁の内側ではそこが南と繋がる唯一の場所となる。
となりではリリアがハイテンションで喋り続けている。
「あ、そう言えばさ、さっきボクに遅いよって言ったよね? あれはちゃんと理由があったんだからね?」
「いいよ、そんなの後で」
「いや、今話さないと君は忘れるじゃないか。
ボクはね、強制力がなくなるのを待っていたんだよ。
おかげで3回も爆弾を使ってしまった」
あの爆発は全部リリアだったのか。
いや、そんなことより騙されてはいけない。こいつはいつもそれっぽいことを言ってごまかすのだ。
「へえ。どうしてなくなったってわかるわけ?」
「そりゃ『みんな仲良く』って言いたくなる衝動が消えたからだね」
「え? あれ、キャラ作りじゃなかったの?」
私が学園生だったころ、こっそりリリアと会っている時に、突然「仲良く」って言うことがあったけど、あれは強制力さんの仕業だったのか。
「キャラ作りなわけないだろう?
リリアになってからずっと続いていた呪いみたいなものだよ。本当に鬱陶しかった」
どうやらほんとのことみたいだ。
強制力さん享年38歳w。永遠に安らかにお休みください。
「でね、その強制力が消えたということは、もう『選べよ』のストーリーは最後の一コマまで進んだんだと思うんだよ」
「あ、そうなるのか。じゃあ……」
「そうだね。もう王家は誰も生きていないだろうね。
一応、ボクも抵抗してみたんだけどね、無理だったよ」
「抵抗?」
「ああ。最後に王子たちに北に逃げようって言ったんだ。
でも拒否されたよ」
「そっか」
「まあ黙ってちゃ私の寝覚めが悪いから言ってみただけだけどね。
おかげで心残りはないよ。ヒロインはお役御免だね。
長かったよ……」
10年間よく頑張ったもんだ。ヒロインの方が悪役令嬢より何倍もしんどかっただろうに。
話しているうちに森に到着する。
グミーに指示して、木の間を埋める形でさっきみたいにギュウギュウ詰めに並んでもらう。
南エリアの方から、微かに叫び声のようなものが聞こえる。
「リリア、どうなってると思う?」
「さあね。多分王都軍と帝国軍が戦っているとは思うけど、どっちが勝ったかとかはわからないな。
まあ、もうすぐ報告が入ると思うよ?」
「報告?」
「ああ。ボクのわがままだけど、南にも助けたい人はいるからね」
リリアはそう言って森に詰まるグミーの背中を見つめた。
しばらくすると動きがあった。
森の中からリリアの名前を呼ぶ声が聞こえたのだ。
「リリア様ー、いらっしゃいますかあ? 信徒一同、只今到着しましたあ!」
「信徒?」
「その話は後。
ここにいるよー!
エリー、道を開けることってできるかい?」
「あ、うん。
えーっと、右から3列の子たちー、人が通れるように一旦後ろに下がってくださーい!」
できたスペースを通って、リリアがグミーたちの向こうに走ってゆく。
ほどなく、グミーたちにビクビクしながら、学園の生徒を先頭に新たな避難者たちが続々と姿を現す。
思ったより数が多い。ざっと千人くらいいそうだ。
最後にリリアが老夫婦と一緒に戻ってきた。
「紹介するよ。ボクの今の両親だ」
「こんにちわ、エリーさん。
リリアの父のロドニー・アヴァントンです。こちらは妻のポーリーン。
娘から話は聞いています。本当にありがとう」
アヴァントン男爵夫妻は深々と頭を下げた。
リリアは彼らのことはほとんど話さなかったが、一度だけ「アヴァントン家で良かった」と言っていたのを思い出した。
そうか。私はこの人を見捨てようとしていたんだ。
「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした」
ポーリーンさんが静かに首を横に振った。
「いいえ。私たちは守られていた側。あなたが謝る必要はありませんよ?」
「エリー、母さんの言うとおりだよ。君たちを守らなかった貴族なんか気にすることはない。
ここにいるのは本来なら救われなくて当然の人間だ。
そうだろう? 諸君」
リリアがそう言い切って、南エリアの人たちを見渡す。
頷く者、うつむく者、唇を噛む者。反応はそれぞれだが、反発する声は上がらない。
「エリー、すまないが、この人たちも避難させてくれるかい?」
「もちろん。
すぐに段取りするからちょっと待っててね」
私は森のほとりにある小屋の魔力鍵を開け、中の階段を下りる。
ここは万一に備えて一昨日掘った最後の避難路である。
500m先で右に折れ、その先に転移陣がある。転移陣は東通り地下街の横道に繋がっていて、ネズミ穴式なので他の出入り口はない。
大急ぎで転移し、本部に残っているスタンリーさんたちに追加避難者の情報を伝える。
とんぼ返りして、準備が整ったことと避難手順をリリアに伝える。
それを受けて、リリアは「信徒」を名乗る学園の生徒に避難誘導の指示を出し、最後に住民たちに向けて話しはじめた。
「避難の準備が整った。では、学園の生徒の誘導に従ってこの小屋から地下に入ってくれ。
安全は保証されているが、もし不安があるなら自由に行動してくれて構わない。
ただし、その場合はこちらは一切関知しない。
では、避難を開始する」
住民たちは大人しく誘導に従い、小屋の中に消えていった。
その最後の背中を見送って、リリアが私に向き直った。
「ありがとう。これで全部だ」
「どういたしまして。私も少し心が軽くなったよ」
「それならよかった。
さて、これでやるべきことは終わりかな?」
「うん一応は。
あとは帝国軍次第。
今どうなってるかわかった?」
「ああ。状況は聞いた。
強制力が消えた後も、攻撃は続いているね。
つまり、帝国軍は自分の意志で侵略しているということだ」
「そっか。王都軍は?」
「うん。なんとか敵の大将は打ち取ったようだけど、一部が貴族と一緒に南門から逃亡して、そこからガタガタになったみたいだ。
今は例の公爵令嬢が指揮官だね。彼女は若いけどなかなか優秀だよ?
まあ、敗北は時間の問題だろうね」
「そっかあ……」
ということは、私が帝国軍を全滅させなきゃなの?ウケるー。
「あのさリリア……」
私は、侯爵からの無茶振りと、無い知恵を絞って考えた計画を話した。
「なるほど……。
帝国軍をここまで引っ張ってくる方法があればなんとかなりそうだね」
「うん。でも何も思いつかないの」
「そこはボク任せてもらっていいかい?」
「どうするの?」
「簡単さ。ボクが出ていって、あいつらを連れて来るんだよ」
「は?」
「いいかい。指揮官は学園で彼女を追い落したボクに恨みがある。ボクの姿を見たら絶対に追ってくる。
君はそれを待っていればいいのさ。
今まで君ばかり動いていたんだから、たまにはボクも体を張らなきゃね。
いやあ、自由っていいね!
よし。じゃあボクは行ってくるよ。1時間後にスタンバイよろしく!」
「あ……」
勝手に喋って勝手に行ってしまった。
まあ気持ちはわかる。
無謀なことはしない子だから、なんだかんだで勝算はあるんだろう。
全滅はともかく、動きを止めておかなきゃ結局負けだ。
やるしかないか。
ここまでやって負けは嫌だからね。
ヘルプするって言って全然来ない侯爵はあとでぶっとばす。
私はちょっと考えて、グミーたちの並べ替えをはじめた。




