第60話
まるで前世の朝の通勤風景だった。
20台がずらっと並ぶ転移ゲートから、次々に人が吐き出されてくる。
ゲートは自動改札機みたいな形で、転移陣が仕切りの間の地面に設置されている。
仕切りの間に人が突然現れるのだが、もう誰も驚かない。
眠そうな目をこすりながら、あるいはやる気に溢れて、人々は建物を出て朝の地下街に歩き出してゆく。
前世、鈴木絵梨時代の私のような死んだ目の人はいない。
電車がないだけでこんなに違うのね。
「いやあ、助かりましたよお。さすがエリーちゃんですねえ」
東商業ギルド長のドミニクさんが、ホッとした声を漏らす。
「いえいえ。建物の壁を無くしただけですから」
私がやったのは、東地下街の端にある転移棟の壁の撤去だ。
転位棟から地下街への出口は普通のドアで、そこで人がそこで目詰まりを起こしていたので、その解消のためにドミニクさんから緊急で工事を依頼されたのである。
これで転位棟はますます駅みたいになった。
「しかし避難のための転移陣が通勤に使われるとはねえ……」
「それはドミニクさんがはじめたことじゃないですか」
「そうなんだよねえ」
そう。こんなことになったのはこのおじさんのせいなのだ。
はじまりは、侯爵領都ファガードの避難施設の見学だった。
王都のトンネル工事を11月中に終え、12月アタマから取りかかった2DK7200戸の建築は「3日で終わる」ジジイの予想より長くかかった。
3日で終わったのだが、ジジイが「街並みが単調だ」とか言い出して、景観を整え出したためだ。
地下街の行政区の一角に「ダンジョン魔法士ギルド出張所」を作り、私に専用の転移陣を設置させ、2週間毎日通って完成させた。
できあがった小洒落た巨大住宅街を見たドミニクさんは、ここに住むと言い出した。
「ここは寒くないから、冷え性の奥さんは過ごしやすいと思うんですよ。
あ、もちろん一番の目的は受け入れ準備ですよ?先に誰か住んでおく方がいいじゃないですか」
確かに二番目の目的はその通りだった。誰かが先に住んでいれば混乱も起きにくいだろう。
侯爵も賛成し、ドミニクさんは侯爵領から王都に通勤するようになった。
冬でも暖かい新築の住居、通勤は転移陣で下手したら王都の家からより早く着く。
となると話を聞いた他の商店主もマネをする。
気がつけば、避難所の住人は3千人を超えていた。
その3千人が毎朝一斉に東地下街に通勤してくるのだ。
「駅」の拡張が必要になるのも当然の話だった。
これ以外の先行避難も想像以上にうまくいっていた。
元々、新年の休みに合わせて帰省する地方出身者も多く、さらに一部の冒険者も獲物を追って南に拠点を移す。
それに合わせるように、ギルドが「春に帝国軍が攻めてくるかも」という噂を流したので、王都を引き払う者や長期で王都を離れる者が増えたのだ。
新年で賑わう貴族街と南エリアをよそに、平民街は西から順に静かに人が消えていった。
高位貴族がそのことに気付いたのは2月になってからだった。
東西の商店ギルド長が宰相を務める侯爵の部下に呼び出しを受け、現状を問いただされた。
「帝国が攻めてくるっていう噂のせいだってのはさすがにもう知ってたわ。
噂を流したのが誰かってしつこく聞かれたから、予定通り服飾ギルドあたりから聞いたって言っておいた。
もうみんな避難してるけどね。
『愚かな平民の女どもなぞ戻ってこなくていい』って鼻で笑っていたわ」
西ギルドのパメラさんから報告である。
そのパメラさんもとっくに侯爵領に引っ越している。
彼女は膝が悪いので、東のドミニクさんから話を聞くと、『私もなんとかして』と農場の地下街まで直談判に来たのだ。
彼女の経営する老舗食品店は西通りに面していたので、トンネルをお店の地下まで伸ばして専用の転移陣を設置した。
サービスではなく、ダンジョン魔法士ギルドで正式な依頼を受けた。
暖かい環境と銭湯のおかげで、膝の調子はだいぶいいみたいだ。
3月になると、事前避難の動きは止まった。
動く人はもう動いてしまったという感じだ。
もちろん噂を信じない人も数多くいて、王都に残っている避難対象者約4万5千。東と北に特に多い。
それでも侯爵の想定より1万人も多い人が避難を完了させたことになる。
持ち出せるものは全て持ち出し、家のドアもガチガチに固めているので略奪対策もバッチリである。
一点想定外だったのが、避難所への入居者の多さである。
3月はじめの時点で住人は1万5千を超えていた。
地上や地下街との行き来も進んでいて、避難所ではなくもはやファガードの新興住宅地だった。
このまま残りの人たちが避難してきたらキャパオーバーになることが目に見えているので、侯爵からの依頼で追加のトンネルを1本掘った。
通勤者がたくさんいるおかげで、当日の避難のサポートも楽になった。
王都側は、冒険者と侯爵の指示を受けたライナスたち下級貴族。
侯爵領の受け入れ準備が整った街には、先に避難した人たちから募ったボランティアがいる。
「これで準備できることは全て終わったな。
で、エリー、お前はどうするか決まったか?」
会議を終えて、侯爵が尋ねた。
「やれるだけやってみます。ダメだったら農場に引きこもります」
「そうか。やることは決まっているのか?」
「はい、まだ細かい部分は決まっていませんが」
「無理にとは言わんが、話していいなら話せ」
帝国兵は既に国境に向け移動を開始したらしい。
そしてどうやら私たちの国の軍務大臣が寝返っているようだ。
公爵の彼も下位ながら王位継承権を持つ。
帝国軍に上位を全て殺してもらえば、傀儡だろうと正当な王になれる。
だがその野望が叶わないことを私は知っている。
37564ENDの初回、王城の中で最初に殺されるの王族は彼だった。
それを知らない侯爵は、状況によっては領軍を動かすつもりだ。
王家がどうなろうと知ったことではないが、帝国の属国になるのを見過ごすわけにはいかないそうだ。
私は関知したくない。
貴族のように遠くを見渡すことができない私は、目の前のことで精一杯なのだ。
ただ、今回は私の目の前で起こることだ。
貴族だろうと魔物だろうと、私の住む街を荒らされるのは困るのだ。
だから帝国軍を平民街に入れない。
そのためにここ何か月か、色んな人に相談しながらその方法を考えてきた。
ジジイが言った通り、私はダンジョンのサブマスとして、そして土建職人として、自分がやりたいことをやる。
うまくいくかわからないけど、私も準備を進めていたのだ。
私は迷った末に、侯爵に私の計画を話した。
侯爵は大笑いしたが、止めはしなかった。
ちゃんとやるなら、王都に突撃せずヘルプに回ってくれるそうだ。
ならよし。先走らずにちゃんと見とけよ?
強制力が生きていることは確認できている。
帝国軍が来るのは学園の卒業式の日。
それはもう一週間後に迫っていた。




