第53話
魔法契約を済ませて、私たちは劇場を出る。
後片付けをしている屋台の人たちに手を振り、ホールから銭湯の休憩所まで歩く。
休憩所の奥にはこの間新人のオバ太郎君が作った回廊があり、ノーラがその壁を軽く改造して見せることになっているのである。
私の後ろで服飾ギルド長のリタさんがノーラに話しかけている。
絵に描いたような優しいおばあちゃんなので、ノーラも話しやすそうだ。
「ノーラちゃんは小さいのに偉いわねえ。ここでお仕事をしてるのね?」
「うん。魔物のけんきゅーをしてるの」
「まあ! だからあの狼さんもあんなに人に慣れてるのね。なんて立派なテイマーさんなのかしら」
「テイマーじゃないよ? ダンジョンマスターだよ?」
「ダンジョンマスター?」
「あっ! ……ち、違います!」
振り返ったらノーラが盛大に目を泳がせていた。
うん、言っちゃったね。まあ永遠の9歳だから口ぐらい滑らすよね。
「ノーラ、そんなに慌てなくとも大丈夫だから」
「そうなの?」
「うん。最後にみなさんにちゃんとお話するつもりだったからね」
「よかったー。またお母さんに叱られるかと思った……」
ジジイが寄ってきて、ノーラの前にしゃがみこんだ。
「心配せんでいいからの。じいじに任せてくれな?」
「よし任せた。じいじ説明しろ」
私が話そうと思ったが、本人が任せろ言うんだからお任せしようじゃないか。
「邪魔すんなてめえ」みたいな目で見上げてきたが、ノーラの前なのでジジイは大人しく立ち上がった。
「まあ、ギルマスがポロっと言っちまった通りだ。ここはダンジョンで、ノーラちゃんはこのダンジョンの主ってわけだな。
そんで、ダンジョン魔法っつうのはダンマスからもらったここをいじる力のことな」
「何だと? そんなの聞いてねえぞ?
じゃあ俺にもくれ! ダンジョンと言えば冒険者だろうが!」
「俺に言うなや。それを決めるのはダンマスだ。
それになセオドア、さっきこれ以上増やせねえって言っただろ?ノーラちゃんがいいって言っても、枠がねえんだ」
「きたねえぞてめえ、とっておきのやつら貸してやったのに!」
「だから俺に言うなって。俺はこのギルドで一番下っ端なんだからどうしようもねえんだよ」
「チッ、マジで使えねえな下っ端」
「何だとこの野郎」
「まあまあそのあたりで。
他の皆様もいらっしゃいますから」
収拾がつかなくなりそうなので割って入った。
周りの冷たい視線に気付いたふたりは、バツが悪そうに引き下がった。
「まあ、説明の手間が省けてよかったじゃないか。
ノーラちゃん、ほんとはそこまで計算してたんだろ?
賢い子だねえ」
西冒険者ギルド長がカラッした声でフォローする。
「だからさ、ターローの次に力をくれるのはこのメイヴィスばあちゃんってことでどうだい?」
「おいババア! 何しれっと順番決めてんだよ?」
「ジジイは黙ってな!」
「はーい、みなさんノーラちゃんが困ってますよー。
これ以上うるさくするなら麻痺薬注射しますよー」
いつの間にか取り出した注射器を持って、ノーラより小柄なおばあさんが笑顔でそう言った。
薬師ギルドのジンジャーさんである。
ジジイ情報によると、最年長であるのは確かだが、誰も年齢は知らないらしい。
「おい、お前ら危ねえから下がれ。こいつマジでやるぞ?」
馬車ギルドのアントンさんが慌てた声を出す。
うちにも縁のある乗合馬車商会の会長である。
「あらアントン、馬用のより弱いから危なくないわよ?それからこいつって誰のことかしら?」
「すんません! 安全です! 静かにします!」
「はい、よくできましたー。みんないい子ねえ。
じゃあ、エリーちゃん、あとはお願いね?」
「い、イエスマム!」
思わず敬礼してしまった。
ジョンジャーさんとは仲良くしておかなきゃと心に誓いながら、私は行き先を変更する。
「順にご説明する予定でしたが、ダンジョンのことを話してしまったので、中間を省略します。
すみません、先ほどのホールに戻っていただけますか?」
ジジババの言い争いで時間も押しているし、ダンジョンだとわかったならダンジョンらしい場所を見せちゃった方が早い。
ホール奥の関係者入口を通り、転移陣で草原に跳ぶ。
この時間は草原も夜設定だけど、自由に明るくできるので案内するのに支障はない。
「転移して草原。確かにダンジョンだわね。
ノーラちゃん、ばあちゃんほんとびっくりだよ。
そうだ、肩車してあげる!」
そう言って、メイヴィスさんがひょいとノーラを持ち上げた。
2m近い長身に衰えを知らない筋肉。60過ぎでこれほどビキニアーマーがしっくりくる人はいないだろう。
東の冒険者ギルドのトップに長年君臨する女傑に拒否権は使えず、ノーラは大人しく肩車されたが、いつもと違う目線の高さにすぐに笑顔になった。
少し膝が悪い西の商店ギルドのパメラさんに合わせて、ゆっくりと草原を見て回る。
自分が作ったわけでもないのに、ジジイが他の土建ギルド長に先輩風を吹かせていてイラっとした。
東西商店ギルドのふたりは、水耕栽培施設で収穫間近の野菜を見て目をギラつかせていたし、ジンジャーさんは小川の水をせっせと瓶に詰めていた。
鍛冶ギルドのガチムチ爺ちゃん3人は、草の上に体育座りして遠くを眺めている。
「嬢ちゃん、あいつらはここに置いて早く鉱山階層に行こうぜ!」
「すみません、鉱山階層はないんですよ」
「何だと……」
というさっきの会話のせいだ。ごめんね?
誰もいない小屋周辺は省略。急に明るさを変えると街路樹トレントの機嫌が悪くなるので近寄らない方がいいのだ。
そして最後は本日のメインイベント、500キロトンネルのお披露目である。
工事事務所まで戻り、トンネルに続くドアをくぐる。
「……これが聞いてたやつか……」
セオドアさんがそう呟いただけで、他の人たちは先の見えない直線のトンネルに声を失っている。
「これは、500キロ先のツィードベリー侯爵領まで繋がっています」
「え? 500キロ? 嘘だろ?」
西土建ギルド長、ザカリーさんの言葉に私は待ってましたとばかりに笑顔を返す。
「ではこれから行ってみましょう!」
「ついでにお前らの歓迎会もやんぞ! 店も予約してあっからな!」
ジジイが楽しそうに宣言するが、みんなはポカンとしたままだ。
その隙に、お礼を言ってノーラと魔物たちが退場する。
連れていってもいいんだけど、まだマーガレットさんのお許しが出ないんだよ。
それからは完全にジジイのペースだった。
まあこれだけのものをほとんどひとりで作ったんだから、自慢したい気持ちはわかる。
転移後に一旦地上に出てここが侯爵領都ファガードであることを確認させると、「ここらは全部俺の仕事だ!」と長大な地下街を自分の庭のように案内した。
店主と一緒に内装に気合を入れまくったという高級レストランの個室で、店主からのお礼だというタダ飯とタダ酒にありついて、ジジババの機嫌は爆上がりした。
滑らかになった口で、帝国の問題についても突っ込んだ話ができた。
無事に協力を得られることとなったし、新しい情報も聞くことができた。
冒険者ギルドからは帝国での実際の兵士の動きについて、鍛冶ギルドと商業ギルドからは穀物や鉱石の値動きについて。
侯爵から聞いていた情報を合わせると、帝国の侵攻はどうやら3月で間違いなさそうだった。
OK。強制力さんはちゃんと働いてるみたいだね。




