第51話
王都南門を出て壁沿いに10分ほど進むと南の土建ギルドがある。
そこに併設された食堂の隅のテーブルで、私は久しぶりにトンネル掘りチームの職人と顔を合わせていた。
「元気そうだな、コリン。
アーチーが迷惑かけてねえか?」
「問題ない。
エリーはちょっと貫禄ついたか?」
え? それは聞き捨てならないイケボだ。
「そんなこたねえだろ。ここんとこすげえ歩いてんのに。
アーチー、私太ってねえよな? な?」
「姐さん……。師匠が言ってんのはそういうんじゃなくて、雰囲気の話っすよ。
見た目は相変わらずスカスカっす」
「あとで面貸せ。
てか、雰囲気変わったか?」
「そっすね。態度でけえっつうか、あ、それは前からか。そうじゃなくて、なんつうか、ギルドの偉いさんみてえな感じ?」
「態度でかくなかったら舐められんだよ。ギルドのお偉いさんっつうのは正解だな」
私は声をひそめる。
「実はな、この前新しいギルド建てて副ギルド長になったんだよ」
「マジすか!」
「マジマジ。ダンジョンいじれるやつが集まった。
明日他のギルドの上のやつらがトンネルを見に来っから、そん時正式に発表っつう感じだな。
それまで黙っとけよ?」
「うっす」
私が久しぶりにコリンたちと会うのは、王都の南部エリアの情報を得るためだ。
東西エリアまでは歩いて確認できたのだが、私の家と真反対の南部は、遠い上に他と違ってふらふら歩くには向かない場所なのだ。
王都南部が他のエリアと異なるのは、住民の半数以上が貴族関係者であるためだ。
貴族街は原則伯爵以上のエリアであるため、子爵以下の下級貴族はその外側に住まなければならない。その下級貴族がこの南エリアに集まっている。
小さな森で東西エリアと切り離された言わば第2貴族街。王室や貴族御用達の大商会もそこに集中しており、平民が住める場所としては最も格式の高いエリアとなっている。
北側の貴族街に住むなら南の高級平民街の方がマシだと、ここに屋敷を移した伯爵家もあると聞く。
私がネグレクト令嬢だったリンドブール伯爵家の人たちは、貴族街に住んでいることをえらく誇りにしていたようだが、貴族社会で出世したいなら北西部の端っこなんかにしがみついていちゃダメなのだ。
出世にも社交にも目もくれず、そのさらに外側の平民街にドシっと腰を据えるスタンリー・ターナー男爵の爪の垢でも煎じて飲みなさい。
そのリンドブール家には全く縁のない南エリアは、異世界港区みたいな場所だ。
北エリアの土建職人の私が歩けば間違いなく浮く。うかつに調査などできるはずがない。
路地を調べでもしたらあっという間に通報されるだろう。
そこで気心の知れたこのふたりに話を聞いていたのだが、得られた情報は少なかった。
南エリアには中央部の工事を請け負う貴族の縁戚の商会がふたつあって、壁の外にあるギルドにその仕事が回ってくることはほとんどないため、街に入る機会そのものがないのだそうだ。
「依頼は壁の外ばっかっすね。
まあ壁の外も北よりは金持ちっすから儲かるっちゃ儲かるんすけど、北の方が気は楽っす」
南エリアは私が想像している以上に他エリアと違ったみたいだ。
エリアのランクは南・西・東・北の順。私が歩いた限りでは、南以外の各エリアはそんなに大きく違っているわけじゃなかったから、南とその他、と考えた方がいいのかもしれない。
その後は、お互いの近況を話した。
コリンはいい師匠らしく、アーチーは新しい魔法を覚えたと胸を張った。
私は侯爵領の地下街の現状を伝え、ふたりは進捗の早さに驚きの声を上げた。
侯爵から聞いた帝国の話もした。
それを聞いて、コリンがグッと身を乗りだした。
「やはり帝国は本当に来るんだな?」
自分の声が通ることを知っているので、最小のボリュームだった。
トンネル工事前に魔法契約を結んでいる彼らにはおおまかな事情を話してあるけど、工事終了後の状況の変化を知らないので、そこまでとは思っていなかったようだ。
「ああ。侯爵は最初早ければ年明けって言ってたけど、向こうの状況を見るともうちょっと後になるらしい。ただ、そんなに遅くはならないと思うぞ?」
「なるほど。ってことは早めに王都を離れた方がいいかもしれんな」
「だな。侯爵が流した噂も広がってるみてえで、西地区の中じゃもう引っ越したヤツもいるらしい。
西は帝国が来るとしたら通り道になるからな」
「確かにな。俺も準備をはじめておくか。
来るのがわかっているのに、わざわざ待つ必要はないからな」
「ああ。こっちでできることがあったら言ってくれ」
「助かる。ありがとう。
とりあえずはアーチーをそっちに戻す」
「へ? なんで?
俺のCランクの試験は?」
急に自分の名前が出たアーチーが、ポカンとした顔でコリンに尋ねた。
「お前、話聞いてたか?
試験はゴタゴタが済んでからでも受けられるだろう?」
「それはそっすけど、ゴタゴタしたら覚えたこと忘れちまうっす」
「今でも忘れるじゃないか。復習しろと何度も言っただろう?
落ち着いてから俺が教えたことを最初から全部見直せ。
そうすればC級の試験などいつでも受かる。
それよりも逃げ遅れるなよ?」
「あ、そっちは楽勝っす。俺逃げ足早えんで」
どうやらふたりとも早めに脱出する方向のようだ。
このタイミングで直接話ができてよかった。
北ギルドの仲間とはいつでも会えるが、南ギルドだと連絡するにも時間がかかるからね。
街の中はわからなかったけど、重要な情報をもらった。
最終決定じゃないけど、南側はスルーでいいかなって思う。
壁の外は東側から脇道を伸ばせばカバーできそうだし。
ふたりと別れ、私は馬車を乗り継いで自宅に戻った。
明日の新ギルドお披露目では王都のギルド長が集まる。
お披露目は事実だが、それは口実でもある。
もうひとつの目的は、そこで帝国の侵攻に関する情報を共有することだ。
侯爵領での仕事を終えたジジイが、北の土建ギルド長としていくつかの主要ギルドと下話をし、一定以上の影響力のあるギルドに声をかけたのだ。
ギルドは平民が自主的に集まり、育ててきた組織である。
貴族とは無関係に各ギルドがそれぞれのネットワークを持っている。
侯爵が流した噂も当然耳に入っており、独自に調べを進めているところもあるはずだ。
トンネルを見れば、噂の真偽はともかく、ツィードベリー侯爵が本気であることは伝わるだろう。
その情報と頭脳担当組のプランを合わせれば、避難計画は一気に現実的なものとなる。
どんなものになるかはまだわからない。
でも、これだけは決まっている。
国を守る人も国が守る人たちも関わらせない。
帝国が侵攻してきた時、侯爵の忠告を無視した彼らがどうするかは自由だ。
でも、避難路には入れない。
私たちは彼らにとって虫なんだから、避難路は虫が地面に開けた穴でしかない。
虫の言葉を理解できない人に、それが何かを教える必要もない。
それでも侵入しようとするなら、元伯爵令嬢の私が彼らの言葉で言ってあげよう。
そんなきちゃない穴に高貴な皆様がお入りになるなんてあり得ないのですわ。




