第50話
私がその後も街歩きを続けて避難路の完成イメージを固めている間に、ファガードの地下街は早くも動き出していた。
本格的な稼働は雪が降った後になる予定で、まだその準備段階だったのだが、まず余裕のある大店や新しもの好きの個人店などが地下街での営業を開始した。
6キロの直線に開いているお店がポツポツというのではお客さんなんか来ないと思うのだが、施設そのものが観光地化しているので、人は関係なく押し寄せる。
そうすると開店していなかった店も、その見物客目当てに急いで営業をスタートする。
天気に関わらず快適に過ごせるので、冷え込む夜にはさらに人が集まる。
その流れを見て、乗合馬車の営業が前倒しで開始される。
侯爵の政策で、出店は地上に店や事務所を持つものが優先されるので、地下がどれだけ流行っても地上の本店の客が移動するだけだし、しかもテナント料は無料なのでクレームなど発生しない。
新規の出店希望者も地上より少ない投資で自分の店を持てるので、そんなに不公平感もない。
そんな流れで、ファガード地下街は住民の間に急速に定着しはじめていた。
私は侯爵と並んで地下街の歩道に立ち、さざめく人波を見ていた。
人が入ると、改めてこの地下街の大きさがわかる。
「すげえな」
侯爵が呟いた。
領主でさえ驚いているのだから、私は相槌を打つことしかできない。
私たちホプキンス商会は、頑張って農場の地下街を人気スポットに育てた。
でも、この先どうあがいてもこの風景は作り出すことができないだろう。
「あれえ? ヴィンセントじゃん、おっひさー。
聞きたいんだけどさあ、何ここ?
こんなの作るとか全然聞いてないんですけどー」
感慨にふける時間は、いきなりの大声でぶった切られた。
「えー? だってユーちゃんずっといなかったじゃん。
聞いてないの当たり前だと思うんですけどー」
「あー、ベラっちするどーい。ウケるー」
「てか、ここマジなんなん?
ぼっちゃん、説明よろー」
「えー? ぼっちゃんて何ー? ウケるー」
侯爵様、ギャル語のおばあ3人組に絡まれるの図。服装もすんごい派手。
質問しといて話すの止まんないし。
私は固まる侯爵を見て、じりじりと距離を取った。
「……お袋、やめろ……」
侯爵が絞り出すように言った。
てか、え? 今お袋って言った?
「えー? おふくろぉ? そんなこと言う子に育てた覚えはないんですけどー。
ヴィンセントちゃん、ママでしょ、マ・マ。あ、ユーちゃんでもオケマルー」
「一旦黙れ」
侯爵が静かにブチ切れた。
ここは逃げの一手だ、と私がそっと背中を向けたところで襟を掴まれた。
逃げ遅れた。
私とギャルばーさん3人は地下街の中央にある行政区画に連行された。
オープン前なので誰もおらず、監禁するにはぴったりの場所だ。
3人組がずうずうしくお茶を要求したので、私が買いに行かされた。
逃げようかと思ったが、後が怖いので大人しく従った。
てか、私関係なくない?
お茶を持って戻ると、3人目のおばあさんと侯爵が話していた。
「えー? たった1ヶ月ー? ちょっぱやー。ウケるー」
「それよりクラーラ様、ご予定が変わったんですか?
来週息子さんといらっしゃると聞いていたんですが」
「えー? 早く来ちゃダメとか傷つくんですけどー」
「泣きまねとかいいですから。
じゃあ、辺境公は予定通りということでよろしいんですね?」
「うん。多分そー。聞いてないけどー」
「……言わずに来たんですね。
承知しました。私の方から連絡を入れておきます」
「うん、よろー。ウケるー」
情報の整理ができないまま、お盆を持って突っ立っていたら、侯爵が突然私を見て言った。
「で、この女性が、この地下街を造った世界一のダンジョン魔法士、エリー・スミス殿です」
売りやがった!
「エリー殿、こちらは当ツィードベリー領の東にあるポトラ王国前辺境公夫人、クラーラ・ブレヒト様、それから当領の前子爵夫人ベラ・アシュクロフト、最後にそこの一番派手なのがユーフェミア・ツィードベリー、……私の母だ。
では、あとはよろしく頼む」
そう言って侯爵は立ち上がった。
逃がすかこのやろうと伸ばした手はパシっと軽く振り払われ、私はその場に取り残された。
――意外なことに話は弾んだ。
まさか異世界でギャル友ができるとは思わなかったよ。
「え? じゃあ、クーちゃんって昔からその喋り方なの?」
「そーそー。うちの国にはこーゆー感じの貴族の女子って昔からずっといるんだよねー。
王都あたりだと少ないけど、辺境だと半分はこんな感じー」
前世で「私の田舎ではクラスの半分がヤンキーかギャルだった」って誰かが言ってたのを思い出した。
確認したら異世界ヤンキーはいなかったが、ギャルは貴族にしかいないって時点で十分びっくりだ。
「まーさあ、辺境公夫人やってる時はしょーがないから王都っぽい喋り方してたんだけどぉ、もう隠居しちったから素でいいよねーって元に戻したー」
「へえ、そうなんだー。
じゃあユーちゃんとベラっちは?」
「あ、あたしたちは割と最近ー。
隠居してクーちゃんとこに遊びに行ってたらなんかうつったー」
「そーそー。なんかみんな、隠居してうちらんとこ来るとうつるんだよねー。ウケるー」
3人は辺境公の領都を拠点にギャルファッションのお店を経営しているそうだ。
自分が大好きな貴族ファッションを平民にも広げることが目的らしい。
この地下街にも出店したいって意気込んでいたので、侯爵様かカラムさんに言えばいいよって教えておいた。
侯爵だと権限が強すぎるからカラムさんの方がいいかもしれない。
カラムさんとお義父さんの子爵はずっと喧嘩中みたいだけど、ベラっちお義母さんとは仲がいいみたいだから、話は早いんじゃなかな。
ちなみに彼女たちの旦那は辺境公の海辺の別荘を拠点に、毎日釣り三昧らしい。
こっちも侯爵領のふたりが、隠居後に前辺境公の趣味にドはまりしたかたちだ。
東国文化、恐るべし。
話してみると3人とも立派な貴族夫人だった。
隠居したから息子たちのやることに口は出さない。でも、領と領民に何かあれば手助けはいくらでもするっていうスタンスだ。
真剣な目で「そりゃ超助けるっしょー」って言ってた。
帝国の動向についてもしっかり情報を仕入れていた。
侯爵と辺境公は、避難計画について何度か手紙のやり取りをしていたようで、隠居夫婦3組も一度相談を受けたそうだ。
辺境公は来週ファガードに来る。
探りを入れて私がその計画に関わっていると知ると、後方支援組として計画に組み込んでくれていいと申し出てくれた。
「ほら、長いこと領主夫人やってたから、イベント仕切んの慣れてるっつーかさ」
ってクーちゃんは笑った。
「イベントじゃなくね?」
「あそっか。ウケるー。でも、イベントだと思えばモチベ上がるっしょ」
「あ、そーかもー。じゃあさ、見たら運営ってわかるような服とか考えた方が良くね?」
「それ天才ー。超目立つと思うー」
ギャル婆たちはどこまでも前向きだった。
「元気をもらう」ってこういうことなんだって思った。




