第49話
「……知ってる店だ……」
思わず呟いてしまったのは、やっとこの場所の手がかりを発見したからだ。
途中で路地に入ったのがマズかった。
何回か角を曲がったら完全に方角がわからなくなっていた。
見知らぬ大通りに出て、とりあえず外壁を目指そうと思って歩いていたら、知っている名前が現れたわけだ。
念のため、お店の人に地下街に支店があるか確認する。
よかった。あるそうだ。
これで確定した。
ここはソフィーの家の近く、子供の頃に何度もエヴァたちと遊んだ下町の商店街だ。
昔過ぎてあまり覚えてないけど、街並みにもなんとなく見覚えがある気がする。
ここから少し南に行くとソフィーの家で、そこからさらに南西に5分ほど歩けば、貴族街の端っこの私の実家付近となる。
真西に向かっていたはずなのに、だいぶ南の方まで来てしまっていた。
おかしい。方向感覚には自信があったのに。
まあ、迷子じゃなくなったからいいんだけど。
そうか、こんなに実家近くまで来てたのか。
伯爵も弟も、まさか死刑になったはずのカタリナが近くにいるなんて、これっぽっちも思わないだろうなあ。
いや、地下牢定食みたいな食事を運んでくる使用人とすらほとんど顔を合わせなかったんだから、死んだやつのことなど思い出しもしないか。
伯爵も弟も相変わらず貴族してるんだろうな。
小さいとはいえ領地があるんだからその経営を頑張ればいいのに、そっちは代官に任せっぱなしで、自分は王城で出世することにしか興味がない。
それも実績じゃなく社交でなんとかしようとするタイプね。
最後に伯爵から言われたことは覚えている。
「嫁ぎ先は見つけてやるから問題を起こすな」。
入学前、10年ぶりくらいに顔を見せたと思ったら、それだけ言って立ち去った。
どこぞのエロジジイにでも献上して出世の材料にでもしたかったのかもしれないが、私は特上の問題を起こしてしまったのでさぞ悔しかったことだろう。
さて。
なぜ私が王都を探検しているのかというと、避難路計画のためだ。
頭脳担当さんたちのアイディアが出揃うのはもう少し先だけど、それを理解するためにも、私も勉強しておかないといけないと気付いたからだ。
オバ太郎が勝手にワーカーホリックしている間、私は別にサボっていたわけではない。
朝と夕方に現場には顔を出して侯爵にまじめに進捗を報告していたし、ジジイが文官さんから引き継いだはずの仕事を全然やらないのでその尻拭いもしたし、侯爵から新しい情報を聞いて避難計画のブラッシュアップを私なりに進めてもいた。
その中でスタンリーさんから街歩きを勧められたのだ。
秋の収穫期がピークを過ぎ、出張先から戻ってきたスタンリーさんは、まとめている途中の資料を見せてくれた。
私が見たことのあるものよりずっと詳しい地図を広げながら、避難ルートのボトルネックになりそうな箇所を指摘してくれたのだが、私はいまいちイメージができなかった。
王都の壁の内側で私が知っているのは、生家であるリンドブール伯爵家の周辺だけだ。
壁の内側の依頼を受けたこともあるが、私は職人街のギルド所属なので、中央部近くの依頼ではない。
つまり、私は王都のことを知らなすぎたのだ。
反省した。
工事前に現場を確認しておくのは、土建業の基本だというのに。
実際に歩いてみると、色んなことに気付く。
例えばこの下町あたり。
ここは王都の西寄りで、避難路の入口を作る予定の東大通りとはかなり離れている。
ここに住む大部分の人にとって東通りは生活圏の外側になるわけで、多くの人が知らない道を移動するとなると、相当混乱することが予想できる。
ダンジョンから先でどれだけ受け入れ態勢を整えても、そこまで来られなければどうしようもない。
ってことは、例えばメインの避難路から西側にわき道を何本も伸ばしたりして、それぞれの家の近くから逃げ込めるようにする必要がある。
上流は毛細血管みたいな小さな川で、それが徐々に集まって一本の動脈になる感じだ。
いや、毛細血管っていうなら人が通れる必要もなくて、オバ太郎考案のネズミ穴工法で転移陣付きの小さな入り口を量産するっていう手もあるかもしれない。
うん。
細かい方法はみんなで知恵を絞るとして、地上のオペレーションを考えるより地下をどうにかする方が早そうだ。
侯爵領の工事でトンネル掘りのスピードはものすごく上がったから、3月まであれば穴ならいくらでも掘れる。
なんか見えてきたかな?
たまには迷子になってみるのも悪くないね。
ここからなら乗合馬車のルートもわかるから、家まで迷いなく帰れる。
でもせっかく近くまで来たんだから、ターナー伯爵家にお邪魔しようと思う。
そろそろソフィーも学園から帰ってくる頃だし、スタンリーさんに今日のことを話したいし。
あと、久しぶりに実家のことを考えたら、スタンリーさんのごはんが食べたくなった。
ネグレクトの最初の頃、実家の給餌が続く中で、あのごはんにどれだけ救われたことか。
門の前で少し待っているとソフィーが帰ってきた。
「どうしているの?」ってびっくりしてたけど、事情を話したら納得してくれた。
ソフィーはこの後地下街に出勤するそうだ。
じゃあ私のごはんは?
「えー? 一緒にごはん食べようよぅ。
ここんちのごはん美味しんだよ?」
ってゴネたら、呆れた顔で合鍵を渡してくれた。
閉館後に屋台の人たちと会議があるそうで、休むわけにはいかないんだって。
真面目だなあ。さすが事実上の商会長。
その結果、ソフィーは私の家経由で地下街へ、私はソフィーの家でスタンリーさんの帰りを待つ、という奇妙な状況になった。
誰もいないターナー家は、なんか変な感じだった。
表からは夕方の街のざわめきが聞こえて、秋の窓はあっという間に暗くなってゆく。
灯りを点けて待っているとスタンリーさんが戻ってきて、「あれ? ソフィーは今日……」と言って固まった。
慌ててペコペコ謝って、ここに至る経緯を説明した。
スタンリーさんは笑って、「じゃあ好きなものを作ってあげる」と言ってくれたので、子供時代の夢の食べ物、コカトリス親子丼をお願いした。
日本式の親子丼じゃなく、スクランブルエッグを敷き詰めた挽き割小麦の上に薄焼きにしたコカ肉を乗っけたやつ。
客観的に見れば「頑張ったお父さんの料理」なんだけど、今食べたいのはこれなのだ。
スタンリーさんは「今はもっと美味しいのを作れるんだけどね」と苦笑しながら作ってくれた。
大満足だった。
お茶を飲みながらおしゃべりしていたら、ソフィーが帰ってきて、また3人でおしゃべりした。
遅くなったのでそのまま泊まらせてもらった。
昔に戻ったみたいだった。




