第47話
「あー笑った。
ちょっと待ってもらえるか?」
なんとか場が収まったようなので帰ろうとしたら、カラムさんが私たちを引き留めた。
「な? 言った通りだろ?
今どんな気持ちだ?」
カラムさんはニヤニヤしながら侯爵に言った。
「後でいいだろ、その話は」
侯爵の不機嫌な声に、カラムさんは肩をすくめた。
「いや、お前は負けたんだから本人の前で敗者の弁ってやつを言わねえとダメなんじゃねえの?」
チッと舌打ちして、侯爵は私たちに着席を促した。
話の流れから考えるに、どうやら侯爵は私たちに負けたらしい。
勝負してたつもりなんてないんですが。
私たちの前にドカッと座ったまま、侯爵の口からは「敗者の弁」とやらはなかなか出てこなかった。
「あのー、帰っていいですか?」
「いや、待て」
待てと言っておきながらまだ話し出さない侯爵に、カラムさんがしびれを切らした。
「あーもう! 俺が話す!
エリー、こいつはお前さんを自分の部下にしようと思ってたわけだ。
それは気付いてたろ?」
「あ、なんか取り込もうとしてるなっては思ってました」
ジジイの解説がなかったらわかってなかったかもだけど。
「うん。
こいつはな、簡単にどうにかなると思ってたんだよ。
お前さんが貴族嫌いなのはちょっと話せばわかる。
だが、だからこそ、自分がエリーの思うクソ貴族と違うとわからせれば、侯爵の名前と自分のカリスマでお前は自分からなびいてくると思ってたわけだ。
まあ実際、ここの領民なら大喜びだろうな」
「はあ」
俺のカリスマw。
「だが、お前さんは先手を打った。
一介の土魔法士じゃなく、新しいギルドまで作って自分がそこのトップになった。
しかも手下に土建ギルドのギルド長まで引き込んだ」
先手も打ってないしトップでもないんですが。
でも訂正しない方が良さそう。
ジジイも黙っとけよ?
「規模はともかく、王都のギルドのトップだ。こうなると侯爵と言えども簡単に手は出せねえ。
こいつはこれからゆっくり絡めとろうと思ってた矢先に、さっさとガードを固められたってわけだ。
だろ、侯爵様?」
「まあな……」
侯爵は苦々しい顔でそう絞り出した。
楽しくなってきたのか、カラムさんの解説はさらに続く。
「俺から言わせりゃな、そもそもその程度でエリーを引き入れられるって考える方がおかしいんだよな。
エリー、お前さん、嫌いとか怖いとか言う前に、貴族をなんとも思っちゃいねえだろ」
「あ、はい。そう言われればそうですね。嫌いだし怖いですけど、まあムカデとかもそうですし」
「ぶはっ! 聞いたか、ムカデだとよ?」
「あ、別に侮辱とかそういうのじゃないですから。いい意味でというか、ムカデも自然界には必要ですし」
「それ、フォローしてんのムカデの方だからな!」
「ぎゃはははは‼」
侯爵がキレて、カラムさんが再び大笑いした。
私はさすがに反省して平謝りに謝った。
自分で言っといてなんだけど、「いい意味でムカデ」って何?
「エリー、すげえなお前さん。なんか尊敬したくなってきた」
少し落ち着いたカラムさんが話を蒸し返そうとする。
「いえ、ほんとごめんなさい。もう勘弁してください……」
「いや、おかげでよくわかった。
どんだけ作戦を練ったとしても、お前さんを取り込むのは無理だわ。
忠誠心はねえ、無理言ったら逃げる、おまけに特殊ギルドのトップ。
怒らせたら魔物を作ってスタンピードを起こすかもしんねえ。
ま、貴族が抱えられるようなタマじゃねえってことだな」
すっごい勘違いされてる。なんだよスタンピードって。
私は平和主義者だよ? そんな危険人物じゃないです!
遺憾の意を表明しようと思ったら、ジジイが耳元で「黙っとけ」と囁いたので我慢した。
「つうわけで、これでその件は手打ちってことでいいか?」
「構わん。これまでと何も変わらんのだから、どうということはない」
「私は受けた仕事やるだけですし」
「よし。この先、侯爵家はエリーを勧誘することはねえし、エリーも侯爵家からってだけで依頼を断らねえってことだな。
そんじゃ、以上立会人モンタギュー・アシュクロフトが確認した、っと。
終わり!」
「誰それ?」
いや、最後に出てきた謎の人物を放置して終われるわけないでしょ。
「あー、そういや知らねえんだったか。
俺、まだ貴族もやってんだよ。早くやめてえんだけど」
「はい?」
「カラムっつうのは平民で冒険者やってる時の名前で、さっきのはたまに貴族やる時の名前な。
まあ覚える必要なんてねえから」
「はい?」
その後カラムさんが説明してくれてやっと理解できた。
カラムさんは元孤児で、火魔法の才能を認められて侯爵側近の子爵家の養子になったのだそうだ。
この国では、養子を取る際に先祖から名前をもらって改名させることが多いらしく、さっきのブランド牛みたいな名前になったとのことだ。
なるほど。そういうわけだったのか。
子爵夫妻には子供がなく、跡取りとして育ち、現侯爵といっしょに冒険者活動もしていたのだが、子爵に40才を過ぎてから男の子が誕生したことで状況は一変した。
「長男のお前が家を継ぐのは当たり前だ」という子爵と「実子の弟に継がせろよ」というカラムさんという一般と逆の争いが生まれ、カラムさんは「平民に戻る」と家を出て、かねてから打診されていたギルド長に就任した。
怒った子爵は、前侯爵を巻き込んで揃って隠居し、現侯爵とカラムさんに強引に家督を譲ってしまった。
前侯爵の指名なので、カラムさんも家を継がざるを得ず、弟が成人するまでのつなぎとして平民と貴族を掛け持ちしているのだった。
今日は侯爵領の側近会議に出席した後で、堅苦しい服装と小うるさい領の貴族の相手で疲れたところに私たちが来て、いいストレス解消になったと笑った。
そういうことかあ。
私たちは、カラムさんのストレス発散のダシにされたわけね。
まあ結果、私もいろいろすっきりしたから、カラムさんがいてくれて良かったって思うことにする。
気がついたらすっかり遅くなってしまった。
いつものように侯爵が「メシ食っていけ」と言ったので、今回はごちそうになることにした。
色々ぶっちゃけて腹の探り合いをする必要がなくなったからか、侯爵の機嫌も直り、カラムさんやジジイとゲラゲラ笑いながらお酒をガブ飲みしていた。
私も最初の一杯だけつきあった。侯爵出してきたお高い赤ワインは、自慢するだけあって割と美味しかった。
酒が入ったジジイは、本人がいるにもかかわらず私の子供の頃からの黒歴史を次々に暴露し、ミゲル師匠並みの大受けを取っていた。
てめえなんでそんなことまで知ってんだよ!
ぶん殴ろうとしたら無詠唱の土魔法でガードしやがった。発動時間がほぼゼロでムカつく。
いたたまれなくなった私は、「覚えてろよ!」と捨て台詞を叫んで侯爵邸から逃走した。




