第43話
私は転移陣で毎日帰ってくるつもりなので、500キロ先に出張っていっても、実は近所で仕事するのと何も変わらない。
でもハーミッシュさんは今日で地下街から去る。
まあ彼も来ようと思えばいつでも来られるんだけど、やはり別れの空気は漂っている。
目の前には抱き合って涙を流す者たち。
「またすぐに会えます。だから笑ってください。
そんなに泣かれたら私も悲しくなるじゃないですか。ねえ、マリアさん」
マリアは涙をぬぐいながら、何度もうなずいた。
「うん、そうですね。バート、そろそろ離れなさい。ハーミッシュさんが困ってるでしょ?
ビリーもロンも泣かないの」
「グギャーーーー‼」
ハーミッシュさんにしがみつくゴブがひとり。ちょっと離れたところで泣いているゴブふたり。それを見てもらい泣きするマリア。
……なにこれ?
マリア 、それでいいの?もらい泣きしてる場合じゃないと思うんだけど!
あと、ゴブたちの名前がちゃんとしてるんだけど!
なんとかバート君が離れてくれて、ハーミッシュさんはようやくマリアと向かい合う。
よし、ここから巻き返すんだ。コブリンなんかに負けるんじゃない。
「じゃあマリアさん、また近々。
あちらの準備が整いましたら、改めてお願いに伺います」
「承知しました。こちらも準備を進めておきます」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
そう言ってふたりは笑顔で握手した。
え? そんだけ?
なんかビジネスビジネスしてるんですが。
「お待たせしました。では参りましょう」
はてなマークを浮かべたまま、私はハーミッシュさんに促されて侯爵領に跳んだ。
侯爵領の転移陣までは一瞬だけど、そこからツィードベリー城までは馬車移動となる。
私はその中で探りを入れ、ハーミッシュさんが妻子持ちであることを知った。
マリアは信頼できるビジネスの相手だそうだ。
つまんないの!
別れ際の会話は、侯爵領でのゴブリン複写係の導入についてだった。
これから造る地下街の一角に領の役所機能の一部を移し、そこでゴブリンを採用したいそうだ。
基礎訓練をマリアが行い、それを侯爵領に貸し出す形だ。
前に思いついた人材派遣業は、既に動き出していたのだった。
それはそれでいいことなんだけど、もう一度言う。
つまんないのっ‼
あ、でもこれでマリアのサブマス就任の線がグンと高くなったね。
近々話してみよう。
馬車は30分ほどでお城に着き、私はハーミッシュさんに連れられて侯爵の執務室に入った。
ハーミッシュさんはそのまま帰還の報告をし、ゴブリン導入に有効性について熱く語った。
多少の個体差はあるけど、全てのゴブが戦力になるのは間違いないらしい。
抱き合っていたバート君は一番覚えの悪かった子で、それでも根気よく教えた結果、一番意思疎通ができる個体に育ったとのことだ。
「わかった。進めてくれ。
しかし、地下街の知識を得るために送ったのだが、新たな文官まで見つけてくるとはな。
ご苦労だった。今日はゆっくり休め」
ハーミッシュさんが退席し、私は侯爵と向かい合う。
「ゴブリンが文官向きとは、ほんとダンジョンは面白いな!」
侯爵が上機嫌で言った。
この際だから売り込んでおこう。
「文官だけじゃなく、うちのゴブは教えれば何でも器用にこなしますよ?
今うちにいる子たちは、この前まで家具の組み立てをやってました」
「すげえな!
何人まで出せるんだ?」
「魔力がある限り何人でも。
ただし、ちゃんと扱っていただけないのなら派遣はできません」
「バーカ。そんなことするかよ。
優先すんのは今いるヤツだけど、せっかく来た使える新人を潰したら損するのはこっちだろうが」
「それならOKです」
うん、言うまでもなかったね。
さっき侯爵がゴブリンを「何人」って言った時にわかった。
私も最初は「匹」だったのに、侯爵は「人」。
任せても大丈夫だ。
「そっちは私じゃなく、うちの担当と進めてください。
ハーミッシュさんと一緒にゴブたちを教えていた人間です」
「わかった。
じゃあ、本題といこうか」
侯爵は地下街の計画書をバサバサとテーブルに広げた。
計画は私のいない1週間でさらに具体的になっていて、地図上の区画の半分近くに既に店舗名が書き入れられていた。
地下街を造ることが決まった直後から商業ギルドと調整を進めていて、着々と準備が進んでいるそうだ。
仕事が早くてビビる。
「そんで相談なんだが、区画のサイズって今から変更できるか?」
「はい。まず道を通して、店舗部分はその後ダンジョンの壁を変形させて作るので、事前にきめておいてもらえれば大丈夫です。
全部のお店の希望を聞くとかは無理ですが、いくつかのサイズの中から選んでもらう形なら、そんなに工期も伸びないと思います」
「ならよかった。自分で壁とかぶち抜けりゃいいんだが、ダンジョンだから無理だろ?
いちいちお前に依頼してちゃ、金も時間ももったいねえから、最初っからできるとこは作っておきたくてな」
レベル3の機能を調べていなかったら難しかったかもしれないが、今ならやり方がすぐに頭に浮かぶ。
ジジイのOJTを見たのも大きい。
「あ、こちらからもひとつ相談なんですが、もう一人工事の人間を入れてもいいですか?」
「もう一人? お前以外にダンジョンをいじれんのか?」
「はい。オバ太、いえ土建ギルドのオバノンギルド長がうちに就職しました」
「オバノンってあのジジイか?」
そのジジイです。
「はい。ダンジョン工事は初心者ですが、元々Aランクの土魔法士なんで、もう私より細かい作業は上手いくらいです」
「なるほどな。
俺としては依頼を受けたお前が責任取んなら何だっていいぞ?
ただし人が増えるからって依頼料は変わらんからな?」
「問題ないです。私が調整しますから」
「……いや、ちょっと待て」
侯爵が少し考えてニヤッと笑った。
「エリー、お前ジジイに金払う必要はねえぞ?」
「え?」
「考えてみろ、ジジイはお前んとこの地下街に就職したんだろ?
そんでここは地下街と同じトンネルの中だ」
「それはそうですね。同じダンジョンですから」
「ならここの工事もお前んとこの工事だとも言えるよな?」
それはちょっと強引。でも。
「侯爵様がそう言うんならそうなるでしょうね」
「な?
そしたら、俺からの依頼を受けたお前は、元々自分とこの工事でもある地下街に仕事を再依頼するわけだ。自分とこの工事だから、特にギルドの許可はいらねえ。なんならお前は適当に上前をはねてもいい」
あっ、わかった!
「で、あいつには地下街の従業員として普通にお給金を払っているわけだから、地下街の仕事としてやらせれば別に支払う必要はない!」
「そういうこった。
だいたい、お前この仕事いくらで受けてんだ?」
私が伝えた金額は、侯爵の支払う金額と結構な開きがあった。
あのジジイ、「侯爵はケチくせえ」とか言ってたのに自分がたっぷり中抜きしてやがった!
「その作戦いただきました。
今度はこっちの番ですね……」
「ククク……。お前、ものすげえ悪い顔してんぞ?」
「いえいえご領主様には及びませんよ。クックック……」
私たちは時代劇の悪人のように笑いあった。




