第41話
急がなくていいって言ったのに、ジジイは翌日から出社した。
私の家を通って。
朝からドアをドンドン叩くので、寝ているところを起こされた。
前世で言えば、新人が初出社日の早朝に役員宅に押しかけて「会社に行くから車を出せ」って言ってるようなものだ。
「何時だと思ってるんですか!」ってマリアが怒ったら、「ちっと早すぎたか。じゃあ待っててやるから茶でも出せ」とかいいやがんので、マリアがキレて地下に蹴り落した。
私とマリアが定時に着いたら、無傷のジジイがスタッフルームでマーガレットさんとお茶を飲んでいた。
「マリアちゃん、オバノンさんを蹴ったんですって? だめよ? お年寄りには優しくしないと」
ってマーガレットさんに言われたマリアは、
「わかりました。優しくします」
って微笑んで、ジジイに思いっきり腹パンしてそのまま草原のマリア事務室に去った。
笑った。
そう言えばジジイの名前を聞いたのは久しぶりだ。ここ数年ジジイとしか呼んでなかったから半分忘れてたよ。
しかし、今日からホプキンス商会の新人だから、他のスタッフの手前「ジジイ」はマズいか。
確かフルネームはターロー・オバノンだったはずだ。
「マーガレットさん、悪いのはオバ太郎です。嘘をついたのでマリアが指導したんです」
「あらそうなの? オバ太郎ってオバノンさんのこと?」
「そうです。ターロー・オバノンなので。スタッフのみんなにもそう呼ぶように伝えておいてください。
あ、言い忘れてましたがオバ太郎は今日から商会に就職しました。マーガレットさんも厳しくご指導お願いします。甘い顔をするとつけあがりますから」
「あ、そういうわけね。わかったわ。
オバ太郎君、しっかり働いてください。ホプキンス商会はあなたを歓迎します」
「あ、はい。……よろしくお願いします」
マーガレットさんにはなんか逆らえない雰囲気があるんだよね。
ジイイも素直に頭を下げている。
「てめえ、なんだオバタローって!」
「違う、タローじゃなくて太郎。最後は伸ばすんじゃなくてオとウの中間の音ね」
「発音の話じゃねえ!」
「あ、お姉ちゃん!」
ジジイの文句を聞きながら朝のお客さんで賑わう地下街を歩いていたら、私たちを見つけたノーラが駆け寄ってきた。
「おはようノーラ。お仕事?」
「うん。じゃあいっしょに私のけんきゅーしつに行きましょー!」
「研究室?」
「うん。お母さんがね、『チビたちと遊んでばっかりいないでダンジョンマスターのお勉強をしなさい』って言うから、けんきゅーしつ作ったの。マリアちゃんのお隣だよ?」
「あ、そうなんだね。何の研究をしてるの?」
「魔物!」
まあそうだよね。
「ノーラちゃん、ノーラちゃん、じいじもおるんだが」
「おじいちゃんはさっき大声を出してたから私は怒ってます。
お客さんのいる場所では怒鳴ってはいけません。地下街のルールです!」
「ああ、そうだったのう。じいじ年寄りだから忘れちゃってたわい。
もうやらんから、怒らんでくれんか?」
「じゃあ約束!」
ノーラがピッと指し出した小指を呆けたように見つめた後、ジジイはハッとして幸せそうな顔で指切りをした。
所定時間を超えたら殴ろうと思ったが、「指切った!」ですぐに指は離れた。
ノーラの研究室の向かい側にある文官さんたちの事務所を訪ね、ジジイが就職したことを伝える。
「よかった。後のことが少し心配だったんですよ」
と微笑むハーミッシュさんに、「じゃあオバ太郎をよろしくお願いします」と引き渡した。
ゴネたけど、自分から文官さんを引き継ぐって言ったんだからそんなの通用しない。
ゴブたちの隣でキリキリ働いてもらおう。
ジジイを追い払ってノーラの「研究室」に入る。
チビがしっぽを高速で振って迎えてくれた。
大型犬こと森狼のモリーはお腹を見せて待機していたので、ひとしきりモフった後にノーラの話を聞く。
ノーラの研究テーマはなんと魔物の新種の創造だった。
農業技術者であるスタンリーさんから植物交配の話を聞き、他の魔物の特性を持つ魔物を創ろうと思ったそうだ。
目標は「狼の毛皮を持つスライム」。既に名前は「モリス」に決まっていた。
これまでのよりいい。
「どうやって創るの?」
「えっとね、魔物を出すときにボタンを押すでしょ?で、その魔物が出てくる前に別の魔物のボタンをタタタって何回も押すの」
「へえ。そんなのできるんだ」
ゲームのバグ技みたいなやつかな。
私はゲーム機は持ってなかったけど、なんかレトロゲームの記事でそんな感じのを読んだことがある。
まあこのダンジョンシステムならバグがあってもおかしくない。てか、確実にある。
ノーラはそれを攻略本なしに発見したわけだ。ある意味すごい。
「やってみる?」
「うん、見てみたい!」
「わかった!」
ノーラが中空に出したパネルを高速でタップすると、緑の青のシマシマスライムが出現した。
「スカとモスをあわせた子。これだけいつもうまくいくの」
「ああ、いつも一緒にいるからかな」
「多分。わかんないけど」
「そっか。合わさったらなにか特別な能力とかできた?」
「ないよ? シマシマなだけ。あ、スカよりちょっとだけひんやりしてないかも」
差し出されたので持ってみる。
「……よくわかんないんね」
「うん」
そう言ってノーラはシマシマスライムを消した。
「でも、別の種類の魔物だとうまくいかないの。
一回だけスライムとオークの混ざったのができたんだけど、あとは全部失敗」
「え? 混ざったの?」
「うん。オークの形をしたスライムみたいなの。
簡単なことは聞くんだけど、オー君みたいにむずかしいことはできないし、嬉しいとか悲しいとかもないみたいだから、すぐにコアに戻しちゃった」
えーと、なんか自我がないグミ状のオークって感じ?微妙にキモい。
「そっかあ。色々研究してみるしかないね」
「うん。がんばる!」
ノーラは小さな手をグッと握った。
今のところ役には立っていないけど、大当たりはこういう所に潜んでいる。
スライム全色コンプもノーラのお手柄だった。
そう言えば、レベル3への進化条件ってなんだったんだろう?
後で調べてみよう。
でも、今はそれより気になることがある。
「あのさ、最近オー君を見かけないけどどうしたの? スライムの数も少ないし。
みんな返しちゃったの?」
「あれ? お姉ちゃん知らないの?
みんな昼間は農場で働いてるよ?」
「外に出られるの?」
「うん! 私はダメだけどオー君たちは大丈夫なの。
でも夜には帰ってくるよ?」
「そうなのか!」
確かにこの世界でもスタンピードは恐れられているから、魔物が外に出られるのわかる。
でも、出て仕事して帰ってくる魔物というのは相当レアだと思う。
まあ、地上っていってもノーラの家だし、魔物にとっては魔力が薄いだけで同じテリトリーなのかもしれない。
聞けばオー君は力仕事担当で頼りにされているようだし、スライムたちは畑の雑草処理に大活躍らしい。
この後の刈り入れの時期には運搬要員としてオークをもう一人出してほしいと言われているそうだ。
「でも、オー君じゃないオークは出したくないから迷ってるの」
と悩んでいたので、お父さんにちゃんと相談した方がいいよって言っておいた。




