第4話
翌朝、現場に向かうと、髭面のガチムチ、クレイグがすでに職人たちを並ばせていた。
今日から副監督に降格になるのだが、悔しがるような気配はまるでなく、もう満面の笑顔だ。私の顔を見た瞬間、犬のように駆け寄ってくる。
「小モグ姐さん! お待ちしておりやした!
今日から姐さんが入ってくれるって聞いて、すっげー楽しみにしてたっす!」
「おう。昨日見に来て、あたし一人が入ればなんとかなりそうだなって思ったから依頼受けたよ。
しかし、お前の実家ここだとはなあ。びっくりした。
そんでいつの間にかCランクに上がって、監督まで任されてんじゃねえか。すげえな!」
「いや、すげえことなんかねっすよ。
姐さんがCランクなったのって9歳じゃないすか。俺今27なんで姐さんの3倍遅えっすから。
そんでもまだ上のランク目指すつもりなんで、また姐さんと仕事で来て嬉しいっす!
今日からしばらくよろしくお願いしゃす!」
いきなり現れた小娘に頭を下げる上司を、職人たちは呆けた顔で眺めている。
それを見たクレイグが声を張り上げる。
「いいか、お前ら。この姐さんはな、俺の師匠だ。
見た目はちんちくりんのスッカスカだけど、すげえ腕だからお前らも色々勉強させてもらえ!」
「……うっす」
気のない返事があちこちから漏れる。
まあそうなるよね。
それでもバカにされるよりずっとやりやすい。
あと、クレイグ。ちんちくりんはギリ許すとして、何がスッカスカだって?
覚えてろよ。
改めて現場を確認する。
昨日見た通り、問題は地盤の柔らかさだ。数メートル下には固い層があるようだが、その上に軟弱な泥が積もっている。
昔の沼の跡かもしれない。
よくまあこんな地盤の弱いところを選んだもんだと思うが、立地的にどうしてもここに建てたいのだそうだ。
このまま普通の基礎を作っても沈む。
やはり地盤の改良をやったほうがいい。
前世のニュース番組で見たやり方を参考に、頭の中で計画がまとまる。
「よし、説明すっぞ」
私は職人たちの前に立ち、工法の説明をはじめる。
手順はこうだ。
まずクリエイトストーンの魔法で底を塞いだ石のパイプを作り、それを何本も縦に打ち込む。
この時作る石はあえて脆くするのがポイントだ。
パイプが立ったらその筒の中に硬い石の棒を作る。こちらは硬度を上げる。
次にパイプ部分の石を魔法で砕く。砕かれた石は柔らかい地面を沈んでいき、石の棒を支える形で岩盤層の上に積もる。
次に泥の部分に硬化魔法をかけ、沈みをなくしてからようやく基礎工事となる。
この中で特に大変なのは最後の泥の硬化で、土魔法使い一人ではとても対応できない。
魔法を行使する体積が大きいため、時間をかけすぎると硬化させた部分が沈んでいってしまうからだ。
理想は数人の土魔法士の同時作業だが、クレイグは魔力量も高めでこういう力技が得意だったはずだ。
私とふたりがかりならなんとかなるだろう。
今日は初日なので、私はデモンストレーションも兼ねて、石パイプをバンバン立てていった。
昼休みには職人全員から、キラキラした目で「姐さん」呼びされるようになった。
クレイグがその都度説明を補足してくれたので、工法の理解も進んだ。
こうなれば、現場はスムーズに回りだす。
翌日から工事は完全に軌道に乗った。
クレイグの段取りは手際がよく、指示も的確だ。ちゃんと親方になってる。
ランクが上がる日も近いんじゃないかなと思う。
遅れを取り戻す勢いで工事が進む。
地盤工事は10日で終わり、基礎工事に入ることができた。
「姐さん、この後飲みに行くんすけど姐さんもどっすか?」
ある日の仕事終わりに、お調子者のボビーから飲みに誘われた。
「えー? エリーちゃんは14歳だからお酒飲めないですー」
「キモっ!」
美少女モードは激しく拒絶された。
ま、行ってみるかな。同じスミス姓からの誘いだし。
「たまには付き合うか。あ、クレイグのおごりな?
お前ら、クレイグがおごってくれるってよ!」
「あざっす!」
「ちょ! 何言ってんすか! 姐さんがおごってくださいよ!」
「うっせ! 金ねえんだよ! なんせスッカスカだからな!」
勝った。
職人たちと繰り出した酒場は、街の中心にある賑やかな店だった。
王都から来た旅人や商人も多く、話し声が絶えない。
座が温まった頃、隣のテーブルから聞き覚えのある名前が耳に飛び込んできた。
「知ってるか? 死刑の話」
「ああ、アレだろ? 王族殺そうとしたんだろ? 平民の学生だっけか?」
「そうそう、カタリナとかいうやつ」
おお! ついに死刑が執行されたのか。
ま、そいつは隣で飲んでるんだけどね。
私は果実水のグラスを傾けながら、さりげなく耳を澄ます。
「狙われた王族って誰なんだ?」
「第三王子って話だぞ」
「あ、あのバカ王子か! そりゃ狙われるかもな」
「なんつったって三兄弟で一番バカらしいからな」
「そんでも学園じゃ女よりどりみどりらしいぞ?」
「かーっ。バカでも王子ってか?
その死刑になったやつ、どうせなら殺してから捕まればよかったのに」
「声がでけえって! 不敬罪で取っ捕まんぞ?」
「誰が不敬だよ。俺は心の底から王子殿下をご尊敬たて、たてまりつってんのに!」
「言えてねえじゃねえか!」
――うん。どうやら決着がついたっぽいね。
カタリナの死刑執行は公表された。家名は伏せて「平民の女カタリナ」として処理された。
地下牢を調べたのか、白骨死体が見つかったのかは不明だけど、いずれにせよ「私の死」は公の事実となったわけだ。
リンドブール家としては万々歳だろう。
私としても、面倒なつながりが完全に消えたので嬉しい限りだ。
捜索されることももうないだろうし。
これでひとまず安心かな。
さよなら、悪役令嬢カタリナ。
今日から私は100%エリーだ。
「姐さん、何ニヤニヤしてるんすか?」
「ん? してたか?
だとしたら現場がよく回ってるからだな。お疲れ!」
「っす!」
「お姉ちゃん、こっちにエール3杯!」
クレイグが追加注文を叫ぶ。
私はグラスを空にして、酒場の喧騒に身をゆだねた。
工事はその後20日ほどで完了した。
遅れを完全に取り戻すことは出来なかったが、当初の予定より2日遅れなら上出来だろう。
ギルド長が出てきて、すっごいお礼を言われた。
「じゃあ追加報酬出るってことだね?」
「いや、それはちょっと」
ゴネてギルド長個人の財布から出させたお金で、その夜マリアと晩ごはんに行った。
楽しかったのでそれで勘弁してやることにした。
翌朝、私は王都行きの馬車に乗り込んだ。
「また来てね」
「うん。また来るよ」
手を振るマリアの姿が見えなくなり、私はこれからのことを考える。
さて。
そろそろ本格的に動くとしましょうかね。




