第3話
念のため王都を離れておこうと思い、私は翌日の昼過ぎに隣町行きの馬車に乗り込んだ。
馬車は王都の東門を抜け、街道を走り出す。
窓から王都の防護壁が遠ざかっていくのをぼんやりと眺める。
実は、旅で王都の外に出るのははじめてだ。
災害対策の緊急依頼では景色を見る余裕なんてないからね。
マンガ 『愛されヒロインは選べない』は王都中心部で完結する。
学園が7割、その周りの貴族街が1割、残り2割は王城、数回登場した王家の別荘を含む。
それが世界のすべてだった。
いや、世界じゃないな。そもそもあのマンガに世界観などなかった。
つか、今さらだけどタイトルもひどいよね。
主人公は聖魔法に目覚めた元平民の「ごく普通の」女の子。テンプレ。
ごく普通の13歳女子は「選べなーい」とか言って6股かけねえよ。
ネット上の略称は読者ほぼ全員のツッコミである『選べよ』だった。
前世で私がその駄作を知ったのは、独自のセンスに定評のある会社の同期からだ。
独自すぎるので読まずに忘れていたのだが、その後にSNSでひと騒動があって、合わせて読むと面白いと再度勧められたのだ。
弱小マンガサイトで連載されていた『選べよ』の打ち切りが決まり、担当編集者が作者にそれを事務的に通告→その態度に怒った作者と編集者がSNS上で言い争いを開始→それがエスカレート→野次馬集合、というのが騒動の経緯だ。
結果的に炎上マーケティングとなり作品の認知度が上がった。
まあね、確かに絵だけはうまかった。
でも、「くそつまんねえ!」という大多数の評価どおり、ストーリーは壊滅的だった。
でも、SNSで繰り広げられる暴露合戦と合わせると、同期の言うとおり別の意味で面白くはあった。
「土下座して連載を頼んだのに切り捨てやがんのかよクソが」「与えたチャンスをものにできないクソが」「ずっと『すばらしいです』としか言わなかったじゃねえか」「アドバイスしましたあ」「男キャラの顔だけな! てめーの好みするようにしつこかったよな!」「うるせー。エロ動画の視聴履歴さらすぞ? はいみなさん、こいつ熟女モノしか見ませーん(画像)」「ブッコロス!」「あ! 殺害予告受けました! 通報してくださーい」
ただね、その世界に悪役令嬢として転生してきた身としては、その面白さは何の役にも立たない。
悪役令嬢は流行の主役の方じゃなく、伝統的なヤツ。
強制される月並みなストーリー、顔だけはいいけど人間的魅力のない登場人物たち、雑な中世風の不便な暮らし、貴族社会に溢れる差別と各種ハラスメント。
職人にならかったらとっくの昔に折れていたと思う。
さて、その『選べよ』だが、打ち切り直前に怒涛の展開を見せることとなった。
熟女好きの作者は「せめて爪痕を残す」と宣言し、残りの3話で乙女マンガにあるまじき結末を書き上げた。
学園卒業式後の王城でのパーティーの最中、突然攻め込んできた隣国の軍により王城は炎上。編集好みの王子はじめイケメンどもは全員死亡。ほぼスプラッタだった。完全にR18。
最後のコマは、血だらけの玉座に置かれたイケオジの王様の首が「なぜだ……」とつぶやくというもの。
こっちが聞きてーよ。てか生首喋らすなよ。
よく掲載したなと思うけど、会社としては話題になれば何でもいいもんね。
そんで、その3話は「イケメン殺す」というテーマがあって一番まともだった。
余談だが、ヒロインは炎上に巻き込まれたまま最後まで忘れ去られた。一応主人公だったんだけど。
――つまり、そういう終わりが待っているのだ、この世界には。
陳腐なのにやたら強制力が強いストーリーは、確実に王家に終末を連れてくるだろう。
私が復讐なんか考えなくても、みんないなくなる。
ざまあは既に織り込み済みというわけだ。
もちろん私は巻き込まれるつもりはない。
せっかく物語前半の小物ボスとして退場したのに、結局死んだんじゃ意味がないもんね。
大丈夫。だって生き残るためにずっと準備を続けてきたんだから。
馬車が大きく揺れる。街道の轍にはまったらしい。
向かいの席の商人風の男性が舌打ちする。
轍なら土魔法ですぐに修復できるけど手を出さない。
特に急いでもいないし、軽いアクシデントとか旅っぽいでしょ?
私は窓の外に広がる見知らぬ景色を眺めながら、はじめての遠出を楽しむことにした。
馬車は夕方前に隣町に着いた。
小ぢんまりはしているが活気がある。
王都に近く物価も安いので、あえてこの町に泊まる人も多いのだ。
まずギルドへ向かう。
受付カウンターに仲のいい職員を見つけ、私はその前にギルドカードを出す。
「エリー! 久しぶり。元気だった?」
マリア・キーツ。去年までずっと職人街のギルドにいた女性で、結婚して旦那の実家のあるこの街に異動していった。今の苗字は忘れた。
Dランクの土魔法士でもあるが、魔力量の関係でデスクワークの方を主戦場としている。
建築街ギルド時代の私の担当で、私がこの街を避難先にした理由である。
「なんとか生きてるよ。気分転換に来てみた」
「そうなの? 学校はお休み?」
「あ、辞めちゃった。今さら卒業資格が役立つことなんてないでしょ。学費がもったいないからね」
「エリーらしいね。無駄嫌いだもんね」
「そ。ということで、何かいい依頼ない?」
「うーん。うちは田舎だから王都ほど仕事ないよ?」
そう言いながらマリアが依頼書を探し始めたとき、隣のカウンターから声がかかった。
「ちょっと待ってください。マリアさん、それはダメでしょう」
若い男性職員だ。マリアが選ぼうとした依頼書を横から覗き込んで、眉をひそめている。
「現場監督ですよ?子供に任せる案件じゃないでしょう」
マリアが苦笑する。
「子供って言うけどね、エリーはもう7年目のベテランよ」
「え? 7年目?」
「そう。7歳でギルド入って今はBランク。
3歳から土魔法の訓練をしていて、入った時にはもう即戦力だったわよ」
私の代わりにマリアが説明をしてくれる。
ありがたい。初対面の人に信じてもらうの大変なんだよ。
「掘削と補強の同時進行工法はエリーが発明したものよ。現場で直接指導した弟子は20人以上。そのうちの一人がこの街のCランクのクレイグね」
「は? クレイグさんの? 師匠?」
「そう。きっちりした仕事ぶりで顧客評価も高い。特にストーンキューブの精度はAランク相当って言われてる」
兄ちゃん職員がこちらをまじまじと見る。
「……失礼しました」
まあ、初対面だとこうなるよね。
懐かしい反応ではある。
マリアが選んでくれた依頼は、拡張した街の西側に建設予定の宿屋の基礎工事だった。
地盤が柔らかく、工事が遅れているらしい。
ふむ。地盤改良系なら何とかなる気がする。
「とりあえず現場見てからだけど、受ける方向で」
「ありがとう!」
マリアが嬉しそうに書類を準備し始める。
若い職員はまだ半信半疑みたいな顔をしているけど、まあそのうち慣れるだろう。
仮受諾書にエリー・スミスのサインをして、私はギルドを出た。
現場を確認しに行ったら、監督はクレイグだった。
私の顔を見て大騒ぎしそうになるのを落ち着かせ、現状を説明してもらった。
工法にも少し問題があるが、最大の原因は土魔法使い不足。魔法なしでやろうとするから工事が進まないという状況だった。
問題なく進められそうなので、ギルドに戻って本受注の手続きをした。
仕事は明日から。
まずは宿を取って、お風呂に入って、ごはんを食べよう。
王都の騒ぎがどう決着するかはわからないけど、私には私のやることがある。




