第39話
一瞬『選べよ』のことを話そうかなって思ってやめた。
証拠がないから客観的にみれば妄想の垂れ流しになっちゃうし、マンガがどうであろうと、ニート強制力さんの力で帝国軍はやってくるだろう。
そもそも『選べよ』の話は危機感のない子供時代に漏らしちゃっただけで、ちょっと前ソフィーのお父さんにぼかして話した以外誰にも言ってないんだよ。
侯爵も話のわかる人ではあるけど、数回会っただけのおっさん。マリアにもホプキンス家にも話していない私の秘密をバラす相手ではない。
正直、身内にはもう話しちゃいたい。でも王家も絡む話だから、平民の彼らがお酒の席とかでポロッと漏らして捕まったりしたら目も当てられないので、NGにするしかないの。
結局、今は私の周りで『選べよ』のことを話せるのはソフィーしかない。
来週会ったら、さっき出来上がったキャラ、強制力さん38歳独身彼女なし魔法使いの話を聞いてもらおう。
――いや、強制力さんはどうでもいいんだった。
「さて、それならそれで、退避計画も決めておかんと間に合わなくなるな。
エリー、現状の計画を聞かせてくれ」
侯爵が気合を入れ直すように、グイッと身を乗りだした。
顔近い。タバコ臭い。圧強い。
「え、えと、そこはリ、リ、リンキオーフェン?」
侯爵はさらに顔を近づけ、私の目を覗き込んだ。
「俺に詰め寄られたくらいで噛むようなヤツが臨機応変?できてねえじゃねえか。
考えていなかったなら考えていなかったと言え」
「か、考えてませんでした」
そういうのは苦手なの!
はああ、と呆れたようにため息をつき、侯爵は体を引いて背もたれに寄りかかった。
私もホッと息をつく。
「しょうがないじゃないですか、こんな避難路を作ることなんか考えてなかったんだから。
あと、怖いので急に顔近づけるのやめてください」
カラムさんがいないとパワハラがひどくて困る。
「だってお前、脅さないとやる気出さねえだろ?」
「やる気出したから3ヶ月ちょっとでトンネルが通ったんです!」
「それは前回俺が脅したからだな。ほら、やはりそうじゃねえか」
「脅されなくとも掘りましたぁ!」
「そうか。んじゃ、脅さねえから避難計画を考えろ」
「いや、そこは侯爵様が考えてくださいよ!
避難路を考えたの侯爵様ですよね?
私は地下なら多少詳しいけど、地上はよく知りません」
「俺はとっくに考えてあるわ」
侯爵は紙の束をテーブルにバサッと放り投げた。
「だが、俺は王都の住人じゃねえから、これは現場を知らんヤツが書いたひとつの案に過ぎん。
王都に住むお前の計画の方が、現実に即したものになると思うのは当然だろうが。
計画が甘かったとしても、それを俺のと合わせればと思っていたのに、まさか何も考えてねえとはな」
「考える時間がどこにあったっていうんですか……。
ずっと掘ってたんですよ? 現場舐めないでください」
「まあそれもそうか。一応謝っておく」
そもそもこの計画は、王都から逃げられなかった場合に備えて、私の魔法でシェルターを作って、少人数で避難するというものだったのだ。
それがダンジョンコアを見つけたことで他の人も逃げ込める避難所に変わって、なるべく多くの人たちをってことで規模を大きくしていっただけだ。
ゴールを動かしていったのは私自身だから、それは私の責任。
でも今回は違うよね?
ゴール動かしたのはあなた、ツィードベリー侯爵様じゃないですか。
「言い出しっぺなんだから、ちゃんとリーダーやってください。
それに、私は職人の仲間はそこそこいますけど、人をまとめられるような力はないです。
穴ならいくらでも掘りますが、これだけ話が膨らんだら、大きなことは人の上に立つ頭のいい人にまかせるのがベストなんです。
今までだって、仲間の力を借りてなんとか進めてきただけなんですからね?
拝見します」
ブツブツ言いながら、私は侯爵案を手に取った。
……ったく、何が「現場を知らない」だよ。私よりずっと知ってるじゃん。
ネグレクト少女から直接街壁の外で土建職人になった私は、王都には全然詳しくないのだ。
侯爵は、帝国は直接王都に攻めて来ると予想していた。
王都はこの国の南西部にあり、西の帝国との間には軍務大臣の領があるだけだ。
軍務大臣は6代前の王弟を祖とする公爵で、王都の西の守りを一手に担っている。
国境には帝国と争っていた時代に築かれた堅牢な砦があり、「それがある限り西は安泰」と信じられている。
だが、現在友好国となった帝国への警戒は薄く、砦はほぼフリーパスで、西部の防衛費のほとんどは軍務大臣の懐に入っているらしい。
まあこれについては、ツィードベリー侯爵と似たり寄ったりだ。
加えて、公爵領はお高い通行税でも儲けている。
それでも商人の往来は多く、つまり帝国からの客は大歓迎ってわけだ。
「こんちはー」「いらっしゃーい」ってばらけて入ってきてその先で集合すれば、軍は無傷で王都に侵攻できることになる。
王都を守る兵士はそこそこ強いようだが、剣や魔法の腕があっても、油断しきっている中で奇襲されれば勝てるはずもない。
こりゃ強制力がなくても、侵攻された時点でアウトだわ。
そんでも「絶対に大丈夫」と侯爵の進言を拒否したんだから、軍務大臣とか王家とかは責任をとって時間稼ぎくらいはしてほしいところだ。期待薄だけど。
帝国軍は西から王城を目指す可能性が大。
その想定に立って、侯爵は王都の東地区から北に向かう大通りを、メインの避難ルートと考えていた。
王都の防壁の外にある職人街は、避難民を歩かせるには距離がある。
そこで、大通り沿いの公園にダンジョンへの大きな入り口を新しく作り、そこから転移陣でツィードベリー領に避難させるというのが侯爵案の概要だった。
私はまたトンネル掘りをしなければならないらしい。まあ短いからいいけど。
「完璧じゃないですか」
私の感想を聞いて、侯爵はアホの子を見るような目で私を見た。
「どこが完璧だバカ。
王都には俺の言うことを聞く下級貴族も多少はいるから、地上のことはある程度はなんとかなる。
だが、そいつらを使ったとしても、こんな雑な計画で滞りなく避難させられると思うか?
入り口の配置とかダンジョン内での人の流れとか、肝心なことを決めておかねえと上手くなんかいくはずねえだろうが」
「……すいません」
「ということでお前が考えろ。地下は詳しいんだよな?」
侯爵がまたズイっと身を乗り出してくる。
余計なこと言わなきゃよかった。
「……了解です。
こっちの地下街が終わったらやります」
「よし。
地下街は1ヶ月だったな。
では、11月アタマまでに計画を持ってこい」
「いや、1ヶ月半です」
サラッと工期短縮してんじゃねえよ。
「1ヶ月で終わったとしても、2週間しかないじゃないですか!」
「じゃあ11月いっぱいで勘弁してやる。そこがギリだ。
今の状況だと、帝国は早ければ年明けには攻めてくるぞ?
俺なら、浮かれているその時期を狙う」
「そうですかねえ……」
来るのは3月です。
年明けは帝国も浮かれてるんじゃないですか?
とは言えない。
「それより後になるならそれでいい。
だが間に合わなかったらどうする。
やれ。
俺も動く」
「……かしこまりました」
なんか実質工期詰められた気がする。でも、どっちみちやるしかないんだよね……。
うん。帰ったら頭脳担当たちに投げよう。
その方が絶対いい案になる。断言できる。もちろん私も考えるけど。
てか、そこのジャイアニズム。
結局ずっと脅してるよね?




