第33話
「30度だと勾配キツくねえか?」
「いいんだよ、どうせ転移すんだから」
「あそっか。そんじゃそれで5mくらい掘るわ」
「ほーい」
翌日、私たちは村に向かうことなく、昨日と同じ場所で穴を掘っていた。
私の家に集まって移動する途中で、ソフィーが「直接村まで行けたら楽なのにね」って漏らした一言に、私を含む土魔法士が食いついたからだ。
ソフィーは、昨日会った時に山の村のことを話したら「私も行きたい!」となって、急遽参加することになった。
私の家の玄関から地下室の間はソフィーの通勤路の一部なので、私の方が早く帰った時には、ソフィーが通るのを待ち伏せてリビングに拉致するのだ。
昨日は屋台の新作クッキーを持ってきてくれた。
「ねえエリー、やっぱり歩いて行った方が良くないかな?」
言い出しっぺのソフィーが不安げに囁いた。
丸メガネがちょっとずり落ちていてかわいい。
「大丈夫! 任せなさい!
あ、ガイドできたな。
ライラ方向合ってそう?」
「いいと思う。細かいところまではわかんないけど、村の手前の森のどこかには出るはず」
「十分!
じゃあいきまーす!」
200mにセットして、
「ドーン!」
そんで、その先端部分を拡張して3畳くらいの小部屋を作って、転移陣設置っと。
穴の下にも対になる転移陣を置いて。
「コリン、行くぞ!」
「了解」
コリンとふたりで小部屋に転移する。
「ソナー」
すぐさまコリンが斜めの穴の天井に向かってイケボ音波探査を行う。
「問題ない」
「じゃあ2回目」
さっきと同じ工程を繰り返す。
すかざす第2小部屋に移動。
「どうだ?」
「165mで上に抜けるな」
「OK。じゃあ最後だな」
170mで実行。
途端に音を立てて風が吹き上がっていった。
「抜けたぞー!」
下で待機しているやつらに向かって叫ぶ。逆風だから聞こえてないかも。
まあいいや。とっとと仕上げよう。
もう1セット転移陣を設置して穴のテッペンに移動。
うん。どこかわかんないけど森の中だ。いい匂いがする。
薄く朝もやが残っている。
深呼吸して、天井のない小部屋の床に新たな転移陣を設置する。ついでに土魔法で柱と屋根も作っとく。壁はあとで。
「んじゃ、戻るぞ」
「了解」
転移陣を逆にたどってみんなの所に戻る。
そんで、穴の下の部分を拡張して小部屋を作成。その床の隅に最上部とセットの転移陣を設置する。
これで下からてっぺんまでの直通ルートが通った。
あとは安全対策。
中間の小部屋と転移陣セットを撤去。
穴の太さをペット3本分くらいまで縮める。
ここから落下可能なのはうちではスライムくらいだ。
スライム専用滑り台。逆に喜ばれそうだ。
「よし、完成!」
「完成?」
あ、そっか。
トンネル掘りのメンバーは何をしてるかわかってるけど、ソフィーからしてみれば職人がハイテンションで何かやってただけだもんね。
「えっとね、あそこのトンネル脇の出っ張ったところが転移室ね。
で、その天井からスライムくらいしか通れない細いダンジョントンネルが上に延びていて、突き当りの半地下の小部屋に繋がっているの。そこが下の転移部屋と対になる転移部屋だね」
「えと、つまりここから山の上まで転移できるってこと?
工事をはじめてから50分くらいしか経ってないよ?」
そうでしょうそうでしょう。私たちが本気出せばざっとこんなもんです。
「どーよ。徒歩で3時間山登りするより絶対早えだろ?」
「エリー親方、天才!」
ソフィーが満面の笑みでパチパチと拍手してくれた。いい気分です。
全員転移した後、転移部屋に魔法で煉瓦の壁を作った。担当はオークリー。
森の中の煉瓦小屋。ただし、窓も扉はないので誰も入れない。私たち以外が入れたら困るからね。
帰る時は撤去するので問題ない。
でも、仮設小屋なのになんかオサレ。あとでこっそり自分の別荘にでもするつもりか?
ったく新婚はこれだから。
だが、爆破するので問題ない。
するすると木に登って周辺を確認していたライラが戻ってきた。
「うん。村の南側の森だね。向こうに道も見えた。
ただ、思ってたのよりちょっと下に出ちゃったから、村までは30分くらい上らなきゃならないかも」
「楽勝! 3時間より全然いいじゃん!
逆に、腹減らすのにちょうどいいんじゃね?」
アーチーがそう言って、包み焼に向かって、ライラが示した緩やかな斜面を駆け上っていった。
「村に入るんじゃねえぞー!」
「大丈夫! チラ見だけ!」
なら一緒に行けばいいのに。
5分ほどで道に出た。あまり整備されていない細い土の道だ。
ジョスリンによれば、村は山の反対側を下った盆地に領都を構える子爵の領地だそうで、私たちが上っている道を使う人は少ないそうだ。
街道は領都から山すそを通って南に向かっており、前世的に言えば、村は街道から外れた限界集落って感じだろう。
狩猟生活ということは、昔話に出てくるマタギ村みたいな感じなのかもしれない。
「親方ぁ! すげー! なんかすげー!」
あと半分くらいかなっていうところで、アーチーが叫びながら下りてきた。
「わかんねーよ! 何がすげーんだよ」
「なんか聞いてたのと違え! すげーでっけえ家! あとすげー金ピカのババア!」
「そうなの?」
ライラは首を振るだけだった。
「そんなのないはず。5年くらい帰ってないからわかんないけど、手紙にはそんなこと書いてなかったし」
「マジであったんだってば!」
アーチーに急かされて坂を上る。
そしてその先には、アーチーの言ったとおりの風景が広がっていた。
山の斜面に沿って大きな家が並んでいる。写真で見たヨーロッパの森のリゾートホテルみたいな3階建ての立派な木造建築だ。補強用の漆喰の白が、燻した木の色といいコントラストを醸している。
その間を走る白い石畳の坂道を、ロバが荷車を曳いてゆっくりと下ってくる。
入り口すぐ先の小さな広場の中央には、お婆さんの像が、手に持った葉っぱを自由の女神みたいに空に掲げていた。もちろんお婆さんも葉っぱも金色に輝いている。
「あれ? ジョスリンとライラじゃないの。お帰りー」
呆然と立つ村出身の夫婦に、野良着を着たおばさんがのんびりと声をかけた。
背中には草が詰まった籠を背負っている。
「……母さん、お帰りじゃなくて。
これどうなってるのよ」
おばさんはライラの母親だったみたいだ。
「これ? ああ、あの家のことね。
そう言えばあんたはしばらく戻ってなかったわね。
そりゃびっくりするわよね」
うんうんとひとりで納得しながら、ライラ母は続けた。
「ほら、あんたも飲んだでしょ、ハンニのおばあちゃんの薬草」
「あの苦いやつ?」
「そうそう。この背中のやつ。
で、この薬草がね、なんでも幻とか呼ばれてる草だったみたいで大騒ぎになったのよ。
領都の薬屋に引き合いが殺到して、子爵様もたくさん作ってくれって言うから言われたとおりに作ったら、こうなったってわけ。
不思議よね。ここじゃ採り切れないほど生えてくるのに、他じゃ育たないんだって」
「……」
「家も建てちゃったし、魔道具も買っちゃったし、ハンニさんの像もできちゃったし、もうお金の遣い道がないのよ。
あ、そうだ。あんた、どこかいい投資先知らない?」
山の村は薬草バブルだった。




