第32話
これまでの位置確認は、誰かが竪穴を掘って地上に出て、周囲を歩き回りながら「この辺かな」とアタリをつけるという方法だった。
でも、王都離れて土地勘がなくなるにつれ、アタリをつけること自体が難しくなっていたのだ。
だが、ジョスリンとライラが加わったことでその問題は一気に解決し、工事はスタートの頃の勢いを取り戻した。
地上探査の時間も、作業開始前に変更された。
今日の作業範囲の地上情報を得て、それを共有したらすぐに地下作業をはじめるわけだ。
一日の終わりにやるのより、数段効率がいい。
まず、現在地点から地上へ向けて階段を伸ばし、仮出口をつくる。
そこから地上に出て、ライラが俊足を活かして先の地形を確認しに行く。
その間ジョスリンが周辺を調査する。北からの旅人がいれば、先の道路情報や魔物の出現状況を聞き出す。
ライラが戻ったらダンジョンに戻り、仮出口を塞ぐ。
これで探査完了だ。
外に向かう階段はそのままにしておく。
この前までは全部埋め戻していたが、ベンが入り口をふさぐだけでいいんじゃないかと言い出し、
実際やってみたら問題がなかったのだ。
出口を塞いだすぐ後に、上に残ったベンがそこを掘り返してみたが、そこにはただ土があるだけだった。
でも、ダンジョン内部から見れば、穴は地面すれすれまで伸びている。
つまり、ダンジョンへの入り口は内部からしか作れない。
ダンジョンは現実空間の距離や方向の影響を受けるのに、外部から見れば出入り口のないダンジョン1層は現実の外にある亜空間なのだ。
そんなことは、操作盤のどこを触っても書かれていない。
新たに発見したダンジョンの特性だった。
埋め戻し作業も必要なくなり、1日1本のペースで作られる階段は、目印にも緊急脱出口にもなる。
ベンのお手柄だった。
「ベン、ありがとな。
なんか欲しいものあるか?」
「お? いいのか?
そんじゃあ、この山抜けるまでクラックは俺一人にやらせてくれ」
「は?」
「いや、クラック面白えだろ? やらせてくれよ」
「いいけど」
「あ、言ったな! もうやりてえって言ってもやらせねえからな!」
「どうぞどうぞ」
「やりぃ!」
ワーカーホリックへのご褒美は仕事。
私は親方としてまたひとつ学んだ。
朝の冒険者組の報告から方向と深度を決め、探査チームが地質を調べ、土魔法士チームが地盤を軟化させ、私がダンジョン機能で掘り進める
このリズムが定着したことで、地盤によって多少のばらつきはあるが、工事のペースは一日6キロ前後で安定した。
トンネルの基本のルートは、北に向かう街道に沿う形だ。
街道を前世の国道とするなら、このトンネルは、カーブする国道を何度も高架でまたぎながら直進する高速道路みたいなものだ。まあこっちは地下だけど。
深さは地上から概ね7~8m。なるべく平坦に進み、時々勾配をつけて深くなりすぎないよう調整する。
水脈があれば上か下に回り込み、岩盤は短距離の掘削を繰り返してクリアする。
峠では街道から離れ、山中を直線で突っ切る。
こうすれば距離のロスも最小限に抑えられる。
工事スピードは、ここにきてさらに上がっていた。
今掘り進んでいるあたりがジョスリンとライラの出身地に近く、地中の情報まで教えてくれるのだ。
まっすぐ進むとすぐ崩れる崖に近づくからここは左に迂回した方がいいとか、そっちには地下に川が流れているとか、どこに何があるか子供のころから知っているので、ルート設定に迷うことがない。
「ライラ天才! 俺なんか近所の店の場所でも忘れんのに、なんでそんなに覚えてられんの?」
休憩時間に、アーチーがライラを絶賛する。
「子供のころから毎日狩りに行ってれば嫌でも覚えるわよ。山3つ分が村のテリトリーだったから、この辺りから先はもう庭みたいなものね!」
「そっか、狩りしてたのかあ。だから足早えんだな。
そんで、何狩ってたんだ?」
「一番多いのはボアかな」
「あー、ボアかあ。なんか固くて苦手なんだよなあ」
「それは君がちゃんとしたボアを食べたことがないからだね。ボアは柔らかいんだよ」
妻が褒められるのを微笑んで聞いていたジョスリンが参戦する。
「ほんとっすか?」
「本当だとも、うちの村のボアの泥包み焼を食べたら驚くと思う。特にヒレは噛んだかどうかもわからないくらい柔らかい」
「食いてえ!」
それは私も食べてみたい。
私は食にこだわりがある方ではなく、「米がない?それが?」とか口走る転生者失格の女だが、あの紳士なジョスリンがそこまで言うなら、すごく美味しいに違いない。
ただ、その村はこの先の山の上なので、近いようで遠い。
『選べよ』の時間が終わったら、ゆっくり旅でもして、立ち寄ってみようかな。
車座にはクレイグも加わって、名物料理の話が盛り上がっている。
追加メンバーがこのふたりでほんとよかった。
まるで昔から仲間だったみたいに打ち解けている。
この日も無事に仕事を終え、転移陣で工事事務所に戻ると、なぜかマリアが待ち構えていた。
「エリー、お疲れ様」
「おつかれー。どしたの?」
「確認に来た。
最近、報告書に『順調。○○キロ進む』としか書いてないんだけど、問題はないんでしょうね?」
「ないです。ほんとに順調」
「ならいいけど。何かあったらちゃんと知らせるのよ?」
「わかってます!」
心配して来てくれたみたいだけど、ほんとに順調だから書くことないんだよ。
「あ、再開してからどのくらい進んだ?」
「え? 記録してないの?」
「してるけど足し算めんどくさいから教えて?」
はあああ、とマリアは長いため息をついた。
「そういうとこよ、エリー。
今全体の数字を言うから、報告書に書いときなさい。それで、明日からそこに自分で足してすぐわかるようにしておきなさい」
「かしこまりました!」
「ええと、工事を再開してからの掘削距離は約140キロ。開始からの合計は220キロ。直線距離で見て、侯爵領までの4割くらいは進んでるわ。
達成率は120%オーバー。まあ上出来以上ね」
「おお!」
いいペース。これなら1ヶ月は前倒しできそうだ。
話を聞いていたメンバーもハイタッチしている。
みんな頑張った。なら休まなきゃ。
「おし! あと3日で再開から1ヶ月だから、また3日休み入れっぞ!」
「っしゃ!」
「困る!」
ベンを除き、連続ハイタッチとなった。
その3日後の工事終わり、雑談ついでにそれぞれの予定を聞いたら、ライラが言った。
「村に顔を出してくる。
今朝の仮出口を使えば、3時間くらいで行ける距離だからね」
「そっか。せっかく近くまで来たんだから行ってくるといいよ」
「それで、申し訳ないけど、明日の朝と工事再開の日に、出口の開け閉めをしてほしいの」
「うん、任せて」
「俺も行っていっすか?」
アーチーが勢いよく割り込んできた。
「いいけど、何もないよ?
山の恵みに頼って細々と生きている村だから」
そう苦笑するジョスリンを、アーチーは全力で否定した。
「泥包み焼があるじゃないっすか!」
「あ、そんじゃ俺も行く」
クレイグが乗っかる。なら私も乗っかる。
こうなると流れは止まらない。
「ううう……、仕事したいけど食いたい」
最後にベンが参加表明し、私たちの休日の行き先が決まった。




