第29話
例えば上司のプレゼン用に資料を作っていたとする。
資料が出来上がって、チェックをして、その上司に「できました」って持っていって、OKもらって帰ろうと思ったら、その上司が「あ、別件なんだけどさ、クライアントから急ぎで見積もり依頼が入って」とか言ってきたとする。
どう思う?
「おお、売り上げアップだ!」って喜ばなきゃいけないのかな?
私は「それ今じゃなきゃダメ?」って思うタイプだった。
なあ、ダンジョンさんよお、なんでこのタイミングでそれぶっ込んでくるわけ?
『ダンジョン進化条件を満たしました。ダンジョンレベルを上げますか?はい/いいえ』
私は転移部屋の入り口から、ダンマスがいるはずのコア部屋へと踵を返した。
「あ、お姉ちゃん、今行こうと思ってた!
また出たね!」
ダンマスはわっくわく。
「うん出ちゃったね……」
「『はい』押す? 私が押さないといけないんだよね?
新しい魔物出せるかな?」
あそっか。これダンマス承認案件だ。
明日から工事に付きっきりになるので、ノーラと時間を合わせられるか微妙。
中身全然確認してないけど、レベル上げるのだけは今やっとくしかないか。
「そうだね。押しちゃって。
新しい魔物も出せるようになると思うけど、出す前に誰かにちゃんと相談するんだよ?」
「わかった!」
と同時にボタンが押された。
例によって、音も振動もない。
コアの明るさは同じだけど、白かった光が薄い青に変わった。
無事進化したようだ。
ここから先は調べてから。そんな時間当分取れそうにないけど。
工事向けの新機能があるかもだけど、検証するまで使えないし。
せめてもうちょっと前だったらなあ。
「あ、ノーラ。魔物のとこ以外は触らないようにね」
「うん、大丈夫!難しくてわかんないから」
さよか。
間違えて新階層とか作ったら工事用の魔力が足りなくなりそうで怖いんだけど、その心配はなさそうだ。
よし、今日はほんとにここまで。
これ以上何かが起きないように、ダッシュで帰って寝た。
翌朝。
集まった職人を前に、ギルド長の挨拶がはじまった。
私は少し前から、一番後ろで職人たちには見えない操作板を冷や汗を流しながら触っていた。
UIが変わってやがった!
昨日確認とくんだった!
ギルド長の挨拶があっさり終わる。
短えよ!
使えねえなほんと。ジジイならジジイらしく、もっとダラダラ喋れや!
「じゃあ工事開始だな。
おいエリー、親方がそんな後ろにいてどうする。
前に出てこい。
そんで、開始の掛け声を頼む」
ダメだ、間に合わない。前のと全然違う。
せめてどこに何があるかだけでも把握しないと先に進めない。
私はそれでも親方っぽく堂々と前に立つ。
そして苦渋の第一声を発した。
「えーと……、きゅ、休憩っ!」
職人たちはポカンとし、ジジイは「ふざけてんじゃねえ!」と私の頭を叩いた。
私はジジイの挨拶よりはるかに長い時間、釈明会見をする羽目となった。
20分くらいかかった。
魔法契約のおかげで「だってダンジョンが……」と話せたのは助かった。
「朝イチでPC立ち上げたら勝手にOSが変わってた」と言っても通じないので、「魔法書がいきなり別の言語になってたって想像してみろコノヤロー」って逆ギレ気味に説明して、なんとか納得してもらった。
そこからさらに小一時間ほどかけて、私は操作画面の解析を行った。
結論を言えば、設計思想が変わっていた。マジでやめて欲しかった。
今やっているトンネル延伸の場合だと、最初はある意味ゆるくて、エリアを指で囲って「このあたり掘ってねー」でちょっと進むっていう感じだった。
地質とその時アバウトに使った魔力によって、微妙に掘れる長さが違ったりしていた。
細かいことはできず、正確でもなかったけど、ノーラでもなんとか使えた。
パワーが上がり、込める魔力の量は5段階で調整できるようになり、アバウトさは残るけど使えるようになってきたのがレベル2。
「この場所からのこっちの方向に3の力で丸く掘って」みたいに指示を出す感じ。方向の制約はなし。
望む形にするには経験が必要だったけど自由度はあった。
で、その経験を積んでる途中にレベル3になった。
アバウトさがなくなり、経験は無駄になった。
「半径2.5mの穴を右5度の方向に18m直進」とかカッチリ指定しなければならなくなったのだ。
正確性は増したけど、経験でどうこうするという話ではなくなったので、「良くなったのはわかるけどさあ、前の方が使いやすいんだよねえ」っていう感想が出るタイプの改良である。
でも最大の問題はそこじゃない。
その指定方法がコマンド入力みたいなやつになってんの!
また変な位置に極小のへルプボタンを発見できたから良かったけど、そうじゃなかったらここでお手上げになるところだった。
その指定がまたやりにくいの。
さっきの例で言うと「R2500mm,355°,18000mm,straight」と正確に入力しなければならないのだ。しかも一行で。
くそめんどくせえ!あとミリ単位にする意味は?
そんで「直進」ってあるからカーブもできるのかと思ったら、それは指定不可。じゃあ最後のところ要らないじゃん!
レベルが上がればできるのかもしれないけど、今その準備しなくていいよね?
500km、5億mmって指定したらどうなるんだろうと思うけど、やってみる勇気はない。
想像としては、①エラーになる、②行けるところまで行って魔力がなくなって地下街ごとダウンする、のどちらか。②だったら地獄だ。多分中止コマンドなんてないだろうし。
まあ、どっちみち地質を調べながら進むわけだから、地道にやってくしかない。
ふう……。
これ以上ここでゴネても仕方ない。使いながら慣れていくしかないのだ。
気合を入れ直す。
「悪ぃ、待たせた。
なんとか使えそうだから、やってみっか。
そんじゃ、お前らいくぞ!」
「おう!」
待たされたにも関わらず、全員から威勢のいい声が返ってきた。
さすが穴掘りの精鋭5人。仕事を前にすれば、一瞬でスイッチが入る。
「えっと、まずはコリンだな。この先に水とか岩とかねえか、探ってくれ」
「終わっている。200m先までない」
ギルド長が南ギルドから連れてきた探査魔法士コリンが、魅惑のイケボで短く答えた。
私が新OSと格闘しているうちに、初回探査を終わらせてくれていた。
いいねぇ。職人として自分のやるべきことがしっかり見えてる。
こいつと仕事するのははじめてだけど、顔合わせから私を小娘だと下に見ることもなかった。
こういうタイプとは、間違いなくいい仕事ができる。
「さすがだな。
じゃあ早速一発目だ。
ダンジョンの穴掘り、見とけよ?」
200m先までOKなんだったな。
私は慎重にコマンドを入力する。
「R1500mm,0°,200000mm,straight」
数字に「,」が入らないので見にくい。桁数を2回確認して実行ボタンを押す。
「……」
「姐さん、すげっすよ! なんだこれ、すげえ!」
他の4人があっけに取られる中、クレイグが大騒ぎしながら駆け寄ってきた。
私たちの目の前には、高さ3mの円形のトンネルが、200m先までまっすぐに伸びていた。




