第26話
凍っちゃだめだった。
慌ててスタンリーさんが言い訳をしたけど、ワタワタ具合が完全に逆効果だった。
今日に限って言えば、スタンリーさんが全部悪いと思う。
誰だよ「神の力を持つ天才土魔導士」って。
快適な室温と清浄な空気、謎の照明、受付で待つ間に傷つけた壁の自動修復と次々に証拠を挙げられ、私たちは認めるしかなかった。侯爵がダンジョン踏破経験者だったのが想定外だった。
潔く認めて説明した。
だが、侯爵は満足せずどんどん突っ込んだ質問をしてくる。
私は頑張った。
認めつつ、詳しいところはぼかしつつ、躱そうとした。
でもね、スタンリーさんがポンコツすぎて無理だった。
侯爵の「ターナー殿、本当か?」で私の努力が無駄になるのだ。
私の前世がらみの話は死守したけど、それ以外はほぼ全部知られた。
もちろん草原階層もバレて、案内させられた。
さすがに『選べよ』の話はできないので、
「作ってみたけど使い道がないので、災害の際の避難所にでもならないかと思って」
と説明したら、なぜか納得した。
「災害もそうだが戦の備えにもなるな。私が得た情報によると、西の帝国の動きが少しきな臭い」
ああ、なるほど。
攻めてくるんだから予兆はあるか。
それがわかってもどうしようもないんだけど。
「しかし、ダンジョンがこんなに役立つのなら、わが領のダンジョンを攻略したのは失敗だったな。
バカリーダーが、なんの考えもなしにコアを破壊してしまわなければな。
まあ、バカだから仕方ないが、本当に残念なことをした」
「誰がバカだゴラ。黙って聞いてりゃ適当なこと言いやがって。ヴィンセント、てめえ誰のおかげで生きて帰れたと思ってんだ。
コアつぶさなきゃ、お前ボスに負けただろうが!」
「負けねえわ!」
護衛の男性は侯爵領のギルド長、噂のバカリーダー当人だった。
冒険者のノリで喧嘩が始まった。
低次元の応酬が続き、とうとう侯爵がキレた。
「つまり、お前は最初から俺を信頼していなかったっつうわけだな?」
ギルド長も怒鳴り返した。
「そんなもん信頼してるに決まってんだろうが! じゃなきゃ何十年もつるんでねえよ!」
「……おぅ。でへへへ……」
「でへへへ……」
茶番だった。
口を挟むわけにもいかずハラハラしてたのに、5分くらいのネタを見せられた気分だった。
とても懐かしさを覚えた。
「まあ、そういうわけだから、この男は完全に身内と思ってくれていい」
何ごともなかったかのように侯爵が私たちに言った。
「で、本題に戻るが、ツィードベリー領でもダンジョンの地下街を導入したい。
なんとかダンジョンコアを手に入れなきゃいかんな。
カラム、何かいい方法を思いつかんか?」
「ん? 別にコアを探さなくとも、このダンジョンをうちの領まで延ばせば済む話だろ?」
カラムさんが暴論を口走った。
「おお! それなら簡単だ!
王都からここまで延ばせるのだから、わが領まで延ばせるのは道理だな」
道理じゃねえよ。
「では、エリー頼む」
「何言ってんですか? 何キロあると思ってんですか?」
「直線距離にして500キロ程度だな。神の力を持つ土魔法士なら問題ないだろう?」
ねえ、理不尽なこと言わないんじゃなかった?
スタンリーさんを見る。
弱々しく首を振られる。
あーもう!
「問題ありまくりです! あたしゃ普通の土建屋ですよ?」
「ほほう。だが、できないとは言わないのだな」
「時間があればできはすると思いますけど、現実的じゃないです」
ダンジョンは亜空間だが、この世界と繋がる第1層に限っては現実世界の一部でもある。
つまり、入り口は複数作れても、500キロ先の入り口は500キロの穴を掘らないと生まれないのだ。
「だが、完成すればメリットも大きいぞ?」
「そのメリットは侯爵様のメリットでしょう?」
「いや、そうばかりではない」
私を見据えた侯爵が、シェルター計画の弱点を指摘しはじめた。
「4千人の避難所だそうだが、王都の民は20万。全くに足りおらんではないか」
災害にせよ戦にせよ、4千人だけ救って残りは見捨てるのか?」
「いえ、もっと広げる予定です」
「それで全員を受け入れられると?」
「全員は無理かもしれないけど、できるだけたくさん受け入れたいです」
「結局一部ということだな。大多数を見捨てるということで変わりはないではないか」
「大多数を見捨てる」という言葉の重さに声が詰まる。
それでも手は緩まない。
一部しか受け入れられないのなら、その一部をどうやって選ぶ?
基準はなんだ?
選ばれなかった者が押しよせたらどうするのだ?
どうやって食わせる?
等々。
「できるだけ頑張る」の化けの皮はがされてゆく。
やるなってこと?
「だがな」
侯爵はスッと圧を弱めた。
「ツィードベリー領に繋がれば、その問題はかなりの部分が解決できる。
避難民は、このトンネルを通って私の領に逃げ込める。
私の領でもかなりの数が受け入れられるし、東のポトラ王国の辺境公も協力してくれるだろう」
「あの、東の国とは戦っているのではないですか?」
「それは昔の話だ。今は貿易も交流も盛んで関係は極めて良い。
この国の王都よりずっと近いのだ。隣同士、争うより仲良くした方がお互いにずっと得だからな」
地図を思い浮かべる。
この国と東隣の王国との間には南北に山脈が横たわっていて、両国を分断している。東の国ポトラは前世のチリみたいな南北に細長い国だ。
だが、その山脈は北までは伸びておらず、侯爵領との間を隔てるものはない。
関係が改善されたのなら、交流は放っておいても進むだろう。
でも、その話は初耳だった。
「王城はそのことを知っているんですか?」
「知るはずがないだろう。私が今も戦っていると報告しているからな。
王家も王都の貴族も、偏屈な侯爵が居座る北には興味がない。
つつけば面倒なことになるのがわかっているので、防衛費を渡して北に引っ込んでもらっていた方がいいのだ。
私も、敵が健在だと言って防衛費をもらっておいた方が都合がいい。
金づるの王家に表立って立てつく気もないし、ある意味では、こちらも利害が一致しているということだな。
というわけでエリー、やってくれるな?」
こっちの罪悪感を煽るだけ煽って、その罪悪感を無くすことをメリットとか言いやがった。
私は何も悪いことをしていないのに。
ムカつくけど、断る言葉が出てこない。
それは、どこかにやってみたいという気持ちがあるからだ。
私のふたつ名は小モグラ親方。穴掘りのスペシャリストだ。500キロのトンネルにロマンを感じるのは仕方ないのだ。
罪悪感の話を抜きにしても、それは確かに私にとってのメリットだった。
普通のトンネルなら、考えるまでもなく地盤や出水などのリスクが山積みで、とでもじゃないが手を出そうとなんか思わない。
でも、ここはダンジョンだ。掘ったトンネルは亜空間の特性も併せ持っている。
つまり、トンネル工事につきものの問題は発生しないのだ。
最初に掘った6キロで、そのことは検証済みである。
これは私のフィールド。可能性はある。
「……わかりました。保証はできませんがやってみます。それでいいですか?」
「了解した」
わかってる。
侯爵の要請を受けるってことは、シェルター計画を捨てるってことだ。
保証はできないって言ったけど、後戻りはできないのだ。
それはそれとしてムカつく。
せめて何かお返ししたい。
……あ、思いついた。
「ただ、ひとつだけ条件があります」
「なんだ?」
「カラムさんとふたりで今夜劇場に出て、さっきの喧嘩をやってください。
やっていただけないのでしたら、この話はなかったことに」
「その程度か。客の前で適当に口喧嘩すればいいのだな? わけもない」
北の冒険者コンビ「ノースバウンド」は見事にすべった。
ざまあ。
うちの劇場の目の肥えた客に、行き当たりばったりの素人の口喧嘩がウケるわけはないのだ。




