第25話
4月になり、いよいよ草原の改造に着手することになった。
最初の予定ではもっと早く始めるはずだったのだが、遅れた理由は地下街が予想以上に盛り上がったのがひとつ。そして最大の原因が、開発責任者のマリアが「避難所じゃなくて街にする」と譲らなかったことだ。
まあ、秘密プロジェクトである草原開発は、『選べよ』の空白期間に入ってからの方がいいという判断もあったので、4月までに開発計画を設計から全部見直すことにしたのだ。
どうせやるなら徹底的に、とみんながアイデアをぶち込んだ結果、できあがったイメージ図はこぎれいな住宅街そのものになった。
前世目線で言えば多少安っぽさが漂うニュータウン。
安っぽい原因は建物が小屋であるせいだが、ダンジョンのメニューにそれ以外の建物がないのだからしょうがない。色を塗っても30分で消えるし。
間取りは2LDK。家の前には菜園まである。
草原を直接畑にすることはできないが、石で大きなプランターを作り、農場から土を運び込んだらいけた。
これはデレックさんのアイデアだ。
マリアといいデレックさんといい、私より頭がやわらかいんだよね。
私は工法とか考えるのは得意なんだけど、土建分野以外だとなかなかいい案が出てこないのよ。
何でもある時代は頭を固くするのかも。
ま、適材適所ってことで。
「畑ができたなら水耕栽培はいらなくないです?」
「いや、収穫量も品質も水耕栽培の方が上なんだよ」
ということで水耕栽培施設は逆に拡張。
「こうなるとバレるのが怖いね。特に貴族に」
安息日の定例会議の席でマリアがそう言うと、スタンリーさんが頷いた。
「そこは目を光らせているが、あれだけ地下街が盛り上がっても、宮廷では話題にもなっていない。
とことん平民に関心がないんだろうね。
ただ、それも時間の問題かな。
貴族と付き合いのある商人から、いつかは伝わると思っておいた方がいい」
「その商人はいつごろ来そうですか?」
「早ければそろそろ動き出すんじゃないかな。
彼らは単価の安い屋台商売には見向きもしないが、ミゲルの評判はもう耳に届いているだろうから」
となると、地下街の防衛ももう一段強化しなきゃならないかな。
草原みたいに転移陣でしか入れない構造にできれば楽なんだけど、一般客が出入りする場所だからそうもいかないしなあ。
そうだ。ここは偉い人の意見を聞いてみよう。
「スタンリーさん、地下街を歩いてみてもらって、貴族の目線から保安上の問題がありそうな場所があれば教えてもらえますか?」
「エリー、僕は農業技官だよ?
今日明日に貴族がやってくるわけでもないし、護衛専門の冒険者とかを交えてじっくり対策を考えた方がいいと思うんだけど」
「はい。それは別にやりたいと思います。でも、とりあえず見てもらえますか?
スタンリーさんはうちでは貴重なお貴族様なんですから」
「それは構わないけどね。まあ、あまり期待しないで」
一番奥の劇場から見て回ることにした。
劇場を出て廊下を歩いていると、受付のお兄さんが小走りでやってきた。
「あ、スタンリーさん、ここにいたんですか。
会議室にいないから探しちゃいましたよ」
スタンリーさんは貴族扱いを嫌う。はじめは固かったスタッフも、今ではすっかり馴染んだ。
「あの、ツィードベリー侯爵っていう方が『ターナー男爵はいるか?』って来てるんですが」
「え?」
おい。
絶対来ないって言ったじゃん!
でも、最速で来ちゃったってどゆこと? しかもすっごい偉い人。さらに名指し。
責任取れ。
「……いないと言ってくれ」
「あ、いるって言っちゃいました」
あーあ……。これは迎えるしかない?
スタンリーさんに小声で聞く。
「何か言われますかね。ここを寄越せとか」
「それはない。見に来ただけだろう。侯爵様は話の分かる方だから、理不尽なことは言わない。はずだ」
そこはせめて断言して欲しかった。
受付に向かうと、入口のホールに大柄な男性が立っていた。
五十がらみで、旅装のままだ。隣には同年代の護衛らしき人物が控えている。
「スタンリー殿、久しぶりだ。一応言ってみただけなのだが、まさかほんとにいるとは思わなかった」
ツィードベリー侯爵はそう言って、スタンリーさんの手を握った。
「会いたかった。お元気そうで何よりだ」
「もったいないお言葉です。こんなしがない男爵風情を気にかけていただき、恐縮するばかりです」
「何を言うか。ターナー家は北部の恩人だ。見せかけの爵位など問題ではない」
私たちは侯爵を会議室に案内し、そこで話が始まった。
侯爵は事情を知らない私たちのために、ターナー家と侯爵の繋がりについて話してくれた。
先々代のヒュー・ターナー男爵、つまりスタンリーさんのお祖父さんは、寒さに強い小麦の品種を作り出し、国を冷害から救った人物だった。
特に恩恵を受けたのが北部で、当時の侯爵はその功績を評価して昇爵を強く推した。
しかし王家は却下。
それどころか、母親から受けついだ髪色が少し王家と似ているということが不敬だ言い出したのだそうだ。
「祖父から何度も聞かされたよ、あの時の王のセリフを。上に立つ者の悪しき例としてな」
侯爵が静かな声で再現した。
「『守った?その種が運よく寒さに強かっただけではないか。功績というならそのような遊びを許していた我の功績だ。うむ。そう告知すべきだな。
そもそも戦う力もない土魔法士が国を守れるはずがないのだ。それにあの無礼な髪色。牢に送られないだけで十分だと思え』。
難癖をつけて臣下の功績を奪い取る。そんなものを王とは呼ばん!」
そう吐き捨ててかぶりを振った。
その一件以来、侯爵家は王家と距離を置くようになったのだという。
功績は王のものとされたが、真実を知る北部ではターナー男爵家は今でも恩人扱いで、スタンリーさんの実直な人柄もあって孫の代の今もその関係は続いていた。
「北に来た冒険者から地下街の話を聞いた。地下に商店街があると言うので、初めは冗談かと思ったのだが、調べてみたら出資者にスタンリー殿の名前があったので気になってな。
ちょうど王都に来る用があったので立ち寄ってみたというわけだ」
侯爵は冒険者資格を持っていて、侯爵領の現ギルド長は昔のパーティーメンバーだという。
冬は雪に閉ざされる北部の領地で、地下街の仕組みが使えるのではないかという興味もあったとのことだ。
「それで」
侯爵が私を見た。
私はスタンリーさんから「設計と施工を担当した土魔法士」として紹介されていたが、侯爵の目には土魔法士への蔑みではなく、悪戯を思いついた悪ガキのような光があった。
「ひとつ聞いてもいいか?」
「はい。何なりと」
「ここは、ダンジョンではないのか?」
会議室が凍った。




