第23話
2日間かけての準備も無事終わり、ついに地下街はリニューアルオープンした。
開店と同時に、並んでいたお客さんがなだれ込んでいく。
もちろんお目当ては屋台村だ。
押し寄せた客に少し驚きながら、それぞれの屋台はスタートからフル回転で自慢の料理を提供する。
さすが人気店、人出には王都で慣れているせいかパニックになるところはない。
あ、農場のおじさんの肉汁屋さんがマズいかも。
と思ったら、マーガレットさんがスッとヘルプに入ってくれた。助かります。
あっという間に客席は埋まり、ひとり3杯までの制限付きだけどエールを解禁したこともあって、場の雰囲気は一気に盛り上がった。
最初の注文ラッシュがひと段落したところで、マリアがステージに登場する。
きれいなお姉さんの登場に、おっさんたちの視線がステージに集まる。
マリアが、拡声の魔道具に向かって第一声を上げる。
ものすごく高かったけど、ステージにはマイクが必要だのだ。
「みなさん、楽しんでますかー?」
「おお!」「楽しんでるー」「はーい」
客席からパラパラと返事が返る。
それに頷いて、マリアが吟遊詩人について話しはじめる。
隣町で人気であること。これまでにないスタイルで、吟遊詩人の最先端を走っていること。このイベントのためにわざわざ駆けつけてくれたこと。
いいのかな。その推し話、どんどんハードルを上げているんだけど。
吟遊、いや漫談の人は、隣町ではやっかみの対象である王都をネタにしていた。
地方都市で東京の悪口を言うみたいなもの。
ところがここのお客はほとんどがその王都の住人である。
前世、地方都市の営業に来た芸人が、その街をいじりまくってドン引きされたというニュースを読んだことがあるが、このエセ中世世界でそんなことをやったら、物理的に袋叩きに遭う危険性がある。
それなのに、マリアにがっつりハードルを上げられて、彼はうまく観客を喜ばせることができるのだろうか。
「お待たせしました。それでは吟遊詩人ミゲルさんの登場です!」
舞台下手からミゲルが登場した。なぜかすごくかったるそう。
「はあああ」
いきなり深いため息。
「ったく、家でワイン飲んでるはずだったのに、新年早々こんなところまで呼び出されて、やってらんないですよ……」
ポロンとリュートを鳴らして、客席を見渡す。
いきなりのぼやき。お客さんは戸惑っている。
「それにしても、みなさんヒマなんですか?
いいですよね王都は。朝っぱらから温かい場所でエールかっ食らって、誰にも怒られないんだから。さすが王家のおひざ元ってことですかね」
うわあ、心配してた王都いじりやっちゃったよ。
ほら、引いてる。真に受けたお客さんなんか睨んでるよ?
ジャカジャカジャーン!
そのタイミングで、嫌な空気を断ち切るようにリュートがかき鳴らされる。
「王家。素晴らしいですよね。
みなさんご存じの通り、どこの国でも王家というのは、ご立派な人ばかりなわけです。(ポロン)。
大人の王族ともなれば、世の中のことが全部わかっていて、『民のために~』なんてうまいことを言って、ちゃっかり増税なんかしたりするわけですよ。(ポロン)。
あ、ご立派な方々ですから。あたしたち平民を思ってのことですから。どんなに生活が苦しくなったって、ありがたいと思わなくちゃいけません。(ポロン)」
あ、落語のマクラだわこれ。
「でも、年若い王子様となるそうはいきません。ちやほや甘やかされて育ってきたもんですから、下々のことなんて何もわかっちゃいない。こうやって朝っぱらから屋台の串焼きをかじっている人間がいるなんて、考えたこともないわけですな。王子殿下の世界に串焼きは存在しませんから」
客席から軽く笑い声が上がる。
「それじゃいけないってんで、真面目なお傍仕えの人が、殿下のためにとちょっとお小言を言ったりするんですよ。
『殿下、下々にも目をお向けください』
『馬鹿者! 食事中に便所の話をするな!』
そういうシモじゃあないんですが……。
あ、お食事中でしたね。串焼き美味しいですか?(ポローン)。
まあこの国ではそんなことはありません。ね?そうですよね?そうだと言いましょう!
(ジャガジャン!) さて、もう滅んでしまった遠い異国の話なんですけどね、その国の王様には3人の王子殿下がおりまして、中でも末の王子様というのがなかなかの傑物でございました――」
嫌な予感がした。
そしてその予感通り、噺は私にとって最悪の方向に進んだ。
ミゲルは、なんと私の死刑をネタにしたのだ。
あ、「既に滅んだ遠い異国の話」か。
いや、それにしたってヤバくない?
私らしき「マッタリーナ」は地味な平民の娘で、さらにものすごくどんくさかった。
あんまり頭の出来もよくないのに、王子の通う学校を思い出受験し、採点ミスで合格してしまう。
同じ学校に平民がいることが気に食わない王子は、どんくさい娘にイラつき、その娘をいじめはじめる。
王子の方からちょっかいを出すので、王子との接触機会は増える。
娘は王子の姿を見たら逃げるようになるが、どんくささゆえ逆にどんどん墓穴を掘ることになる。
階段では躓いて転んで王子に体当たりし、食堂ではよろけた拍子に王子のオーダーメイドの服にスープをぶちまける。
度重なる王子への「暴行」に、とうとうマッタリーナは捕まり、死刑になってしまう。
何も悪いことはしてないのに……。
恨みを残した娘は幽霊になって、王子の枕元に立つようになる。
ただ霊になってもどんくささは変わらず、かけようとした呪いは全部失敗する。
そのうち諦めて、ただ枕元に毎日現れ、王子の安眠を妨害するようになる。
これが地味につらい。
退治しようにも剣では切れない、教会の司祭に頼んでも恨みが強いせいか浄化できない。
やがて王子は睡眠不足でミスを重ねるようになる。
学園の成績も急落する。
国王からも見放される。
マッタリーナのどんくささ、寝不足でだんだんおかしくなっていく王子の様子が誇張され、客席がは笑いの渦となる。
そして噺は終わりに向かう。
その日もいつもの時間に現れてブツブツ言うだけの半透明のマッタリーナに向かって、失意の王子は言う。
「くそ。こんなことならお前に関わるんじゃなく、最初からどこかに遠くに幽閉でもしておけばよかった」
幽閉の意味がわからないマッタリーナは、首をかしげながら返す。
「ユーヘイ?
いいえ。私は」
左右に視線を動かしながら2人を演じ分けていたミゲルさんが正面を向く。
「ユーレイでございます」
一瞬の静寂の後、ホールは大喝采に包まれた。




