第19話
翌日からマリアは猛烈に働き始めた。
事務所は草原の中型小屋。実験用に作った家具をそのまま置いたモデルハウス状態だったので、ちょうどよかった。
私の家に下宿して、朝は徒歩500mで職場だ。
天候も寒さも関係なく、ノーラからアズールスライムの「アズ」というペットも譲り受けて、環境は完璧に整った。
「1週間ちょうだい。必要人員と工期を見積もる」
頼もしい。
アズのきれいな青がぷるぷる揺れるのを見れば、仕事の疲れなんか吹き飛ぶと思うので、その調子でキリキリ働いてもらおう。
そんな中、ソフィーのお父さんであるターナー男爵が視察に来ることになった。
娘のことは信頼していて口出しはしない方だし、農業以外にはそこまで興味がない人らしい。
でも自分が農場との間を取り持った乗合馬車商会の副会長から直接お礼を言われ、ソフィーがここまで本気で取り組んでいるのを見て、一度確認しておくべきだと思ったらしい。
断れない。でも説明をどうするかが問題だ。
ダンジョンのことをどこまで話すか悩んでいたら、マリアが即断した。
「そんなのダンジョンだって正直に話すしかないわよ。
男爵様は土魔法士なんでしょ? 商会を作って3ヶ月ちょっとでこの地下街ができてるのが、おかしいって気付かないわけがない。
避難所のことは後回しにするとしても、ソフィーがいる限りはいずれ巻き込まなきゃならないんだから、話せることは早めに話した方がいい。貴族対策を相談できる人も必要だしね」
正論。工期の鬼はジャッジが速い。
ソフィーに話したことを仲のいいお父さんにはずっと話せなくて心苦しかったので、私としても大歓迎だ。
事前にソフィーから概要を話してもらい、当日は地下街を案内しながらデレックさんが詳しい説明をする形にした。
設計した人間については「エリーという若い土魔法士」とだけ伝えてもらい、正体は最後まで伏せておく。
これもマリアの発案だ。
当日、閉店の時間合わせ、男爵はソフィーと自前の馬車でやってきた。
「ダンジョン? うちの娘は何バカげたことを言っているんだ?」
という困惑顔の男爵を、デレックさんが出迎える。
デレックさんの部下として紹介された私とマリアは、マーガレットさんのさらに後ろで黙ってお辞儀をする。
挨拶もそこそこに地下への階段を案内すると、男爵の顔色が変わった。
無理もない。階段を下りた先に、照明完備の石造りの空間が広がっているのだから。
出し惜しみなしにどんどん紹介する。
「この先は6キロのトンネルで王都と繋がっています」
「こちらが転移部屋です」
「王都の地下です。上は協力者の平民の住居なので、立ち入り禁止となっております」
「この階段の下が第2階層です」
質問を全て「後ほど」でスルーし、どんどん進む。
そして草原階層に着く。
男爵は呆然とあたりを見渡した後、ようやく質問を絞り出した。
「デレック会長。これは本当にダンジョンか?」
「はい。最初からそのように申し上げております」
「……娘の妄想ではなかったのだな」
「お父さん……」
地下街に戻り、直売所奥の会議室でデレックさんが説明を続ける。
男爵親子の正面にホプキンス夫妻。私とマリアはテーブルの左右の端の席だ。
「なるほど。副会長が出店の口利きをしろと言ってくるわけだ」
一通り聞いた男爵がそう言った。
「口利き、ですか?」
マリアがはじめて声を上げた。
「この地下街に、乗合馬車商会が運営している店の支店を出したいそうだ。デレック商会長に頼んだが、茶を濁されたと言っていた」
「デレック商会長、そうなんですか?」
「……ああ、そんなこともあったかも。でも俺じゃわかんないからなあ。
多分適当に返事したんだと思う」
マーガレットさんがため息をつく。
「デレック、そういう話はちゃんと報告しなさい。
この前の会議で地下街を拡張して新しいお店を入れる話が決まったでしょ?その候補になるじゃない」
「ああ、年明けの休みに工事するってやつか。忘れてた」
地下街拡張の話は先月の会議で了承を取り、テナント探しはソフィーに頼んであった。
「ちょうどこの後相談するつもりでした」
とソフィーが手帳を開く。
「平民向けということで、下町の人気店を中心にリストは作ってあります」
「え? じゃあ、乗合馬車商会の人を取りまとめ役にして、そのリストから引っ張ってきてもらえばいいんじゃない?」
ソフィーの発言を聞き、マリアが外注案を提案をする。
「上手くいったら儲けが増えるような条件にすれば、本気で動いてくれると思います」
元手配師の意見に男爵が頷く。
「いいんじゃないか。副会長は真面目で信用できる人物だ。よければ私から話をするが」
「よろしいんですか?」
「うちの娘が担当しているのだろう?それに私は商会の出資者だ。配当を期待したいじゃないか」
男爵が協力を申し出、会議の空気が一気に前向きになった。
「でも12月はあと2週間よ? 新しい店を作るのは厳しいんじゃない?」
「本格的なものでなければ間に合うと思います」
ソフィーがマーガレットさんの疑問に答える。
「場所の拡張はダンジョンの力でできるので問題ないですし、お店も直売所みたいなしっかりした形じゃなく、屋台みたいなものを並べれば可能だと思います」
「あ、拡張記念の催しにすればいいんだ。それなら宣伝もしやすいよね」
マリアがポンと手を打つ。
「あのさあ、それなら近所の農場も自分とこの製品を並べたりできるか?
なんかうちだけ賑わって申し訳ない気がしてるんだよなあ」
デレックさんらしいアイディアが追加される。
「面白い」
男爵が口元を緩める。
「人気の店を屋台の形で集めるというのは、確かに目新しい。
本当にソフィーが考えたのか?」
「うん。私が考えた」
「ソフィーちゃんはうちの知恵袋なんですよ?
馬車に宣伝文句を出すのもソフィーちゃんの考えだし、新しいことを発想する才能がすごいんです。
って、お父様に自慢しちゃったわ」
マーガレットさんがあははと笑った。
「屋台の催しの実施。取りまとめは男爵経由で乗合馬車商会に委託っと」
マリアが手帳にサラサラと書き込む。串焼きの絵まで添えて。
この世界では手帳はお貴族様御用達。感覚的には1万円越えの超高級手帳だ。
なのに、うちの頭脳チームはどうでもいいようなことまで書き込む。
前世で百均ノートを使っていた私は、もったいなくてハラハラしてる。
会議が終わり、最後は男爵を銭湯にご案内する。
私は一足先に銭湯に向かい、受付前に立つ。
男爵が到着した。
今日初めて私と目が合い、男爵の動きが止まった。
子供時代の呼び方で挨拶する。
「お久しぶりです、ソフィーちゃんのお父さん」
「……カタリナ?」
「秘密にしていてごめんなさい。ちゃっかり生き残りました。
今はエリー・スミスという名前です」
次の瞬間、私は暖かな腕に抱きしめられた。
「ちょっと、お父さん!」
ソフィーが慌てて引き離す。
「すまない……」
謝りながら、男爵は照れ隠しのように、滲んだ涙を乱暴に袖で拭った。




