第18話
スープのいい匂いで目が覚めた。
リビングにいくと、キッチンに立っていたマリアが振り返って微笑んだ。
「おはようエリー。朝ごはんすぐにできるから座って待ってて」
ピンクのワンピースに白いエプロン。
新妻だ。新妻がおる。
朝ごはんはすごく美味しかった。
で、そろそろ出勤時間なのだが。
「エリー、今日はお休み?」
「ううん、仕事行くよ?」
「そうなんだ。じゃあ、私はお留守番だね。ごはん作って待ってる」
「いや、せっかく久しぶりの王都なんだから出かけてくれば?
朝も夜もごはん作ってもらうの申し訳ないし」
「遠慮しないでよ。
泊めてもらうんだからそのくらいするわよ。外寒いし。
あ、就職しないで私が毎日ごはん作るっていうのもありじゃない?」
「いや、それはなしでしょ」
「えー? 昨日『一生ここに住んでいい』って言ったのに?」
「言ってません」
マズい。地下に降りられない。仕事に行かなきゃなのに。
時間がどんどん過ぎてく。
どうしよう……。
……ああもう、バラしちゃうしかないか。
あれ?これ、逆にものすごいチャンスなのでは?
マリアは職人街ギルドの受付として、長年多くのがさつな職人相手にバチバチに渡り合ってきたベテラン。
職人情報は誰より詳しいし、人を見る目は確かだし、書類仕事やスケジュール管理といったマネジメント能力も文句なし。
私がもっとも信用する人物の一人だ。
いいじゃん!
いたよ適任者がここに。
そのカモが、荷物をまとめて我が家に飛び込んできたのだ。これは捕まえざるを得ない!
「あー、マリア。昨日言ってた就職先の件だけどさ、ひとつ心当たりを思い出した。
多分マリアにぴったり」
「本当? 紹介して!」
マリアが食いつく。
「ただ、色々と訳アリの職場でね。守秘義務がガチガチにかかるんだけど……それでもいい?」
「悪いことしてるんじゃないよね?」
「それはもちろん」
「なら問題ない!
守秘義務? 私が何年ギルド職員やってたと思ってるのよ。エリーの契約内容、誰かに話したこと一度でもあった?」
「だね」
私は立ち上がってマリアの手を引いた。
「じゃあ、さっそく面接に行こうか。
ここから守秘義務開始ね」
私は地下室へと続く階段の扉を開けた。
物置になっている地下室の奥にもうひとつ扉がある。
その先がダンジョンだ。
「え? なにここ? 家の地下に洞窟?」
ワタワタするマリアを引率して500m進み、草原への階段を下る。
「デレックさーん、就職希望者連れてきたー!」
大声で叫ぶと、小川の傍で作業をしていた商会長が振り返った。
「急だけど、説明と面接お願いしまーす。
全部喋っちゃって大丈夫でーす」
「んー? わかんないけどわかったー」
ご了承いただいたので、私は地下街に向かう。
「じゃ、あとはあそこの商会長に聞いてね」
戻ろうとする私の手をマリアがガシッとつかんだ。
「何? どうなってるの? ここどこ?」
「ダンジョン。
じゃ、また後でね」
それだけ言って、私は手を振りほどいて駆け出した。
説明してあげたいけどタイムリミット。
銭湯の客は待たせるとうるさいんだよ。
ギリ遅刻を回避して、銭湯受付に滑り込む。
シャトル馬車が3日前から運行を開始したので、今日も激込みになりそうだが、第一便が着くのはもうちょっと後。
開店と同時に入ってきたのは北から帰ってきた常連の冒険者パーティーが1組だけだった。
やっぱり冬は少ない。
「いらっしゃいウィルソンさん。収穫あった?」
「ダメだな、もう魔物がいねえ」
「そっか。じゃあお風呂で不運落としだね。今なら貸し切りだよ」
「お、そりゃいいや。一個ぐらいいいことがなきゃな。
あ、石鹸1個くれ。手ぬぐいは全員持ってる」
「はい。じゃあごゆっくり」
「おう」
ウィルソンさんたちが出た後、予想通りの混雑が始まった。
ここがはじめての人も多く、説明に時間がかかる。
数人混じっている常連さんが手伝ってくれて、なんとか全員をお風呂場に送り込んだ。
その後に自前の馬車で来た人たちがポツポツ続き、また乗合馬車組の大波がくる。
馬車は一日に6回。3回目をさばいたところで、農場のお姉さんと交代する。
冬に手の空く農場スタッフたちを加えてシフト制にしたのだ。そうじゃないと倒れる。
母屋に行ってマーガレットさん特製のお昼を食べ、ここからサブマスの仕事に入る。
まずマリアから。
急いで草原に行くと、マリアは草の上に座って、走り回るノーラとチビを眺めていた。
「あ、エリー。お帰り」
「お待たせ。どうだった?」
「びっくりした。エリーの転生者の話も、王都に隣の国が攻め込んでくる話も、ダンジョンの話も。
「ほんとなの?」
「うん、ほんと」
「そうだよねえ。エリーが意味のない嘘をつくわけないよね。
なかなか信じられない話なんだけど、この風景見たらねえ……。目の前の事実だし」
「じゃあ就職する?」
「うん。デレックさんいい人だし、王都に行く必要はないし、開発楽しそうだし、お給料もいいし、場所がダンジョンっていうだけで普通にいい条件だもん。
ねー、オー君」
マリアは隣に体育座りするオークに同意を求めた。
オー君は40秒後にゆっくり頷いた。長文は理解に時間がかかるようだ。
ギルドでオークみたいな職人と渡り合ってきたせいか、あっという間に馴染んでる。
「で、デリックさんから、詳しいことはエリーに聞いてって言われたんだけど、具体的に私は何をすればいいの?」
「うん。基本的にはこの草原を開発する責任者をやって欲しいんだよね。
ここは王都の人が逃げ込む場所にするつもり。まあほんとにそうなるかはわからないんだけど、準備はしておかなきゃでしょ?」
「なるほど。で、責任者って?」
「あのね、貴族は国を守るのが仕事でしょ? 戦う力がないって土魔法を差別してるんだから、じゃあそこはちゃんと守ってねってなるよね。
でもその貴族が負けちゃうんだったら、もう守られるこっちとしては逃げるしかない。
その逃げ先のひとつをこの避難所にしたいの。
でも今は小屋が何軒かあるだけ。王都が攻められる前に、避難可能な設備を作らなきゃならない」
「うん」
「それで、それを作るのにどうしても人手が必要になるのよ。
でも直前まで避難所のことは秘密にしたい。バレたら貴族に盗られるかもだから。
というわけで、マリアは避難所づくりのための人の手配と管理をやるわけだね。あ、あと貴族対策も」
「……ひとりで?」
「補佐が必要だったらどこからか引っ張て来てもOK。私より職人に詳しいからいけるでしょ!
気は乗らないけど、なんだったらギルド長を巻き込んでもいい。
もちろん私もやるし、ここはダンジョンだから普通じゃできないことも色々できる。
よろしくお願いします!」
しばらく考えて、マリアは頷いた。
「正直、王都が侵略されるってまだ半分信じてない。でもほんとにそうなったときに何もしてなくて後悔したくない。秘密にしたい理由もわかった。
だから引き受けるよ」
「ありがとう!」
「でも、私が責任者ってことは、わかってるんでしょうね?」
マリアは私を見つめてニヤッと笑った。
私はマリアのふたつ名を思い出した。
それは「工期の鬼」といった。




