第17話
勢いでやってしまった改装は、一応好評だった。
営業再開日に朝から並んでいた常連の冒険者たちは、「おお! なんか知らんけどかっこよくなってんな!」とか雑な感想を言いながら、そのままお湯に飛び込んでいった。
今では誰も話題にしていない。
浴槽内に建てたかっこいい石柱ももうない。
「おいエリー! 変な柱のせいで狭くなってんだけど!」
「振り返ったら頭ぶつけたじゃねえか!」
「誰だよこんな邪魔なもん建てたヤツは!」
とかブーブー言いやがんので、キレて撤去した。
操作パネルを叩いたら、ダンマス承認なしに5秒で消えた。悲しかった。
かっこいい柱がなくなったのに、お客さんは目に見えて増えた。
冒険者たちから噂が広がり、下町の平民層で人気が出てきたのだ。
ホプキンス家のご近所の農家の人たちもよく来てくれる。初日に「大丈夫か?」と声をかけてくれたおじさんもいる。
そういえば、下町には随分と行っていない。
カタリナ時代、貴族街の端の方にあるリンドブール伯爵家は下町と割と近かった。
明るいうちなら治安も良いので、ネグレクト少女である私は、ちょくちょく家を抜け出して遊びに行ってたのだ。
下町の子供たちと路地裏を駆け回ったりもした。
でも、当時一番仲が良かったエヴァという友達が越していってしまってからは、すっかり足が遠のいてしまった。
エヴァとは今でも手紙のやり取りをしている。
私が5通送ると1通返ってくる感じだけど、嫌われるわけじゃないと信じている。
お客さんの増加に伴い、周辺のインフラも動き出していた。
昨日、デレックさんのところに『乗合馬車商会』の副会長が直々にやってきて、「王都の北門とホプキンス農場の間に、専用の直行馬車を出したい」と提案してきたそうだ。
北の村へ向かうはずの乗合馬車なのに途中の農場前で降りてしまうお客さんが増えて、本来のお客さんがあぶれてしまうケースが出ているらしい。
ヤバいかも。
もうすぐ十二月。冬になれば山が閉ざされて冒険者たちの往来が減るけど、王都のお客さんが増える分でトントンにはなりそうだな。とかホッとしてる場合じゃなかった。
このあたりは北の山岳地帯とは違って、冬になっても雪はそこまでは降らない。その代わり、北風が吹き付けるのでめちゃくちゃ寒いのだ。
そんな季節、温かくて大浴場があって直行便までできる地下街は、吸引力の高い唯一の施設になる。
だったら、ここはプチじゃなくガチ改装を仕掛けるべきかもしれない。
この前みたいな思い付きじゃない、ちゃんと計画性のあるやつ。
年明けの三が日は王城に貴族が集まるため、平民の外出が制限される。商店の営業も禁止されるのでやるとしたらそこしかない。
よし。次の会議で提案しよう。
一方で、第2層の『草原』の開発もじわじわとではあるが進んでいた。
特筆すべきは食料生産で進展があったことだ。
「お姉ちゃん、草原の川でクレソンとか育てられないかなぁ。
お母さんのクレソンポタージュ美味しいんだよ」
ノーラのその一言がきっかけだった。
「それだ!」
地面は畑にできなくとも水耕栽培があるじゃないか!
同じくノーラの「牧草地」発言も思い出しだ。
私はさっそく小川の水を引き込み、温度と水流を一定に保つための石造りの水耕栽培設備を作った。
今はホプキンス農場から持ち込んだトマトの苗を使って、絶賛実験中である。デレックさんが。
素人の私ができるのは、デレックさんの指示を受けて栽培設備を調整することくらいで、実務は専門家に丸投げした方がいいに決まってるでしょ?
「エリーちゃん、これいいね!
土を使わないのに、畑の何倍も早いスピードで苗が育っていくんだ! めちゃくちゃ楽しい!」
いつもはのんびりしているデレックさんが、早口で知らせてくれた。
ダンジョンの魔力を含んだ水のおかげか、私が見ても生育はとても順調。もうすぐ最初の収穫を迎えられそうだ。
連れてきた牛は残念ながら草原の草を食べなかったけど、水耕栽培だけでも成功すれば、食糧問題解決の糸口が見えてくる。
デレックさん実験頑張れ!私は応援頑張るから!
応援以外にできることとして、草原にいくつか小屋を建てて、実際に泊まってみた。
そのうちの一軒は、デレックさんたちが地上の母屋から家具や日用品を色々と持ち込んで、今ではホプキンス家別宅となっている。
「母屋と比べたら多少の手狭さはあるけどねえ。温かいから今はこっちの方が住みやすいさね。
薪の節約になるのもありがたいね」
マーガレットさんも太鼓判を押してくれた。
ひとまず「ちゃんと暮らせる場所」であることは証明されたわけだ。
そうなると、やはり労働力問題が最大の壁ということになる。
いくら魔法で効率化を図り、デレックさんが優れた農夫であっても、そこはどうしようもない。
やろうとしているのは4千人もの避難場所を作る大事業だからね。しかも1年ちょっとで。
やっぱり、こっそりギルドにこっそり相談するかな。いや、でもあのギルド長はなあ……。
なかなかふんぎりがつかず、あーだこーだ考えていたある日の夜、玄関のドアが激しく叩かれた。
酔っぱらった職人でも来たかと思ってドアを開けたら、大きな荷物を抱え、鼻の頭を真っ赤にした美人さんが立っていた。
隣町ギルドのマリアだった。ちょっと鼻水が出てるよ?
「泊めて!」
「え? 別にいいけど。
寒いからとりあえず入りなよ」
王都時代に何度も泊まりにしているので、我が家のことはよく知っている。
職人街ギルドでの私の担当で、自称「エリーの姉」なので、遠慮がない。
恩人だし、寒くて震えているので、「お風呂、ごはん、お茶」のご要望フルコースに応えてあげた。
やっと落ち着いたので事情を聞く。
「荷物をまとめるのに手間取って最終の乗合馬車になっちゃったのよ。王都に着いたはいいけど、宿が取れなくてね。この時期いっぱいになるの忘れてた。エリーが家持ちでよかった!」
「それはよかったけど、なんで王都に来たの?」
「あ、離婚した。ついでにギルドも辞めてきたわ。あははは」
「はあっ?」
「ああ、この家、本当に久しぶり。やっぱ落ち着くわぁ……。あっちの家とは大違い」
悲壮感の全くないマリアから、離婚の顛末を聞き出す。
原因は姑だった。
一言で言えば、過干渉の義母とマザコンの息子。異世界でも嫁姑問題は変わらない。
よほどいい男が現れない限り、ひとりでかっこいいおばあさんを目指すらしい。
「大変だったね。好きなだけ泊まっていけばいいよ」
「ありがとう!
お礼にごはん作ってあげるね。
あ、ついでにどこかいい就職先知らない?」
「こっちのギルドに戻れば?」
「いやあ、元旦那がギルド出入りの商人だから、こっちにも来るのよ。顔合わせるのはちょっと」
「そっかあ……。すぐには思いつかないけど、伝手を当たってみるよ」
「よろしく!」
私は、失敗にまだ気付いていない。




