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鈴蘭の鳴らない庭  作者: 志に異議アリ


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3/4

告白


それから男は、花屋へ通い続けた。

三日に一度。

時には二日。


理由のない来店を不自然に思われぬよう、花を買う。


部屋には、名も知らなかった花々が増えていった。


白いリシアンサス。

青いデルフィニウム。

薄紅のスイートピー。

どれも静かに咲き、静かに枯れた。

まるで、自分の部屋だけが別の季節に取り残されているようだった。

そして、そのたびに背中の影は濃くなる。


昼に彼女と話し、

夜に誰かを殺す。

その繰り返し。


いつしか男は、自分がどちらの世界に属しているのかわからなくなっていた。


「今日は、閉店まであと少しなんです」

ある夜、彼女が言った。


店の外では春先の雨が静かに降っている。

他に客はいない。

男はいつものように花を選ぶふりをしていたが、その言葉に顔を上げた。

「よかったら、少しだけ待っていてください」

彼女は笑う。

「お茶くらいなら出せます」


断るべきだった。

これ以上、近づいてはいけない。

そうわかっていたのに、男は頷いていた。


店の奥の小さな休憩スペース。

湯気の立つカップを挟んで、二人は向かい合う。


沈黙は不思議と苦ではなかった。

彼女がいるだけで、部屋の空気が柔らかくなる。


「あなたって」

ふいに彼女が口を開く。

「ずっと、何かに怯えてるみたい」

男の肩が強張った。

「……そう見えるか」

「うん」

彼女はまっすぐ彼を見た。

逃げ場を与えない、静かな眼差しだった。

「何かを隠してる」

男は視線を伏せた。

カップの中で、紅茶がわずかに揺れている。


もう限界だった。

彼女の前でだけ、自分がどんどん脆くなる。

このまま嘘を重ねれば、いずれ彼女の声さえ汚してしまう気がした。



長い沈黙のあと。

男は低く言った。


「……俺は、人を殺してる」


雨音だけが響く。

彼女は何も言わない。

男は続けた。

「仕事で、何人も」

喉が焼ける。

「女も、子どもも、関係ない」

吐き出すたび、肺の奥に黒い泥が溢れるようだった。

「お前に会う前は、何も感じなかった」

震える指を握りしめる。

「でも今は違う」

ようやく顔を上げる。


彼女は、静かにこちらを見つめていた。

怯えも、嫌悪もない。

ただ、どこか痛ましげに。

「……知ってた」


男の呼吸が止まる。

「え」

彼女は視線を落とし、小さく微笑んだ。

「最初からじゃない。でも、途中で気づいたの」

「どうして」


「あなたの手」

そう言って、彼女はそっと彼の右手に触れる。

あの日と同じ、冷たい指先。

「花を触る人の手じゃないってこともあるけど……それに、いつもあなたから、血の匂いがしてた」


男は言葉を失った。

彼女はすべて知っていた。

それでもこうして、目の前にいる。


拒絶せず。

逃げもせず。

「……怖くないのか」

絞り出した声に、彼女は少しだけ考えるように目を伏せた。


それから、やわらかく首を振る。

「怖いよ」

その正直さが、胸を刺した。

「でも」

彼女は彼の手を包むように握った。


「それでも、あなたが好きです」




世界が止まった気がした。

救われた、と思った。

赦されたのだと。


これまで奪ってきた無数の命の、そのすべてを帳消しにするほどの光が、いま自分に差し込んだのだと。


男は知らなかった。


彼女の瞳の底で、鳴らない鈴が静かに揺れていたことを。


帰り際。

彼女は店先で一鉢の鈴蘭を差し出した。

「これ、持っていって」

白い小さな花が、雨に濡れて俯いている。

「どうして」

彼が問うと、彼女は微笑んだ。

その微笑みは、どこまでも優しかった。

「あなたには、これが似合うから」

男はそれを受け取った。


その意味を知らないまま。




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