親友ファソナ
スロウシアという国に住むラシエルは、今年で12歳になる。
魔法使いの住むこの国では、12歳になると、実家から出て、魔法学校に通い、寮生活を送る。
例外はなく、ラシエルもそのひとりだ。
ラシエルは、今日は親友ファソナの家に来ていた。
広大な敷地に、横長の3階建ての家が建っている。
オレンジ色の煉瓦造りのこの家をファソナは気に入っているとラシエルによく話していた。
ラシエルは、パステルカラーの紫で統一されたファソナの部屋で、紅茶を一杯いただく。
かわいいひらひらの部屋着を着たファソナは、自分のベッドの上にちょこんと腰をかけていた。
長い金髪のくせっ毛をくるくると手で巻くのはファソナの癖だ。
その一瞬一瞬は、美しい貴族の肖像画になり得るとラシエルはいつも思っていた。
部屋とファソナがセットになることで空間が完成しているからだ。
ラシエルが花の香りがする紅茶を口につけると、ファソナの父親が「おー!ラシエル!」と、ガハハと笑いながらファソナの部屋に入ってきた。
ラシエルは、紅茶を置いて瞬時に立ち上がる。
「……ド、ドシおじさん。に、庭の草刈りを……お、終えました」
「ああ、ラシエル。いつもありがとうよ! 夏で草花がぐんぐん伸びるから、ほんと助かったよ」
「ラシエル、草刈りなんてほんとはやらなくていいのよ。あの家にずっと住んでいていいんだから」
ファソナは、ソファーの前に突っ立っているラシエルの隣に移動して、ラシエルの肩にそっと手を置いた。
ラシエルは俯きながら「草刈りのためだけじゃなくて、植物を見させてもらっているから」とファソナに向かってつぶやいた。
「それにしても、来週からファソナもラシエルも学校通いだから、手が足らなくて困っちまうな」
ファソナの父・ドシは、頭を抱える素振りをする。
ドシは、常にオーバーリアクションで、恰幅のいい人物だ。
ファソナの父親とは思えない海賊のような男だ。
「お父さん、大丈夫よ。長期休みには必ず帰ってくるわ。ね、ラシエル」
ファソナがドシをいつもの調子でなだめる。
ラシエルはファソナの問いかけにこくんと首を縦に振った。
ファソナとドシのやり取りを見ると、ラシエルはいつも親がいるってこんな感じなのだろうかと想像する。
ラシエルには、実家などなかった。
8歳の頃まで一緒に暮らしていた母の弟・ラミレスおじさんは、「仕事に行く」と外出してから、もう4年も帰ってきていない。
ラミレスからは、「ラシエル、君の父さんは旅に出ているからいつか帰ってくるよ」「ラシエル、君の母さんはおまえを産んですぐに死んでしまったんだ」と聞かされた。
「どうしたの? ラシエル」
ファソナのやさしい声で我に帰ったラシエルは「ううん、何でもない」とファソナに微笑みかけ、ドシの方を向いた。
「く、草花のめんどうを、よ、よろしくお願いします」
「ああ! もちろんさ。ラシエルの大事な植物たちだからな! じゃあ、ファソナ、父さんは仕事に戻るから。ラシエル、ゆっくりしていってな」
「あ、ありがとう、ご、ございます」
ーーバタン。
開いていたドアを閉めて、ドシは仕事に戻った。
ラシエルとファソナは、ゆっくりとソファーに腰を落とす。
ラシエルは話すのが苦手で、何かを喋ろうとするとうまく言葉が出てこない。
唯一、吃らずに話せるのが親友のファソナだけ。
なぜかファソナにはスラスラと話せるのだ。
「……ファソナ、明後日、10時に駅で大丈夫……?」
「ええ、そうしましょ。早めに出たほうがいいわよね」
「ありがとう。当時何かあれば、ルルを飛ばして」
ルルとは、ファソナが飼っているタカだ。
ルルは伝書鳩のように、連絡事項があればどこへでも飛んでくる。
「わかったわ。ルルを使わせるわね」
「うん、そうしたら……そろそろ帰るよ」
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ラシエルは、ファソナの家を出て、自宅へ向かう。
煉瓦造りの街並みを通り、裏路地に入ると、長ーい階段が待っている。
(229段もあるんだよな……)
これを一気に登りきると、今までの街並みがなかったかのような森が広がる。
森に入って少し歩けば、開けた場所に出て、湖の向こうにポツンと一階建ての小さな家がある。
そこがラシエルの住まいだった。
ーーギイイ。
「ただいま……」
この家は、ファソナの両親が貸してくれている。
ファソナの両親は、この街の地主で、不動産屋を営んでいるのだ。
ラシエルは、叔父・ラミレスが行方不明になってから家賃が払えていない。
ドシの好意で、ファソナ家の管理する土地や植木を整える代わりに、この家を家賃なしで貸してもらっているのだ。
(……よし、明後日からは魔法学校だ。長い期間不在にするし、掃除をしておこう)
魔法学校には、12歳になるすべての男女が通う。
ラシエルにもファソナにも通達が来ていて、今年の9月から天空にあるスィエル魔法学校に入学する。
ラシエルは、初めてこの国を出るのだーー。




