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カケラ~日常  作者: 崋山楽 
想い
18/20

第十八話 心

「イツ・キ様、起きていますか?」

 そっと呼びかける声が聞こえた。


 それは、眠っていればけして気がつかない声。

 起きていても気がつかないかも知れない。

 しかし、イツ・キは気がついた。


「小部隊の隊長ですね。どうぞ」

 イツ・キは呼び入れた。

「失礼します」

「何か」

「いえ、問題は起こっておりません」

「・・・・・・」 

 イツ・キは伺うように隊長を見た。

 隊長は、ドアのすぐそばに立っていたが、イツ・キのそばへと足を進めた。

「私はかつて、学校でイツ・キ様にお世話になっていました」

 イツ・キが身振りで隊長に椅子を勧めると、浅く腰掛け口を開いた。

「そうですか…」

 イツ・キの声はいつも通り、淡々としている。

「はい。だからこそ、イツ・キ様の姿が見えなくなっても何も考えずに目の前の『闇』に専念することが出来ました」


 恐らく、隊員の誰もがイツ・キの姿が見えなくなったことに気がついていただろう。

 しかし、誰も何も言わなかった。

 その理由は、みんながイツ・キを知っていたからだ。

 イツ・キというもっとも長く生きている子どもを。


「信用してもらった、と言うことですね」

「はい。信用し、信頼し、そして、信仰しているのかもしれません」

 隊長の言葉には静かだが心がこもっていた。

「…そう言っている人間は多々います。嬉しくはありませんが」

 イツ・キが僅かに顔を伏せた。

「申し訳ございません、しかし、我々は…」

「…私は長く生きてきました」

 隊長の言葉をさえぎる様に、イツ・キが話し始めた。

「はい」

「その中で、思い悩んできました」

 窓の外を見つめ、思い出すようにそれでいて淡々と言葉をつむいで言った。

「イツ・キ様」

「ある時期は感情を無くし、ただ、役目のみ淡々とやっていた時期があります。感情に流されず、理論的に倫理的に、法律的に適正なことをしていた時期が…」

「・・・・・・」

「そんな時訪れたのがこの地域です」

 隊長はその言葉に、思い当たった。

「もしや、あの柵は」

 この村の周りに、めぐらされている柵のことを。

「ええ、私がかつて創ったものです。『力』を込めたものがあんなに朽ち果てるほどの、時が過ぎていってしまった」

「…あの柵に込められた『力』は凄まじいものだったのですね。形がほとんどなくなっても『力』はまだ残り、この村を守り続けていました」

 ほとんど原型を残してはいなかったけど、それでも村を守っていた柵。

「柵が完全に無くなろうとも、しばらくの間は大丈夫なように創りましたから…あの程度でしょう」

「流石です。イツ・キ様」

「…『ありがとう』と…そう、言われたんです。幼い子どもに」

「そうですか」

「それが、心を暖めてくれた…もう一回人と触れ合いたいと思うようになった」

「・・・・・・」

 イツ・キは隊長に視線をうつした。

「長い間忘れていました。あの子の笑顔を声を…隊長、人とは暖かいものですね」

「はい」

「さて、私の昔話をしてしまいましたが、隊長の用は?」

「はい。大したことは無いのですが、お礼を、我々のことを信じてくださった事へのお礼を」

 隊長は佇まいを直した。

「必要ありません」

「はい、分かっています、これは私の心の自己満足に過ぎません」

「…分かりました。その心受け取りましょう」


 自己満足の心を拒絶はしない。

 それを拒絶することは、その人の心を否定することになるから。


「ありがとうございます」

「あなた達も…」

 隊長は、イツ・キの言いたいことを察し椅子から立ち上がりつつ言った。

「はい。片づけが終わり次第、早々にここから立ち去ります」

 イツ・キは頷いた。

「では、夜分遅くに失礼しました」

 隊長はそう言うと、踵を返し部屋から出て行った。


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