第十八話 心
「イツ・キ様、起きていますか?」
そっと呼びかける声が聞こえた。
それは、眠っていればけして気がつかない声。
起きていても気がつかないかも知れない。
しかし、イツ・キは気がついた。
「小部隊の隊長ですね。どうぞ」
イツ・キは呼び入れた。
「失礼します」
「何か」
「いえ、問題は起こっておりません」
「・・・・・・」
イツ・キは伺うように隊長を見た。
隊長は、ドアのすぐそばに立っていたが、イツ・キのそばへと足を進めた。
「私はかつて、学校でイツ・キ様にお世話になっていました」
イツ・キが身振りで隊長に椅子を勧めると、浅く腰掛け口を開いた。
「そうですか…」
イツ・キの声はいつも通り、淡々としている。
「はい。だからこそ、イツ・キ様の姿が見えなくなっても何も考えずに目の前の『闇』に専念することが出来ました」
恐らく、隊員の誰もがイツ・キの姿が見えなくなったことに気がついていただろう。
しかし、誰も何も言わなかった。
その理由は、みんながイツ・キを知っていたからだ。
イツ・キというもっとも長く生きている子どもを。
「信用してもらった、と言うことですね」
「はい。信用し、信頼し、そして、信仰しているのかもしれません」
隊長の言葉には静かだが心がこもっていた。
「…そう言っている人間は多々います。嬉しくはありませんが」
イツ・キが僅かに顔を伏せた。
「申し訳ございません、しかし、我々は…」
「…私は長く生きてきました」
隊長の言葉をさえぎる様に、イツ・キが話し始めた。
「はい」
「その中で、思い悩んできました」
窓の外を見つめ、思い出すようにそれでいて淡々と言葉をつむいで言った。
「イツ・キ様」
「ある時期は感情を無くし、ただ、役目のみ淡々とやっていた時期があります。感情に流されず、理論的に倫理的に、法律的に適正なことをしていた時期が…」
「・・・・・・」
「そんな時訪れたのがこの地域です」
隊長はその言葉に、思い当たった。
「もしや、あの柵は」
この村の周りに、めぐらされている柵のことを。
「ええ、私がかつて創ったものです。『力』を込めたものがあんなに朽ち果てるほどの、時が過ぎていってしまった」
「…あの柵に込められた『力』は凄まじいものだったのですね。形がほとんどなくなっても『力』はまだ残り、この村を守り続けていました」
ほとんど原型を残してはいなかったけど、それでも村を守っていた柵。
「柵が完全に無くなろうとも、しばらくの間は大丈夫なように創りましたから…あの程度でしょう」
「流石です。イツ・キ様」
「…『ありがとう』と…そう、言われたんです。幼い子どもに」
「そうですか」
「それが、心を暖めてくれた…もう一回人と触れ合いたいと思うようになった」
「・・・・・・」
イツ・キは隊長に視線をうつした。
「長い間忘れていました。あの子の笑顔を声を…隊長、人とは暖かいものですね」
「はい」
「さて、私の昔話をしてしまいましたが、隊長の用は?」
「はい。大したことは無いのですが、お礼を、我々のことを信じてくださった事へのお礼を」
隊長は佇まいを直した。
「必要ありません」
「はい、分かっています、これは私の心の自己満足に過ぎません」
「…分かりました。その心受け取りましょう」
自己満足の心を拒絶はしない。
それを拒絶することは、その人の心を否定することになるから。
「ありがとうございます」
「あなた達も…」
隊長は、イツ・キの言いたいことを察し椅子から立ち上がりつつ言った。
「はい。片づけが終わり次第、早々にここから立ち去ります」
イツ・キは頷いた。
「では、夜分遅くに失礼しました」
隊長はそう言うと、踵を返し部屋から出て行った。




