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「真夜暦」曰く、500日後に俺は死ぬ  作者: ぴいじい
第3部 ドノントロス記
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48/56

挑面(360日前)

 翌日。月曜日ではあるが成人の日で学校や会社が休みということもあり、公南(くなみ)のショッピングモールは家族連れや若いカップルでごった返していた。3、4ヶ月前に来たときと何ら変わっていない。変わったことといえば、隣の真夜がもはや友達ではなく、一人の大切な彼女としていることだろうか。


 前回同様、真夜は自分の行きたい店に俺の断りなく入って行っては、気に入った物を速攻お買い上げしていたのだが、俺のことも重々気にしてくれていたのか、真夜は俺にも好きな店に入るチャンスを幾度か与えてくれた。そのおかげで俺が気に入った服を買うことができたのは、諸悪の根源である結華がいない成果だろう。


 そうこうしていくうちに気づけばお昼が過ぎ、俺らはモール1階のベンチでゆったりと寛いでいた。


「もうこんなに買っちゃったね。午前だけで」


「本当にな。今月の小遣いが心配だわ」


 俺はそう答えながら、頭の中で財布に入っている英世さんが残り何枚かを思い出しながら計算する。


「真夜は大丈夫なの? お金結構使ってるみたいだけど」


 真夜の横には既に、ちょいとお高めの洋服の紙袋が三つ、小物店の小さい袋が一つ。そしてゲームセンターのクレーンゲームの戦利品であるドデカいウサちゃん人形が一体、大きな袋の中に。


 しかもこのウサちゃんへの執念が強かったのか、真夜はゲームセンターで、UFOアームで掴むのに失敗するごとに新たに100円玉を投入し続けたあげく、1300円という無駄金を使ってしまった。そのうち400円は俺負担であるということに落胆する。


「うーんやっぱお小遣い2ヶ月分は使っちゃったかなー。ママに怒られる」


 テヘ、と笑いながら真夜は答える。


「「……」」


 俺と真夜の間で会話がなくなり、お互い黙りこくった。浪費問題についてもっと深掘りすればいいのかもしれないし、他の話に移らせればいいのかもしれないが、この Mr. コミュ障にそんな達者な技ができるだろうか。


 ここで、カップルとはいえども何でもかんでも話せるというわけではないこと、そして男女の差を意識してしまい、話せるトピックの範囲が狭まってしまうことなんてザラにあることを、全国非リア同盟の皆様にお伝えしておきたい。


 特に話すことも思いつかず、俺は口を悔しさを込めて閉じたまま、自分の膝を見る。そこで、自分の視界の右端に、あるものが映った。


 真夜の左手。紙袋を真夜の右隣に置いているおかげで空いた左手が、真夜の脚の近くにそっと置かれている。俺との距離は15cmもなさそうである。この時、俺の脳内にはちょっとした下心がよぎった。


 真夜と手を繋いでみたい。付き合ってまだ1ヶ月も経っていないが、やはりカップルとして最初のボディータッチ入門といえば手を繋ぐのが常套手段だろう。そこからハグであったりキスであったりと、「恋人のABC」を辿る上で重要な一歩になるものである。


 真夜の手はどうなんだろう。暖かいのか? 柔らかいのか? そんな思いが湧いては理性が消そうとする。しかし続々と生まれる下心に脳内は支配され、俺は知らぬ間に計画を実行に移そうとしていた。


 元々膝の上に置いていた右手を気づかれないようにゆっくりと右にスライドさせ、脚に置かれていた手を徐々にベンチの上に移動させる。残り10cm。


 そこから真夜の左手に少しづつ近づけていく。1mm 動かすだけでも結構大変に感じる。しかも距離が縮まっっていくたびに、さっきまで正常運転だった俺の心臓の拍数が増加し、自分の耳でも音が聞こえてしまうほどバクバクしだす。残り5cm。


 残り2cm。


 残り1cm……


 残り5mm……


「あ、見てみて! クーニャンだよー!」


 あと少しというところで突然真夜の左手が動いたかと思えば、真夜は勢いよくベンチから立ち上がり、向こうから姿を表していた、このショッピングモールのマスコットの着ぐるみの方へとダッシュしていった。


 真夜のお荷物と一緒にベンチに取り残された俺は、何が起こったかもわからず、ただ写真をおねだりして楽しむ真夜を遠くから眺めるしかなかった。


「だぁーー!! あと少しだったのに!」


 ようやく状況が理解できた俺は、頭を抱えて新黒歴史を思いきり恥じた。


 ✴︎


 午後4時半。日も傾き始めた頃、遠くから来ていた家族連れの数がだんだん減っていき、あれほど混雑して騒がしかったお昼がまるで嘘のように、モールは比較的静かになってしまっていた。俺らもできる限りのことを尽くしてしまったせいで、モールを歩き回ることにもはや何の意味も感じなくなっていた。


「やることなくなっちゃったね」


 飽きたような口調で真夜が言った。


「そうだね。やりたいこと全部やったし」


 前を見てみても、午前中に入った店だったり、真夜がウサちゃんをゲットしたゲーセンだったりと、この時間で興味をそそられる店はもう何もなかった。


「帰ろっか」


 真夜の提案に俺は賛成した。俺らが今来た道を戻って、バス停に向かおうとしたその時。


 ピロピロピロロンッ


 真夜の携帯から陽気な着信音。真夜は足をとめ、音楽と一緒に震えている携帯をポケットから取り出した。


「あ、ママだ!」


 嬉しそうにそう言って、電話を取り耳にスピーカーを当てる。


「もしもし? …… うん、今公南(くなみ)のショッピングモールだけど。…… え、ホント!? でも陽佑いるけど…… うん、わかった。そう言っとくね。じゃ!」


 30秒ほどの通話を切り、真夜は俺の方を向いた。


「ママとパパがさ、メキシコから帰ってきて今大学にいるんだって。でさ、顔出してよって言われたんだけど…… 陽佑も、来る?」


 恥ずかしそうに話す真夜の言葉に、最初の数秒は頭の中で状況が把握できなかった。親が帰国した、今は大学にいて、真夜はそこに顔を出しにいく。それに俺もついていく、ということは……


「え、まって、俺が今から真夜の親御さんに会うってこと!?」


 動揺を隠しきれない。大きな緊張と不安に襲われ怖くなった。


「そういうこと!」


「ちょっ、まっ…… 手土産とかないんですけど!」


「手土産なんかいらないよー」


 半ば強引に誘おうとしてくる真夜に、俺は危うく屈服しそうになる。別に嫌なわけではないのだが、日を跨いだ準備なしに真夜の親御さんに会うということに、俺の中で心の準備が全く整っていなかったのだ。


「ごめん、タンマ」


 あたふたしながら、俺は一旦真夜に背を向け、大きく深呼吸して慎重に考えた。


 親御さんなんだから、ちゃんと礼儀とかわきまえていかなければいけない。普通だったらスーツとか制服とか着ていくの? 会ったら最初なんて言えばいい? 「こんにちは、真夜さんとお付き合いさせていただいております、蓮田陽佑です。まだまだ付き合い始めて1ヶ月半で、しかも未熟な若輩ですが、これから何卒よろしくお願いいたします」とか?


 父親が怖かったらどうしよう。「何だ、君かねうちの娘と付き合っているというのは。良さそうな男には見えんがな。うちの娘を、そんな男にあげるつもりはないぞ!」とか言われたらな…… (そもそも俺はあと1年弱しか生きられないので、娘をあげるあげないの話になっても別に結婚できないのでどうでもいいのだが)


 もう色々な不安が頭から湧き出てやまない。 挨拶とか身だしなみとか、もうこんなインキャにはわかりっこない!


 ちょっと、俺落ち着け、落ち着こう。ふう。


 まあ付き合っている限り親に顔を見せるというのはきっと必然なんだろうし、後に先延ばしするよりかは、今のうちに挨拶しておいて信頼関係を築くほうがいいのかもしれない。俺はここでもうひとつ大きな深呼吸をして、真夜の方に体を向けた。


「決めた。俺はいくよ」


 真夜はニヤリと笑った。


「そうこなくっちゃね!」


 ✴︎


 真夜の両親が働いている橘宮(たちばなのみや)大学は、ショッピングモールからそう遠くない、徒歩10分の場所にある文系の大学だ。難関国立大並みに入試の競争率が高く、政府高官にもこの大学出身者が比較的多い。ここでは文学や歴史などの人文系や、法学や経済学などの社会科学の研究が盛んで、海外の論文誌にも強い影響力を持っている。


 大学の敷地内には、講堂や立派な本館の他に10棟もの建物が乱立している。真夜の親御さんたちが研究室を構えるのは7号館らしい。俺は真夜が迷路の答えを知っているかのように進む後を追っていった。


 文学部の入る7号館の階段を5階まで上がったところで、真夜は廊下に沿って歩き始め、階段から4つ目のドアの前で立ち止まった。ドアの隣には、「文明研究室 Laboratory of Civilization」というパネルが掲げられている。これを目にした瞬間、全身に鳥肌が立ち、体が無意識に震えだした。


 そんなことはつゆ知らず、真夜は呑気にドアをノックする。


「はーい、入ってどうぞー」


 室内から陽気な声が聞こえてきた。


「失礼しまーす!」


 真夜はドアノブを右に捻り、ドアを押して中に入った。


「ママ! パパ!」


 真夜は親の姿を見た瞬間、懐かしかったせいか目の前で待っていた二人に抱きついて行った。


「真夜! 長い間家を開けていてごめんね」


「懐かしいなー真夜。帰ったぞ。お土産もある」


「え、ホント!? ヤッター!」


 感動の再会の後ろで、俺は一人ドアの近くで突っ立っていた。


「あら、あの子が真夜のボーイ?」


「もう、そんな言い方やめてよー」


 突然認識され、俺の緊張度がMAXに達した。唇が思うように動こうとしない。


「は、はじめまして! 真夜さんとお……」


「もう、自己紹介なんていらないよー」


 近づいてきた真夜のお母さんが俺の言葉を遮る。俺は思わずキョトンとして、顔を上げてお母さんの顔を見た。


「あらーいい男じゃないですか! 私真夜ちゃんの母です! よろしくねー!」


 テンションアゲアゲ状態で自己紹介された後、真夜のお母さんは俺の手を強引に取り、強めに握手してきた。


「ど、どうも……」


 なんか、失礼だけど面倒くさそうなのに絡まれたぞこれ。

今回もお読みいただきありがとうございます!いかがでしたか?

ここから真夜のご両親も登場しますのでお楽しみに!

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