素掘(360日前)
「ちょっとやめてよ! 恥ずかしいからぁー!」
お母さんの背後から真夜が近寄り、やめさせようとお母さんの腕を掴む。
「ほら、陽佑引いてるじゃん!」
お母さんは俺の顔を一度見た後、諦めたように視線を真夜に戻した。
「ごめんよぉ、だって嬉しかったんだもーん」
お母さんは俺の手をがっしりと握っていた手を離し、しょぼんとした顔で真夜に謝る。
「まあいいじゃねえか。俺だって会えて嬉しいんだぞ?」
奥の方から真夜のお父さんも姿を見せ、俺の方に歩み寄ってきた。
「はじめまして。真夜の父ですー」
お父さんが握手を求めて右手を差し出し、俺は今度は落ち着いて右手を差し出せた。
「にしても!」
お父さんと俺の手が触れ、俺が改めて挨拶をしようと口を開けようとしたとき、お父さんの顔が急にグッと俺に接近し、俺の瞳の中を凝視した。その勢いに負けそうになり、俺は少しだけ後ろに後退りする。
え、なに? もしかして俺キツイ目で見られて、「へえ、見た目的に頼りない男だねぇ」なんて言われるの? 怖い怖い……
「いやぁいい子を選んだじゃないか真夜! でかしたぞ!」
お父さんの目がキラキラ光り輝き、大声で出た唾が俺の鼻あたりに少しだけかかった。うわあ、お父さんまでこんな感じなのかよ……
「でかしたぞって何よ!?」
真夜が照れ臭そうなツンデレ口調で父親に反論する。俺は想像していた最悪のコメントを回避できたことと、彼女の怖いお父さんというイメージを全部払拭できたことに安堵した。あんなイメージを持ってしまって申し訳ない。
「まあまあ、うちの娘が世話になってます」
お父さんはようやく俺の近くから離れ、50cmほどの距離をとった後、俺に深々と挨拶の一礼をした。
「こ、こちらこそ、お世話になってます!」
俺も急いで心の中で言葉を選びなが挨拶を返し、お父さんよりも頭を低くした。なんだ、「お付き合いさせていただいております」みたいな堅い挨拶なんていらなくてよかった。
「陽佑くん、だったよね。どうだい、少しだけゆっくりしていかないかい?」
お父さんは右腕を奥の部屋の方へと伸ばし、俺を誘導しようとしてきた。いきなり会って早々こんなオファーを受けることに少し俺は戸惑ったが、断る理由もないし、ここで遠慮するのも失礼に当たるかもしれない。お言葉に甘えて、少しだけゆったりさせてもらうことにした。
「はい、ありがとうございます」
俺は奥の部屋の方へと歩いていくお父さんについて行った。
一つドアを越えた奥の部屋はどうやらご両親の執務室のような部屋になっているらしく、大きく散らかった机と立派な革椅子がそれぞれ2つ、部屋の真ん中には応接用のガラスのテーブルと、それを挟むようにして2つの茶色いレザーソファーがずっしりと置かれている。
壁はいろいろなポスターや装飾品で埋め尽くされており、メキシコの遺跡のような大きなポスターや豪華な賞状、さらにはどこか南アメリカかアフリカのような、いかにも先住民がつけているようなお面も飾られている。いかにも文化・文明の研究者の研究室と言えるような雰囲気だった。
賞状の右には真夜のご両親の名前が書かれている。「辻元尊」と「辻元叶子」が二人の名前のようだ。
「陽佑クーン、飲み物は何がいいー? コーヒーもあるけどジュースとかどうー?」
いちいち語尾を伸ばしてくる真夜のお母さんが、冷蔵庫を漁りながら尋ねる。俺は謙遜もあって、普段お客さんに出さないようなジュースなどの贅沢は言わないことにした。
「コーヒーで大丈夫ですよ」
「ああ、そう……」
お母さんはどこか残念そうに返事をして冷蔵庫を閉め、隣にあったコーヒーマシンのスイッチを入れる。その間、真夜がソファーに深く腰掛けた隣に俺も座った。親と対面しているせいか、リラックスしようとしても自然と背がピーンと伸びてしまう。
「そうだ、お父さん。出張どうだったの?」
一息ついた真夜が、ワクワクしながらお父さんに問いかける。
「そうだなー、今回は結構凄かったんだぞ」
お父さんはソファーの背もたれに体重を預けながら腕を組み、ニヤリとしながら今回の出張を思い出しているようだった。
「まず。今回橘宮の文明調査班がなんと新しい遺跡を発掘した!」
「「おおーー!!」」
大きすぎる功績に、真夜と俺は思わず感嘆の声を上げる。
「それってさ、どこら辺なの!?」
真夜が前のめりになりながらもっとお土産話を催促する。お父さんはこれを期待していたかのように咳払いし、話を続けた。
「まだニュースにはなってないんだがな。メキシコのユカタン半島の付け根あたりのジャングルの中で見つけたんだ」
お父さんはソファーから立ち上がると、俺らの後ろに貼られていた大きなメキシコの地図の前に立ち、指をさして大体の遺跡の位置を示す。
「低地南部なんだね」
真夜は指がさしている位置を見ただけで答える。お父さんは大きく頷いたが、俺にとってはさっぱり何を言っているのかわからなかった。
「そう。ここからピラミッドが出てきたんだけど、それが妙に変な形をしていたんだ」
そう言うとお父さんはポケットからスマホを取り出し、掘り当てたピラミッドの画像を俺らに見せてくれた。まだてっぺんしか土から出てきていないような状態のようだが、どこが変な形なのか俺には理解不能だった。
というか、さっきからメキシコの文明に関する話を知っている前提で話が進んでいるせいで、俺の脳内にはクエスチョンマークが泳ぎ回っているんですが。
「このてっぺんだけでも十分に変なのよねー。これはもしかしたら大発見になるかもよー?」
コーヒー淹れから戻ってきたお母さんが俺の背後から顔を突っ込み、解説しながらウキウキした顔をした。
「あのー、なんでこれが大発見になるかもなんですか?」
何も理解していないただの素人が、恐る恐る質問してみる。するとお母さんは微笑みながら俺の方に顔を寄せ、耳元に近いところで分かりやすい説明をしてくれた。
「マヤの遺跡とかで、ウシュマルとかチチェン・イッツァとかって、わかるよね? そういう遺跡にはよく大きなピラミッドがあるってことは、図鑑とかによく載ってるから知ってるかな?
「マヤ文明ってこの低地南部って地域からどんどん栄えていったんだけど、どういう経緯でチチェン・イッツァみたいなピラミッドができたのかっていうのが、これまでわからなかった状態なの。
「つまりこのピラミッドがどんな形かっていうのがわかれば、マヤのピラミッドができた理由とか、マヤ独自の宗教の世界観とか、そういう詳しいことがわかるかもしれないってこと!」
なるほど、よく理解できた。にしても真夜のご両親はすごい研究者なんだな。
「それで急に話が変わるんだけどー、」
お母さんの陽気な口調が、耳元で囁くように静かになり、お母さんの両手が俺の肩にポンと置かれる。
「真夜ちゃんのどこが好きになったのー、陽佑クーン?」
「ちょっと、やめてってばー!」
真夜は恥ずかしそうに顔を両手で隠し、そっぽを向いた。俺は突然の恥ずかしい質問にどう答えればいいのか戸惑い、しばらく沈黙する。
「どう、どこなのー? 顔? 性格?」
お母さんの詰問に、もはや出口など存在しなかった。恥ずかしい状況ではあるが、ここでは正直に答えるしか、これを脱する方法はないと悟った。
「顔と、性格…… 両方です……」
俺は俯きながら言葉を振り絞る。ご両親からは、「おおーー!!」 と声が漏れる。
「いやーやっぱ真夜はいい男を選んだじゃないか!」
お父さんは笑いながら、俺の背中を一回優しく叩いた。
「もうやめてって……」
真夜は恥ずかしさで顔から両手が離れないようで、お父さんの言葉など聞いている様子もなかった。
✴︎
その帰り。真夜のご両親は片付けとか報告があると言って少しだけ大学に残り、俺と真夜は先に家に帰ることになった。まあ、ご両親からは、「帰りを楽しんでねー」なんて言われたが。
東稲川駅の改札を抜けるとすでに6時を過ぎた頃で、冬の空は光もなく真っ暗になっていた。街灯はあるものの、駅周辺が静まりかえっていて怖い。少々怯えながらも、俺らは稲川町二丁目の交差点まで一緒に歩いていくことにした。
「今日は本当にごめんね…… うちの親があんなことしちゃって」
今日大学で起こったことが鮮やかにフラッシュバックされる。少々面倒くさいとは思ったものの、父親の怖いイメージ(偏見)を払拭できたことが大きかったせいで、面倒くささよりもその安心感が上回っていた。
「いや、大丈夫。そんなに怖い人たちじゃなかったから」
「え、怖いって、どういうイメージ?」
「例えばー、『君が娘の彼氏かね。役立たずにしか見えんがな。そんな奴に娘なんぞあげるわけにはいかん!』みたいなこと言ってくるのかなー、なんて」
俺は偏見上のお父さんの声を尊厳あるように低くした。俺の言い訳に真夜はクスクスと笑った。
「そんなんだと思ってた? うちのパパはいつも今日みたいな感じだから、そんなことないよー」
俺は少々ばかにされたようでムッとした。ていうか真夜はよくああいうテンションの親のもとで耐えられたな。
他にも今日の思い出などを話しながら歩いていたのだが、付き合って以来あった、新米カップルにありがちな見えない距離感が薄々と縮んでいることに気がついた。素直にいろいろなことを真夜と話せると、こんなにも楽しいのか。
そうこうしているうちに、別れの場所である稲川町二丁目についてしまった。俺は直進、真夜は右の横断歩道を渡らなければならない。いつも学校からの帰りでもここで別れるはずなのに、今日の別れはどこか惜しい。
「それじゃあね、真夜。また明日」
「うん、じゃあね」
真夜が渡る横断歩道が青になり、歩行者用信号のカウントダウンが始まった。真夜は俺に背を向けて渡ろうとするが、黄色い点字ブロックの上で立ち止まり、なかなか一歩を踏み出そうとしない。
「ねえ陽佑、」
真夜が振り返り、俺の方へと近づいてくる。真夜は俺の20cm手前あたりで足を止め、俺を見上げるように言った。
「私の陽佑の好きなところは…… 全部だよ」
そう言って真夜はしばらくの間はにかんで俺と目を合わせていた。俺は突然の告白に心臓が高鳴る。
しばらく見合い続けていると、真夜は一歩俺の方へと踏み出し、俺の体の周りに腕を回した。そして腕で俺の体を固定し、一瞬ではあったが真夜は俺の体に体重を預けた。
2秒もしないうちに真夜は俺から離れ、チカチカし始めた信号に向かって走り始めた。
「陽佑バイバイ!」
俺は何があったのかわからず、高揚感が残る中手を振ることしかできなかった。
今回もお読みいただきありがとうございます!いかがでしたか?
こんな親が現実にいたらちょっと嫌ですけどね……
面白いと思っていただければ、評価や感想など、ぜひお願いします!




