イブロン。
その星は『イブロン』と呼ばれていた。
「オーライ、オーライ。もっと寄せていいぞ」
「ったく──、なんでこうも、集っているかね」
「つべこべ言ってないで、さっさと手を動かせ」
「へいへい」 「へいは一回だ」
惑星『イブロン』は、もっとも有名な漁港だった。
ところ狭しと宇宙船が──、漁船が並んでいた。
ただ、見た目からして魚とは言い難いモノもあった。
「ぎにゃあ、ぎにゃあ」 「ぎにゃあは一回だ」
宇宙猫──、ギニャアは待っていた。
見た目はいわゆる猫に近いが。
そこにいたギニャアには翼が備わっていた。
「ほれ。さっさとどこかに行きやがれ」
商品にはならないエサを、ポイっと投げた。
すかさず、そいつを咥えて、ばさばさと羽ばたいていった。
「お恵みくださらんか……」
「うん? また、あんたか」
そこには老人の姿があった。
汚ないマントを拠り所にしている。
身体中はしわしわで、瞼さえ皺に占拠されていた。
ただ、たくましく生きる、老人の姿があった。
「たしか──、ラウヴァさんだっけか」
それが、その老人の名前だった。
ラウヴァは、いつも漁港に立ち寄っていた。
ときにはギニャアと争って、おこぼれを頂戴して。
安酒にありつき、あとは眠りにつくだけだった。
「しゃあねえなあ。ほらよっ」
「親方──、いいんですかい?」
宇宙猫、ギニャアでも味をしめたら、また訪れる。
だが、いま目の前にいたのは、明日もしれない。
しわしわの老人だったから。
「後味悪いのは、どうもな」
「お優しいことで……」
「なんか、言ったか?」 「いえ。なにも」
「ずべこべ言わず、働きやがれ!」
それからしばらくして、老人ラウヴァは立ち去っていった。
「う~ん、最高じゃあ♪」
このひとことにつきる。
五臓六腑にしみわたる。
見た目は老人だが、中身だった。
しわしわに包まれて、正体を隠していた。
漁港で騙しとった魚を、さばいてもらっていた。
居酒屋マーメイドという店で。
「へい、お待ち」
新鮮な魚のお造りと、そこに。
冷たくなった酒が、後押ししていく。
こうなったら、もう、お箸は止まらない。
「おっちゃん、もういっぱい」
「ラウヴァさん。ほどほどにしときなよ」
「分かってますよ~」
その姿は、いわゆる酔っぱらいだった。
「う~い、ヒック」
じつにいい。
あとは、柔らかい布団に突っ伏すだけだった。
それは、まさか。
酔いを覚ますほどの衝撃的な台詞だった。
「あんた、スターさんでしょ?」
「あの、伝説の、スターさんでしょ?」
ドキッ。いや、そんなバカな。
今はラウヴァという老人なのに。
完璧に、別人になっていたのに。
どうしてバレてしまったのか。
「ワシは、しがない老人。ラウヴァですじゃが?」
「ふ~ん。でも、わたしには分かるんだ」
どこからともなく現れたタコ型の宇宙人。
それ自体は、決して珍しいことではなかったが。
「わたし、ジュークって言います」
「話だけでも聞いてくれませんか?」
「とりあえず、そとに出ようか。おやっさん、勘定を」
「あ、ここはわたしが立て替えますから」
ジュークという彼女は、かなり話が分かりやすかった。
「じつは……」
スターは路地裏で、彼女の経緯を黙って聞いていた。
タコ型の宇宙人。
ジュークはどうやらゴロツキに狙われていたらしい。
その名前は、スターにも聞き覚えがあった。
「ああ、カオテンか。あいつら、しつこいよねー」
「さすが、スターさん。ご存知でしたか!」
略して、カオテン。
フルネームは、カオステンペラー。
宇宙の残飯ですら残さずいただく。
それがモットーの、輩だった。
スターでさえ、まともにやり合いたくない相手だった。
「で……ずばり、どうしてほしいんだよ」
スターはジュークに告げた。
「スターさんのレビューさえ頂けたら!」
彼女は真剣な眼差しだった。
ジュークは銀河系でも珍しい。
たこ焼き屋さんを営んでいた。
とくにこの『イブロン』で仕入れた。
魚介類で調理した、たこ焼きは絶品だったから。
「いつもいつも……あいつらは……」
「あ~。そういうことね」
なんとなく、察してしまった。
あのじつに美味しい、たこ焼きはなくなってほしくない。
スターにとっても、それは好機だった。
「あ~、わかったよ!」
「ありがとうございます!」
ただ、ジュークに正体がバレてしまったのは別として。
あとは簡単だった。
見た目は老人だし、そもそも奴らには消えて欲しかったし。
「なんだ、じいさん?」
「お恵みくださらんか……」
カオステンペスト。
その構成員は、ただの老人によって。
血だまりになっていた。
「あ~、サッパリした」
「ありがとうございました!」
ジュークに感謝されたとて、スターはしれっとしていた。
そもそもスターは、『イブロン』で美味しいお酒を飲みたかっただけなのに。
「ええんやで」
たまには、こんなのも。
たまには、いいヤツに扮するのも。
ただ──、誰にも分からないだろう。
もう、ジュークにも会うことはないだろう。
見た目は、よぼよぼの老人スターは。
ラウヴァという名前を、『イブロン』で捨てた。




