第7話「乱れる光」
リシェルの顔が曇ったまま、しばらく沈黙が続いた。木漏れ日の中で、銀の髪だけが穏やかに揺れている。俺は、何も言えなかった。心配しているのは分かった。でも、俺にできることが、まだ見つからない。
「……明」
突然、リシェルが口を開いた。
「少し、精霊術を使ってみてもいい?」
「精霊術?」
「薬草の元気を、少しだけ戻す術。いつもなら簡単にできるんだけど……最近、うまくいかないことが多いの」
彼女は、薬草畑の方へ戻るように歩いた。足取りは、先ほどまでとは違い、固く感じられる。俺も、黙ってついていく。畑に着くと、朝より日が高くなっていて、葉の一枚一枚に光の粒が乗っていた。数時間前は何でもない景色だったのに、今は妙に張り詰めて見える。
畑の前で、リシェルは立ち止まると、両手を軽く前に差し出した。目を閉じる。息を、ゆっくりと吐く。集中しているのが、肩の線から伝わってくる。
次の瞬間、彼女の掌に、淡い緑の光が生まれた。小さくて、柔らかい光だった。蛍みたいに、ゆらゆらと揺れている。リシェルは、その光を薬草の株に向けて、そっと手放した。光は葉に触れて、染み込むように消えた。
「……ん」
リシェルが、小さく眉を寄せた。
「どうした?」
「光が、少し重い。普段より、うまく流れない」
もう一度、掌に光を集める。今度は、さっきより色が薄い。輪郭も、少しぼやけている。まるで、疲れた人が絞り出す笑顔みたいだった。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫。たぶん」
リシェルは、無理に笑って見せた。でも、目は笑っていなかった。
三度目。光が生まれた瞬間、それは小さく弾けた。火花のように散って、すぐに消える。
「あっ……」
リシェルの声が、掠れた。
四度目。今度は、光が掌から溢れ出た。制御を失ったみたいに、急に大きくなって、周囲の草を照らす。緑が一気に濃くなり、葉が一斉にざわついた。
「リシェル!」
「大丈夫、まだ——」
言葉が、終わらない。
——光が、暴れた。
掌から離れた光が、勝手に形を変え、渦を巻く。空気が震える。近くの薬草が、一斉に葉を裏返した。土が、小さく盛り上がる。リシェルは、両腕を抱えるようにして光を抑え込もうとした。顔が、苦痛に歪む。
「……っ、やめて……」
光は、聞く耳を持たない。さらに大きくなって、リシェルの髪を煽り、衣をはためかせる。緑の輝きが、まるで怒っているみたいに明滅した。
「リシェル!」
俺は一歩踏み出しかけて、止まった。触れていいのか分からない。触れたら、もっと悪化するかもしれない。何もできない自分が、ただ突っ立っていることしかできない自分が、ひどく情けなかった。
リシェルの額が、汗で光っている。歯を食いしばって、光を押さえ込もうとしている。でも、光の方が強い。
——突然、光が鋭く弾けた。
「——あっ!」
短く、高い声が上がる。
リシェルの体が、後ろにのけ反る。
光は一瞬で消え、周囲に静寂が落ちた。薬草畑は、先ほどまでの穏やかさを失っていた。何本かの株が、不自然に傾いている。葉の先が、焦げたように変色していた。
リシェルは、その場に膝をついた。肩で息をしている。銀の髪が、顔に張り付いている。
俺は、慌てて駆け寄った。肩に手を伸ばしかけて、また止まる。触れていいのか、まだ分からない。結局、近くに落ちていた布を拾って、川で軽く濡らし、彼女の額に張り付いた髪をそっとどけた。祖母にしていたのと、同じ手つきだった。自分でも気づかないうちに、体がそう動いていた。
リシェルは、目を細めて、俺を見た。何か言おうとして、言葉にならなかったのか、結局、小さく息を吐いただけだった。
「……ごめん、ね」
掠れた声で、そう言った。何に対しての謝罪なのか、俺には分からなかった。心配をかけたことか。無様な姿を見せたことか。それとも、もっと別の何かか。
「謝ることじゃない」
そう言うのが、精一杯だった。うまく気の利いたことは言えない。ただ、彼女の横にしゃがみ込んで、荒い呼吸が落ち着くまで、黙って付き添った。
森が疲れている。
ファルネさんの言葉が、頭の中で繰り返される。それが、今、目の前で、リシェルの体を通して、暴れていた。




