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エルフの森の歯磨き事情  作者: 藤紫


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第34話「全部が同じにはならないけれど」

 寿命って、何年だ。

 その答えを、俺はまだ知らない。

 宴の声が、遠くに聞こえる。広場を離れた木の根元に、俺は座っていた。

 ただ、人間として送るはずだった一生が、もうないことだけは分かっていた。

 長く生きられる。


 でも。


 俺はポケットからスマホを取り出した。

 電源は入らない。

 黒い画面を、指でなぞる。

 そこには、もう何も映らなかった。


 家も。

 学校も。

 祖母の家も。

 全部、俺が知っている世界のものだった。


 スマホを握ったまま、しばらく座っていた。

 やがて、手を伸ばし、地面に、そっと置いた。

 それだけだった。


 反対のポケットに手を入れると、指先に固いものが触れた。


「……最後の一つだ」


 飴だった。

 少し皺になった包み紙を開き、口に放り込む。

 甘い、懐かしい味がした。

 その瞬間、ふと思い出した。

 祖母の口元。

 あのとき、何かを言っていた。聞き取れなかった言葉。今なら、分かる。


「甘いもん食べたら、歯を磨かないかんよ」


「……そうだったな」


 思わず笑った。

 飴を舌で転がす。

 甘さが、ゆっくりと広がっていく。


「……歯、磨かないとな」


 立ち上がろうとした。

 そのとき、後ろで足音がした。



 振り向くと、銀色の髪が、月明かりの中で揺れていた。


「リシェル」


 彼女は答えなかった。

 少しだけ、息を弾ませている。

 ただ、俺のところまで歩いてくる。


 その手には、月と花の模様が刻まれた小さな枝が握られていた。


 渡せなかったもの。

 それでも、渡したもの。


 祖母に教わったことは、まだ、ここにある。


 リシェルは俺の前で立ち止まった。

 何も言わない。

 俺も、何も言わなかった。


 やがて彼女は、俺の隣に腰を下ろした。

 肩が、ほんの少し触れる。

 森の中で、葉が揺れた。

 遠くで、誰かが笑っている。

 俺は空を見上げた。

 知らない星だった。


 隣には、リシェルがいる。


メインストーリーはここで終わりです。

明日、神様の反省会をアップ予定です。

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