↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルフの森の歯磨き事情  作者: 藤紫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/35

第33話「馴染んだ、身体」

 世界が、一枚、剥がれた。

 最初に気づいたのは、光だった。

 広場の灯りとは違う。木の枝にも、杯の縁にも、ミオルの髪にも、小さな光の粒が、ふわふわと浮いている。緑。白。淡い金。さっきまで、こんなものは見えなかった。いや、ずっとそこにあったのに、見えなかったのか。

 次に、音。

 祝宴のざわめきの下に、別の音が流れていた。風でも、葉擦れでもない。細くて、高くて、歌のような。意味は分からない。ただ、数えきれないほどの声が、薄く重なっている。


「……何だ、これ」


 声が、掠れた。手首を掴んでいたファルネさんの指が、そっと離れる。目を見開いて、俺の周りを見ている。

 自分の手を見た。光の粒に、指を伸ばす。触れた、と思った瞬間、粒は指の間で、ふっと弾けた。冷たくも、熱くもない。ただ、そこに、確かにあった。


「それは、リシェルが息を吹き込んだ、神酒じゃ。命を分け与える酒を、人の身が飲んだ」


 声は、静かだった。でも、指先がまだ震えている。

 光の粒が、集まってくる。一つ、また一つ。肩に、髪に、杯を持つ指に。くすぐったい。払おうとしても、逃げない。

 そこで、気づいた。

 喉の渇きが、消えている。

 それだけじゃない。息が、楽だった。広場にあふれる匂いが、息苦しくない。人の熱気も、果実酒の甘ったるさも、ちゃんと、ただの匂いとして鼻を通っていく。まるで、体のほうが先に、この森に馴染んでしまったみたいだった。


「精霊が、あんなに……」

「人の子に、あんなに集まるなんて……」


 周りで、ひそひそと声が上がる。いつの間にか、俺とファルネさんを囲むように、輪ができていた。輪の中には、おばあちゃんの姿もある。誰も、近づいてこない。畏れるような目で、いつもなら笑いながら顔を寄せてくる人たちが、半歩分、距離を空けている。

 初日は、近づかれて息ができなかったのに。離れられると、それはそれで落ち着かない。

 頭の奥で、事務的な声が、一回だけ鳴った。

 あの時と同じ声。周りの誰にも、聞こえていない。


『——チート能力は、ありません。寿命は、副作用です』


 副作用って、普通は悪い方に出るもんだろ。……いや、これはどっちだ。

 寿命。

 その二文字だけが、頭の中で、ぽつんと浮いた。


「明のお兄ちゃん!」


 足元から、ミオルが飛び出してきた。俺の周りの光を見上げて、目をきらきらさせている。


「精霊さんが、いっぱい!」


 小さな指で、光の粒を指す。それから、ぴょん、と跳ねた。


「エルフになっちゃった! やった〜なの!」


 広場が、静まり返った。

 果実酒の器を持ったまま固まる者。口を開けたまま動かない者。輪の中で、おばあちゃんが、杯を落とした。すとん、と軽い音がした。

 ラノベは何百話も読んできた。卒業したつもりでいた。

 卒業証書のハンコは、やっぱり押し間違いだったらしい。こんなベタな——

 視線を感じた。

 主賓席から、リシェルが、俺を見ていた。席を立つこともなく、ただ、まっすぐに。

 光の粒が、ふわりと、また一つ肩に乗る。


 寿命って、何年だ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。